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数日後、私たちはアルベルツ侯爵と雌雄を決するためにヘルマー領から王都に向かって出発することになった。もちろん、ゲーレや東邦の軍も加わった総力戦だ。
普通の戦であれば、主力が城を留守にしている間に警戒のためにいくらか兵士を残しておくべきところであるが、この戦いでは王都に居座るアルベルツ侯爵を倒してしまえば勝ちであるので、惜しみなく全力を注いでこれを討つことになった。
ただ、そんなことは関係なく魔獣は田畑に侵入してこようとするので、私は街の人たちと手分けしながら田畑を囲う魔獣除けの柵の強度を確かめなおしていた。
すると、街の外れで人だかりを見つけた。どうやら大きな大人の周りに、齢10にも満たないであろう子供たちが集まっているらしい。その数約10人超。
人口が回復しつつあるとはいえ、ハイゼンベルクであれほど子供が集まる光景を見たことがなかった私は、不思議に思ってそちらへ近づいてみた。
どうやら大人の方は見知った人物──親衛隊のウーリのようだった。ゲーレ軍を連れて帰ってきた彼は、今まで兵士たちの装備の点検や、ユリウスの世話、料理作りなど精力的に活動していたが、作戦会議には加わっていなかったので少し心配していた。
「せっかく帰ってきたのに、またいなくなっちゃうの?」
「すまねぇなぁ……この領地を守るためだ」
「次はいつ帰ってくるの?」
「なあに、すぐに帰ってくるさ」
ウーリは子供たちに質問攻めにあっている。だがこの子供たち、一体誰の子供だろう? ウーリに家族はいなかったはずだが。
「──よおティナ。すまねぇな、すぐ仕事に戻るから……」
「いえ、いいんですよ。それよりその子たちは?」
私に気づいたウーリは気さくに手を振る。するとそれに釣られて子供たちが一斉に私の方を振り向いた。
「お姉ちゃんだれー?」
やんちゃそうな茶髪の男の子が興味津々でウーリに尋ねる。
「わ、私は──」
「このお姉ちゃんはな、ティナっていうんだ。ほらよく話してやっただろ? ヘルマー領を救った英雄の話を」
「お姉ちゃんが英雄ティナなの!?」
「うそ!? すごい! 本物のティナだ!」
「──え、えぇぇっ!?」
瞬く間に私の周囲には興奮して駆け寄る子供たちの人だかりができた。私には全く状況が分からない。なぜ役立たずの自分が英雄として扱われているのだろうか?
もみくちゃにされながらも、私はウーリに恨めしげな視線を送る。
「こらこら、ティナを困らせちゃダメだろう?」
ウーリはニヤニヤと笑いながら私から子供たちを引き剥がした。
「──ウーリさん? 説明していただけますか?」
「そうだな。──ティナ、この子たちはな……孤児なんだよ」
「孤児……」
改めて子供たちの顔を一人一人見回していく。どの子も親を失ったとは思えないほど表情が活き活きとしている。
「オレの妹はな、ハイゼンベルクの郊外で孤児院を開いて、戦争や魔獣、アルベルツ侯爵の徴兵とかで親を失った子供たちの面倒を見ていたんだ……」
ウーリの妹の話を初めて聞いたかもしれない。ウーリが私のことを見ながら「妹を思い出す」と言っていたことは何度かあるが、詳しく聞けるような雰囲気ではなかったし、自分から話してくれることを期待して私から尋ねることはしなかったのだ。
やっと話す気になってくれたということだろうか。大事な戦いを前にして、私に──妹を重ねていた私にその事を話してくれる。それはとても特別なことのような気がした。
「でもな……ある日、孤児院に魔物が襲ってきてな。──妹は子供たちを庇って魔獣に……」
「ウーリさん……」
私はウーリの服の裾を引っ張って話を止めさせた。だいたいの事情は把握したので、子供たちの前でそんな話はして欲しくなかった。
「で、今はオレが代わりにこいつらの面倒を見ているってわけさ。──将来、ヘルマー領を背負って立つ若者に育てている」
「──それで、英雄っていうのはどういうことなんですかっ!」
「あーそれは……」
ウーリは照れくさそうに頭を掻いた。それが何かを誤魔化す時の癖だと私は知っていた。
「ヘルマー領を背負って立つ若者なら当然、この領地の成り立ちは知っておくべきだろう?」
「そうかもしれませんが、どうして私が英雄なんですか?」
「事実だろうが。ティナがいなかったらヘルマー領はここまで立て直されていない。──前から言っているがもう少し自信を持てティナ」
「むっ……」
私がこのヘルマー領のためにしたことなんて微々たるもので、それらも結局ほとんど私の使命のためにやった事で……そもそも私を雇ったのは他でもないユリウスなのだから、英雄というのならユリウスの方が適任で……。
と色々なことが脳裏に浮かんだが、子供たちの輝く瞳を見ていると、それらの言葉を口にすることはできなかった。
「──じゃあ尚更負けられませんね。子供たちのためにも、妹さんのためにも」
「ここまで持ち上げておいて負けたら最高にかっこ悪いな!」
「ちょっと、持ち上げたのはウーリさんじゃないですかぁ!」
真っ赤になって言い返すと笑いが弾ける。
私は改めてヘルマー領の温かさを実感した。それと同時に、何としてもこの領地を守り抜かなければならない、そのために負けることは許されないと強く思った。
「大丈夫です。私は必ず勝ちますから……」
「ティナがそういうなら安心だな。よかったなお前ら!」
「「うん!」」
今まで誰かに守られてばかりだった私は、子供たちの笑顔を眺めながらやっと、ウーリの「何か、自分よりか弱い存在を守りたくなる」という気持ちが少しわかったような気がした。
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