☆ ☆
目が覚めるとそこはロウソクのような光で照らされた薄暗い部屋だった。私は寝台に寝かされ、目の前にあったのは、オレンジの炎に照らされた端正な青年の顔……。
「ユリアーヌスくん!?」
「なんだそれは? 俺はユリアーヌスではなくユリウスだ。間違えるな」
「あっ、えっ……? あっ、んぁぁぁっ!? そうか! 何やってるんだろ私!」
羞恥心で身体中がポカポカと温かく──熱くなってきた。考えてみればこんな所にユリアーヌスがいるわけないし……私は寝ぼけてとんでもない間違いを犯してしまったようだ。
「仕方ありませんわよ。まだ意識が戻ったばかりなのですから」
ユリウスの隣からひょいと顔を覗かせたのは水色の髪のミリアムだった。
(二人で私を運んできてくれたのかな? だとしたらここは城の一室?)
先程の失言を二人が忘れてくれていることを祈りつつ、私は一度こほんと咳払いをした。ライムントに蹴られた背中とお腹が微かに疼いた。
「お二人共、ありがとうございます! 私は──」
「あー、ごめんなさい。いい夢を邪魔してしまったようですわね?」
「なぁっ!?」
ミリアムが口元に手を当てて微笑みを浮かべながら放ったその言葉に、私は背筋が凍るような感覚をおぼえた。さすがは氷魔法の使い手、ミリアムだ。
「ふふふっ、ただのちびっ子だと思っていましたが、後輩ちゃんもしっかり“オンナノコ”なんですのね?」
「う、うるさいですね! 好きな人がいたのはもう過去のことです!」
「それでも夢に見てしまうというのはその方に未練がある証ですわよ? ほらぁ、すっかりお顔が真っ赤ですわ! 青春ですわねー!」
私の反応を見て喜び始めたミリアムが勝手にボルテージを上げ、何を言っても墓穴を掘るだけだと悟った私はうつむいで口をつぐむことにした。が、その決意はユリウスの一言で呆気なく瓦解してしまった。
「──すまんなティナ。何度も言うが俺は男にしか興味がないんだ。俺がティナの元恋人に似ていたとしても──」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
まさかユリウスの口からそのようなセリフが出てくるとは思わず、吃驚仰天した私はビクッと身体を震わせ、ライムントに斬られて今は包帯が巻かれている右のふくらはぎに激痛が走って二重の意味で悲鳴を上げることになった。
その後、暴走気味のユリウスとミリアムの誤解 (?)を解くために、私はライムントに襲われた経緯とその一部始終を事細かに話すことになってしまった。もちろん、ユリアーヌスが誰かという点については省いて話した。
「ふむふむ、なるほど。アルベルツ侯爵の命令か」
「アルベルツ侯爵といえば、ユリウス様と同盟を組んでいる相手では? そんな相手がどうして……」
ユリウスが腕を組んで考え込むような仕草をすれば、隣でミリアムが首を傾げた。
「同盟といっても体のいい従属状態だな……ゲーレ共和国の侵攻から守ってもらっているから俺たちは侯爵に逆らえないが、侯爵は俺たちから自由に人や物を巻き上げて自国を潤している」
「でもそれならなおさら後輩ちゃんを襲う必要はありませんわよね?」
「もしかしたら、侯爵は俺の存在そのものが目障りなのかもしれんな。しかし表立ってこちらの領地に侵攻してくれば当然王家や周辺貴族の非難を浴びることになる。──だから内側から徐々に弱らせているのかもしれん」
「──なんか、原住民や魔獣の件についても侯爵が噛んでいる気がしてきましたわ……これはきな臭いどころの騒ぎではありませんわね? 一度王宮に訴えてみては?」
「いや、証拠がないから取り合ってもらえないだろう。転移魔法を得意とするライムント・タイという魔導士……非常に厄介だな」
ミリアムの提案にユリウスは力なく首を振る。が、その瞳には確固たる意志が宿っていた。それは、部屋を照らすロウソクの炎を浴びてメラメラと燃えんばかりであった。
「アルベルツ侯爵とはいつか袂を分かつ日が来る。それまでにヘルマー領の力を高めておかなくては……ティナ!」
「は、はいっ!」
「──お前が頼りだ。まずはアマゾネスとの交渉、頼んだぞ」
(え、えーっと……なんかかなり大事になってるんだけど大丈夫かな……? 私そこまで頼りにされても困るんだけど……)
しかし、ふと視線を合わせたユリウスの表情は真剣で、本気で私を頼っていることがわかった。それに、ユリウスが言うようにその顔はどこかユリアーヌスに似──。
(何考えてるんだ私は! だいたいユリウス様は男の人の筋肉にしか興味がないんだって!)
ブンブンと頭を振って雑念を振り払うと、ミリアムと目が合った。彼女は意味深な笑みを浮かべながら一言、こう呟いた。
「今日の後輩ちゃん。なんかおかしいですわよ?」
「先輩はいつもおかしいです!」
私が照れ隠しのためにすぐさまそう言い返したのは言うまでもない。
☆ ☆
数日後、対アマゾネス交渉部隊は私の怪我の回復を待って出発した。ミリアムが治癒魔法を使えればもっとはやく治ったのだろうが、生憎彼女は氷魔法しか使えないようで、自然治癒力に頼るしかなかった。
それでも幸いなことに傷口は浅かったらしく、数日後には私は普通に生活できるようになっていた。
ということで、私が歩けるようになるや否や、ユリウスは対アマゾネス交渉部隊の面々を集めた。あまりアマゾネスを刺激するのは良くないと考え、必要最低限の人数に絞った五人がそのメンバーであり、隊長のユリウス以下、アントニウス、ミリアム、親衛隊長のウーリ、そして私は一列に連なりながらハイゼンベルクの街をあとにした。
なぜかリベンジに燃えるウーリや、無駄に気合が入っているミリアムなど、全体的に士気は高かった。一人、アントニウスだけはアマゾネスの恐ろしさを知っているからか、気乗りしない様子だったが。
街道から外れて森の中を進んでいくと、しばらくしてミリアムが早速音を上げ始めた。
「痛い! 痛いですわ!」
「おいおい、そんなへなちょこなことでよく名乗り出たな……」
「いえ、なんか足首が……」
ユリウスが呆れ顔をすると、ミリアムは大きくスリットの入った踊り子衣装の裾を捲ってみせる。すると、そのむき出しの白い素足には、何匹もの大きなヒルが吸い付いていた。
「うぇぇっ! 気持ち悪っ!」
「そりゃあ痛いわ! よく今まで歩いてこれたな! やっぱり馬鹿なんじゃねお前?」
「……なんで森の中にそんな格好で来るかな……」
「背負ってやろうか?」
私たちが口々に声をかけると、ミリアムは「ぐすん、酷いですわ……」などと口にしながら項垂れた。が、次の瞬間──
「くたばるといいですわぁぁぁぁ!」
──ドガガガガガッ!
凄まじい轟音と共に、ミリアムを中心に氷の嵐が巻き起こる。私たち四人は慌てて飛び退き、間一髪で氷漬けを免れた。
「おい! なにやってんだ殺す気か!?」
「文句を言うならわたくしの足首に吸い付いていた虫けらに言ってください!」
「ヒルを退治するのに氷魔法ぶっぱなす馬鹿がいるか!」
「ムキーッ!」
ユリウスが苦言を呈すると、ミリアムは地団駄を踏んで分かりやすく悔しがった。
そんな中、アントニウスとウーリは何かを探すようにキョロキョロとあたりを警戒しはじめる。
(どうしたんだろう? なにか見つけたのかな?)
「あの……アントニウスさん、どうし──」
「──気をつけろ、魔獣だ」
「は!?」
私が驚くよりも前に、前方の茂みを掻き分けるようにして大きな毛むくじゃらの魔獣が現れた。そいつはイノブタよりも二回りくらい大きな身体をしており、肢体もしっかりとしていて、凶暴そうな見た目をしている。私が見たことのない魔獣だった。
「グリズリーだ! こんな所で見かけるのは稀だぞ!? ミリアムが魔法なんて使うから呼び寄せちまったんじゃねぇか!?」
ウーリが叫ぶと、ミリアムが私たちの前に躍り出た。両手を広げると、私たちを背後に庇うように仁王立ちする。
「──来なさい。わたくしは今、虫の居所がものすごーく悪いんですの! 全力で狩り殺しますわ!」
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