邪鬼は地面を転がりしばらくして止まる。
ゆっくりと立ち上がる一也が叫ぶように言った。
「狐鈴! 志穂達をお堂ごと空間保護だッ!!」
「うむ!」
狐鈴はその声に従い両腕に抱きかかえた2人を鬼達の攻撃をかわしながらお堂の前に置くと、両腕を前に突き出し詠唱を始めた。
その直後、狐鈴に向かって鬼達が襲い掛かる。
「「させるものか!」」
「邪魔だッ!!」
一也は素早く狐鈴の背中に背負われた刀を鞘から抜くと、一太刀で2体の黄鬼を上下に真っ二つに斬り裂いた。
鬼達は腰の辺りから黒い血を噴き出し、その場に倒れ煙となって消える。
悪鬼は鬼神の刀でのみ滅することが出来る。その為、鬼神は鬼斬の異名をも持っているのだ――。
その直後、狐鈴の声が辺りに響く。
「空間保護! 完了したのじゃ!」
「はぁ……はぁ……おう! 狐鈴、わりぃーが残りの転がってる2匹を頼む。……俺はあいつと決着をつける!」
狐鈴は無言のまま心配そうに一也の顔を見上げる。
そんな狐鈴に一也は微笑を浮かべ「大丈夫だ。主様を信じろよ」っと呟いて狐鈴に刀を差し出す。
狐鈴は力強く頷くと、その刀を受け取って倒れている2体の悪鬼の元へと走っていった。
その直後、邪鬼の叫び声が響く。
「これ以上。味方はやらせん!」
「はぁ…はぁ……よう。決着をつけようぜ……ナス野郎」
「ほざくなよ! 今や神にも匹敵するこの力を、ボロボロのお前にいったいなにが出来るッ!!」
目の前に割り込んできた一也に邪鬼がそう言うと、一也は不敵な笑みを浮かべながら呟く。
「……来いよ」
腕を前に出して手の先だけ挑発する一也に、邪鬼が勢い良く向かってくる。
拳を構えると邪鬼が力一杯に棍棒を振り下ろす。
辺りにドスンッ! という音が響き、辺りに土煙が上がる。
「主様ッ!?」
倒れている悪鬼に止めを刺していた狐鈴が驚いたようにその方向を向く。
邪鬼は勝利を確信したようにニヤリと笑みを浮かべる。
「――やったな」
邪鬼と狐鈴が固唾を呑んで見守ると、その土煙の中から突如として一也が拳を突き出す。
「甘く見んじゃねぇーぞ、このやろおおおおおおおッ!!」
「なにぃ!? この死に損ないがッ!!」
飛び出して来た一也に反応して棍棒から手を放し、咄嗟に邪鬼が拳を振り抜いた。
一也の拳と邪鬼の拳が激突する。
その凄まじい衝突に衝撃波が発生し、お互いにその衝撃で後方に吹き飛ばされた。
「……ぐっ!」
一也は辛うじてバランスを取ったが、すぐに地面に膝を着いてしまった。
その衝撃で塞ぎ始めていた傷口から、流血が止めどなく溢れ、一也の息が荒くなる。
それとは対照的に邪鬼の方は無傷で天を仰ぎ大きく笑い声を上げている。
「あはっはっはっはっはっ! その体で今の俺を相手に、良くやったと褒めてやる!」
「……そうかよ。本当はまだ使いたくはなかったんだがな……仕方ねぇ……俺の切り札でお前を消し飛ばしてやるぜぇー! 不動転生・発!!」
「――ッ!? いかん。主様! それはダメじゃー!!」
狐鈴の止める声も聞かずに、一也は仁王立ちのまま両手を合わせて合掌するようなポーズを取る。
すると、一也の周りを揺らめいていたオーラの色が青から漆黒へと変化した。
その直後、辺りにとてつもない突風が吹き荒れ、狐鈴の体を意図も容易く吹き飛ばした。
「わああああああっ!」
吹き飛ばされた狐鈴はなんとか近くの木の枝を掴んで踏み留まっている。
一也は「うおおおおっ」と雄叫びを上げると、その漆黒のオーラが更に激しく、まるで油を注いだ炎のように天高く燃え上がった。
「なんだ!? 何が起こっている!?」
その圧倒的な威圧感にさすがの邪鬼も狼狽える。
すると今度は燃え上がるように上がっていたオーラが徐々に収縮を始め、その全てが一也の体の中に取り込まれた。
一也が瞼を開くと、全身の傷口が塞がり短かった髪は肩ほどまで伸び、紫色だった彼の瞳が深紅に変わっていた。上半身の布という布は吹き飛び、体には梵字が赤黒く点滅するように浮き上がっている。
全身から滲み出るその闘気は明らかにさっきまでの一也のものとは違う――まるで別人のようだ。さっき程までの荒々しい感じはなく、冷静な中に底知れぬ闇を感じる。
「さて、懺悔の時だ……」
一也はそう呟くと、その赤眼で邪鬼を睨むと鋭い眼光を飛ばす。
邪鬼はその圧倒的な殺気に震える体を己の咆哮で恐怖心を吹き飛ばすと、一也に向かって突進する。
「なにが不動転生だ! ただ傷が癒えただけじゃないか!」
邪鬼は棍棒を拾うと、立ち尽くしている一也に振り下ろす。
「今度こそ灰になれ! この羽虫がああああああッ!!」
「…………」
無言のままの一也の体から衝撃波のようなものが出て邪鬼を貫く。
「――ぐはッ!!」
その刹那、邪鬼が吐血して地面に伏せる。
「これで……お前の邪を祓う……」
一也は拳を固めると漆黒のオーラをまとった拳を目の前にうつ伏せに倒れている邪鬼の背中に打ち下ろす。
辺りが物凄い漆黒の炎に包まれ物凄い熱気と衝撃波が地面を走る。
狐鈴は「これはまずいのじゃ!」っと呟き、慌てて結界の外に駆け出ると、両手を突き出し詠唱を始めた。
その直後、狐鈴の張った結界の中が漆黒の炎で満たされる。
「ぐっ……くぅぅぅぅ……」
額に汗を浮かべながら、狐鈴は苦しそうな表情で唇を噛みしめる。
それからしばらくして、漆黒の炎が一也に吸い込まれるようにして収まった。
「……終わったのか?」
呆然と立ち尽くしながら狐鈴が呟く。
――ぐああああああああああッ!!
落ち着いたのも束の間、今度は辺りにけたたましい叫び声が響き渡った。
「――ッ!? 主様!!」
狐鈴は治まった結界の中央に倒れている一也の姿を見つける。
慌てて駆け寄る狐鈴だったが、一也はその場に蹲り、獣のような叫び声を上げている。
その全身から滝のような汗が流れ、上半身に浮き出た梵字が激しく発光していた。
「だから、言ったのじゃ……」
表情を曇らせた狐鈴は懐から護符を取り出し、それを一也の体に貼り付けると、両手をその護符にかざす。
『我、神仏に就き従える者なり。汝の中に眠る霊魂を今解き放つ。神々よ、我の願いを聴き入れ、この者より発を取り払わん!』
その文言の直後、金色の光が一也の体を包み込む。
すると、徐々に伸びた髪の毛と体に浮き出た梵字が消え、一也の表情も和らいでいく――。
しばらくして、すっかり回復した一也と狐鈴はお堂の前に腰を下ろしている。
「全く主様は、不動転生は【発】の状態でもまだ危険だと、あれ程言ったのに……」
「わりぃー。つい、なっ。でも、お前が来てくれて助かった。ありがとうな、狐鈴」
「……べ、べつに良いのじゃ。そんなことより本当に体はもう大丈夫なのか? 主様」
「ああ、もうばっちりだ!」
心配に尋ねてくる狐鈴に、一也は肩を回して見せた。
それを見て「それならよい」っとにっこりと微笑む狐鈴。
一也は徐ろに立ち上がると、スマホを片手に覚えていた施設の電話番号に掛けた。
それからしばらくして、懐中電灯を持った男性教師と警察官が数人駆けて来るのが見えた。
「それでは、妾は家に戻っておるぞ?」
「ああ、みあげ買ってくから楽しみに待ってろ!」
「うむ、主様。期待しておるの!」
そう言うと、手を振りながら狐鈴は空間の裂け目へと消えていった。
……とりあえず、今回もなんとかなった。無事に皆を守ったぜ母さん……
一也は夜空を見上げると、満足そうに微笑んだ。
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