恵梨香が何事も無かったように志穂に向かって4枚のカードを広げる。
「はい。志穂の番だよ?」
「う~ん。どうしようかな~」
志穂がそう言ってカードに手を伸ばす。すると、恵梨香が一番右側のカードを少し上に上げた。
そう。これが俗に言う誘導戦術――クイックだ! クイックというのは英語で迅速や敏捷のような意味で、くいっと少しカードを上げる動作とその動きが素早い事から命名された言葉だ。《一也が命名した》
誰しも一度は経験したことがあるであろうその戦法に純粋に引っ掛かる人間などいない。それは志穂も同じだ――。
だが恵梨香がその行動に出た瞬間、一也は既に確信していた。
そう、そのカードこそババだと……。
志穂が困惑したように眉間にしわを寄せる。
「……う~ん。恵梨香、ババ持ってる?」
「えっ!? ううん。持ってないし……」
「そっか! なら一番左側の……」
志穂がそのカードに手を伸ばそうとしたその時、くいっと少し持ち上げられたカードに志穂の手が止まる。
――なに!? もう一度クイックを仕掛けるのかッ!?
一也はまさかの立て続けのクイック攻撃に驚きのあまり目を見開く。
志穂は更に困惑した様子で唸ると、中央の2枚のカードに手を伸ばそうとする。
すると、恵梨香が更にその2枚を同時に少し上げた。
「も~。何なのよ~!」
「……さあ、志穂。ババはどれかなぁ~?」
「うぅ……この中にババが……」
恵梨香が不敵な笑みを浮かべながらそう告げると、志穂の表情が一気に険しくなった。
その2人のやり取りを見ていた一也は、何となくこの勝負の結果が見えた気がした。
「……これだ!」
その直後、志穂は一番右側のカードに手を伸ばす。
何故なら、一番最初に上げたはずの右側のカードが下がっていたのだ。
そのカードを引き抜いて見た志穂は泣きそうな顔でそのカードを見つめている。
「ほ、ほら……か、一也の番……だよ?」
志穂は念入りに手札を混ぜると、震えながら一也に向かって手を突き出す。
一也は残り3枚の志穂の手札を見つめると、志穂が震える声で呟く。
「……一也、左が良いと思う……よ?」
「そうか、ならそうするかな?」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」
その言葉を聞いて志穂は慌てて手札を切り直すと、もう一度一也の目の前に広げた。
一也は悪戯な笑みを浮かべると、一枚一枚に手を伸ばし志穂の顔色を窺う――。
「……これだな」
「うぅ……」
志穂は額に汗を滲ませながら渋い表情になる。
結局その勝負も、後の勝負も全て志穂の1人負けで終わった。
瞳を潤ませながら悔しそうな表情をしている志穂を恵梨香が慰める。
「大丈夫だって! 運が悪かっただけだよ!」
「……そうかな? でも4回連続で負けるってある?」
「会長は嘘が下手ですから、まあそこが会長のいいところですけど」
「それって……」
くすっと笑ってそう告げた八島の顔を見て志穂が更にがっくりと肩を落とした。
恵梨香が小声で「とどめ刺さしてどうするの!」八島の耳元で言った。
その直後、施設の外のスピーカーからアナウンスが流れる。
《もうしばらくしてから、肝試しを行いますので、施設前の広場に集合して下さい》
そう繰り返し流れるアナウンスを聞いて、小学生の女の子達は慌てて外に飛び出していった。
「それでは、わたくし達も参りましょう」
「そうだな。ほら、志穂もいつまでもいじけてないで行くぞ!」
「ぐすっ……いじけてないもん。落ち込んでるだけだし……」
「同じじゃねぇーか」
志穂はそう言った一也を瞳を潤ませながら横目で睨むと、トレーラーを出ていった。
一也達も不機嫌な志穂の後に続く。
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