* * *
そう、それは一也の母が亡くなって数ヶ月が経ったある日の事――。
一也は実の母の突然の死を受け入れることが出来ず、1人街に繰り出しては行き場の無い怒りを喧嘩で発散させる日々が続いていた。
狐鈴と出会ったその日もゲーセンからの帰り道、路上で屯しているヤンキーの集団と道を開ける開けないで居座古座になり、裏通りに連れて来られていた。
「おい、てめぇー! 肩をぶつけといてすみませんの一言もねぇとはふざけてんなこら! どこ校や?」
「……俺は高校生じゃねぇーよ。まだ中学だ」
そう一也が告げると、そのヤンキー達が大声で笑い声を上げる。
それもそうだろう。今の状況は中学生1人に対して周りには10人ほどの不良高校生が囲んでいるのだ。
この状況で一也が自分達よりも年下と分かれば、笑わずにはいられない。
「おい。俺は虫の居所が悪いんだ……金だけ置いてとっとと失せろよ……」
一也はその人数に臆する事なく辺りに向かって低い声で告げる。
その直後、その場の雰囲気が一変した。
「――何だと? 許して下さいっと言えば見逃してやろうと思ったが、金を置いてさっさと失せろ!? なに調子ぶっこいてんだよガキ!」
金髪で耳にピアスを開けた細長い顔の高校生が一也と頭がぶつかりそうな勢いで迫って言った。
一也はその瞳に殺気を宿しながらその高校生に向かって口を開く。
「……群れるだけしか出来ねぇーカスどもが、知ってたか? 弱い動物は群れるもんなんだぜ?」
「……お前一度シバかれねぇと分かんねぇみたいだな? ぶっころがされてぇのか!!」
一也のその言葉にヒートアップしたヤンキー達が仲間を呼び、しばらくして数が20人以上へと膨れ上がった。
20人以上の高校生をなんとか倒した一也は、バッドで殴られた左腕を押さえながら宛もなく夜の街を歩いていた。
一也はビルの影に入ると、そのビルの壁に凭れ掛かった。
「くっそ……あの野郎ども、随分頑張りやがって……さすがに効いたぜ……」
「ほう。お主、中々強いのう」
「――誰だッ!?」
一也は突然の声に慌てて叫んだ。
月明かりに照らされ映し出す影を見た。 だが、不思議なのは影は見えるものの当の本人の姿は一切見えないということだ。
その人物を探し、辺りを見渡している一也にその声の主がもう一度問い掛けた。
「どうじゃお主! 妾と主従の絆を結ばぬか?」
「主従だと? お断りだ! 俺は誰の下にも付かねぇー!」
「ふむ。ならば安心したぞ……」
姿無き声は今度は一也のすぐ近くから聞こえた。
「お主が妾の主となるのじゃ! それぐらいの心根が無ければ釣り合わぬ! 妾と組んで悪鬼を退治しようではないか、我が主様よ」
「お前と契約して俺にどんなメリットがある」
「……そうじゃな。しいてあげるならば……力じゃ!」
「……力?」
一也が首を傾げながらそう聞き返した。
「うむ。お主は求めておろう? 人を守る、大切な者を守り抜く力を……」
「…………」
その言葉を聞いて一也は自分の両手を見つめ、母親が亡くなった日の事を――母親の体を最後に抱き上げた時の僅かな温もりを思い出していた。その後、虚しく自分の手に残された真っ赤に染まった鮮血がはっきりと見た……。
俺は……仇をとりたい。ただそれだけだ! その為なら悪魔にでも魂を売ってやる!!
一也は心の中で決意すると、ゆっくりと口を開く。
「――本当に力が手に入るのか?」
「うむ。お主が思っているより凄い力がの」
「そうか……なら契約する! お前の主人でもなんでもなってやる!」
「交渉成立じゃな!」
そう叫んだ直後、体の中を何かが通り抜ける感覚とともに、一瞬で意識を失った。
意識を取り戻すと、一也は光を受け金色に輝く雲海の上を飛んでいた。
「なんかここは……?」
「おう。目が覚めたか? ここは天界の入り口、上雲海――ここで妾達の守護神となられる神々と対面することとなる。お主も失礼のないようにのう」
「けっ……俺は神様とか信じない主義なんだよ」
そう吐き捨てるように言った一也に狐鈴が呟く。
「だが、その目で見たらば信じるしかないじゃろ?」
「…………」
その言葉に無言で返す一也。
そうこうしているうちに、目の前に光が満ちる。
「神の降臨じゃ!」
狐鈴がそう声を上げると、一也もその光の方を目を細めながら見た。
すると光は消え、目の前に大きな青い巨神が姿を表した。
その青い巨神は紅蓮の瞳で鬼のような顔つきに右手に巨大な剣、左腕には黄金に輝く縄を持っていた。
【お前は善を行うものか? 悪を行うものか?】
青い巨神は徐ろに口を開いた。
虚を突かれた一也はまるで鳩が豆鉄砲を食ったたような顔をして、その巨神を見た。
その時、一也の耳元で狐鈴が言った。
「馬鹿者! こちらにおられるのは五大明王の1人。不動明王じゃ! ほれ、早くお答えせぬか!」
「あ、ああ……」
一也は不動明王に向き直すと、声を上げる。
「俺はその二択はおかしいと思う」
「なっ、ばか!」
【……なぜそう思う?】
その紅蓮の瞳が一也の顔を見据える。
それに臆することなく一也が言い放つ。
「それは善を行う者もまた悪だからだ! 人である以上。他者を裁く権利は持ってない。もしそれがあると言うやつが居るなら、そいつの思い上がりでしかない。悪を行う者はもちろん悪だが、他者に罰を与える者もまた人の行いを超えた時点で、悪だからな!」
これは一也自身に向けた言葉だったのかもしれない。
何故なら、この時の一也もまた母親を殺した者に復讐するという思いがあったからだ。
【……良かろう。お前は人にして、人の限界をよく理解しているようだ】
その言葉からしばらく間をおいて、その青い巨神が右手の剣を振り上げた。
【お前が気に入った。東郷一也……お前を鬼斬として認めよう。我が力とともに世界を脅かす悪鬼を討て】
剣の先が光を放ち、そこから光の球体が一也の方へと向かってゆらゆらと飛んでくる。
一也は目の前に止まった光に警戒しながら青い巨神を見つめ、呟く。
「どうすれば良い」
【手を光へ入れればいい。さすればお前の欲する力が手に入る】
「……分かった」
一也はその光の中に躊躇することなく自分の手を入れた。
すると手の中に光が収束し、一本の刀の姿へと変わった。
「おぉ~。やったのじゃ! これでお主も今日より神の仲間入りじゃのう!」
「……俺が……神?」
「そうじゃ! 鬼斬は神が選別し、神がその力を授ける。それは神になることを意味するのじゃ!」
【東郷 一也。お前のその力に誠意と覚悟を持て、さすればお前の内なる目的は達成されようぞ】
「……内なる目的」
俺の母親を殺した犯人をこの手で殺すことか?
一也は青い巨神の言葉を心の中でそう解釈して「分かった」っと言った。
その一也の言葉を聞き終えると、青い巨神はすーっと消えていく。
その後、眩い光に辺りが包まれ、気が付くと、一也はビルの壁に凭れ掛かった状態で目を覚ました。
「……夢だったのか? いや違う。あれは夢じゃない!」
一也はすぐに言葉を訂正する。
何故なら一也の手の中にはしっかりと黒い刀が握られていたからだ。
それは先程の出来事が夢では無いということの証でもあった……。
「ふむ。ようやく目を覚ましおったな」
「……お前は?」
「おいおい連れないことを言うでない。妾はお主の式神じゃぞ?」
「式神?」
首を傾げている一也に狐鈴が胸をポンと叩く。
「うむ! 妾の名は狐鈴。誇り高き九尾の狐じゃ! これからよろしくのう、主様!」
「成り行きじゃ仕方ねぇー。よろしく頼む、狐鈴!」
2人はそう言って互いに微笑み合った。
それが狐鈴と一也の出会いでもあり、一也が鬼神となったきっかけでもあった。
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