狐鈴の能力で喫茶店に戻った3人は、注文していたカフェラテと抹茶ラテを狐鈴と志穂が、一也は追加でオーダーしたコーヒーフロートを飲みながら話を始めた。
それを隣に座っている狐鈴が、物欲しそうに一也のグラスを見つめている。
一也は何も言わずに狐鈴の方にグラスを渡した。
狐鈴は嬉しそうにそのグラスを両手で掴むと、ストローに口をつけて思いっきり吸い込んだ瞬間、その手がピタッと止まる――。
その直後、狐鈴の口から吸い込んだコーヒーが流れ出た。
「うげぇ~。苦いのじゃ……」
それを見て一也が表情1つ変えず呟く。
「それはまだ上のアイスが混ざってないからな……」
その冷めた感じの一也とは対照的に志穂は慌てて立ち上がる。
「うわぁっ! 狐鈴ちゃん大丈夫!? 一也もただ眺めてないでふきん持って来て!」
狐鈴の口元をハンカチで拭きながら志穂が叫んだ。
一也は面倒くさそうに「はいはい」っと呟くと、ふきんを取りに席を立った。
ゴミ箱の上の台に置かれたふきんを手にした一也は目の前に貼られたポスターを見て、瞳をギラつかせる。
それはアームレスリング大会の応募張り紙で、そこには金字で優勝賞金10万円と書いてあった。
一也は「これだ!」っと心の中で叫んだ。
「えっと……応募方法は――っと……」
一也が食い入るようにポスターを見ていると、むっとしながら志穂が声を掛けてくる。
「もう。いつまで経っても戻ってこないと思ったらまたこんなの見て……」
「別に良いだろ? 生活費とは別に金がいるんだよ。趣味には……」
そう言った一也に志穂は少し呆れながら口を開く。
「趣味って……ゲームでしょ? 戦ってる一也はかっこいいのに……一也はスポーツも出来るんだし。もっと健康的な事を趣味にしたら? ほら、昔テニスとかしてたし、テニスなんてどう? 私も付き合うから!」
「……そうだな。考えとく」
志穂のその提案を一也は受け入れるつもりがないのか、素っ気なく返す。
そんな一也の言葉が不満だったのか、志穂は不機嫌そうにそっぽを向くと、吐き捨てるように言った。
「一也がそうやって言う時は、絶対やらない時だよね。私は真剣に一也の将来を心配して言ってるのにさっ……もうご飯作ってあげないから!」
「……なにッ!?」
一也は志穂のその発言に顔色を変えた。
それもそうだろう。一也は一人暮らしになってから、掃除、洗濯、料理などの家事全般を志穂が代わりに行っていた。
その中でも志穂が作ってくれる料理が、今の自分を支えてくれていると言ってもいいほど、志穂の厚意に甘えていたのだ。
自慢じゃないが、志穂が家に来なくなれば、家はゴミ屋敷と化し。一也自身は食中毒によって死ねる自信がある。
一也は慌てて弁解する。
「いや、ほら。今は俺も鬼神として悪鬼を狩らないとダメだろ?」
「ふ~ん。そう言って逃げるつもりなんだぁ~」
「なっ!?」
志穂のその疑惑の視線に耐えかね。思わず顔を背ける。
そんな一也に向かって志穂がさらっと告げた。
「実はね。明日土曜日だから小学校の合宿の奉仕活動に行くの。一也も一緒に来てもらうからね」
「ちょっと待て! 俺は明日このアームレスリング大会に――」
「――なら今度からお掃除もお洗濯もご飯の支度も全部自分でやるんだよ?」
志穂は反論してきた一也の意見を完全に無視してそう告げると、一也からふきんを取り返して狐鈴の元へと戻っていく。
……さらば、俺の10万!!
一也はそう心の中で嘆きの声を上げると、席に戻ろうとしている志穂に言った。
「分かった! 行く! 行けばいいんだろぉー! その代わり今日のおかずは唐揚げにしてくれ!」
「ふふっ、了解――なら帰りに材料買いに行こっ!」
志穂は一也の言葉にぱぁーっと表情を明るくさせると、そう言ってにっこりと微笑んだ。
3人はしばらくの間談笑すると、喫茶店を出て近くのスーパーで唐揚げの材料を購入し、自宅へ帰って夕食を食べると眠りに就いた。
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