鬼を喰らう鬼神

~最強の力を手にした不真面目な少年の物語~
北条氏成
北条氏成

第39話

公開日時: 2020年9月29日(火) 22:30
文字数:2,552

瞼を閉じて記憶を思い出していた一也は再び目を開いてその手を動かした。


 IDは『BD7K8IMO』

 パスワードは『korin』

 っと入力してアプリを起動する。


 すると、一也のスマホに狐鈴の持っているスマホの位置が表示された。

 その反応は都市部から離れた山から出ていた。


 一也はそれを確認すると、再び走り出す。

 向かうのはもちろん志穂の家だ。

 志穂の部屋に戻ると、志穂はまだ眠っていた。


 一也は志穂の体を揺すって起こそうとしたのだが、一向に起きる気配がない。

 ため息をついた一也は部屋にかけてある時計を確認する。


 時刻は9時を回っていた。竜次と約束した時間は10時――駅までは歩いてここから30分ほど掛かる。


「……仕方ねぇー」


 一也は志穂の髪を掻き分け、その熱を帯びた額に冷却シートを貼り付けた。

 一瞬ブルッと身を震わせたものの、志穂は目を覚まさない。


 一也は疲れているんだと思い、そんな志穂に独り言のように呟く。


「志穂……もう行かないとだけなんだ。でもこれだけは言っておく、俺は誰が一番大切とかじゃないんだ。俺は貪欲な人間でよ、誰も失いたくないし、誰にも悲しんでほしくない。いや、違うな……。もう誰一人、俺は手放したくないんだ。必ず狐鈴を連れて戻ってくる。お前も風邪を治して、今度3人でどっかに行こう!」


 そう呟き、薬とフルーツゼリーなどの食べ物を椅子に置くと「行ってくる……」っと決意に満ちた声で告げて部屋を出た。

 その少し後に志穂が目を覚まし、重そうに体を起こした。


 その瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。


「……一也のバカ。本当に不器用なんだから……絶対に死なないでね……死んだら絶対に許さないんだから……」


 志穂は俯き加減にそう呟くと、両手で布団を強く握り締めた。

 一也が駅に着くと、バス停の近くでもう竜次が待っていた。


 だが、その竜次の表情にはまるで生気が感じられない。

 それどころか、顔面蒼白のまま一也の存在にも気が付いていない様子だった。


 一也は近くに珠姫の姿がないのに気付き、慌てて竜次の元に駆け寄る。


「……お前の式神はどうした?」

「ああ……帰り道に悪鬼に襲われてな……あははっ、珠姫を奪われちまったよ……」


 自暴自棄になっているのか、そう言って薄気味悪く笑う竜次に一也は何も言えなかった。

 それはそうだろう。自分も狐鈴を連れ去られているのだ。そんな状況で、相手を非難する事など出来るはずがない……。


 だが、狐鈴と月夜が居ない今、珠姫の空間転移を当てにしていた一也にとって、それは予想外の事だった。


 いや、予想はしていた。しかし、まさかそんな事があるはずがないと思い込もうとしていただけだったのかもしれない。


 2人がその場に腰を下ろし途方に暮れていると、一也のスマホに着信が入った。

 月詠からだと思った一也は慌てて電話に出る。


「……もしもし」

『おう、息子よ!』

「親父ッ!? 藍本には連絡が取れたのか!?」


 そう声を荒げて尋ねる一也。


 その時、一也の頭の中ではすでに最悪の状況を想像していた。

 父親の返答を待つ中、心の中で祈るように呟いていた『藍本と月夜は無事であってくれ』と――だが、その期待は直ぐ様打ち砕かれる事になる……。


『いや、繋がらん。それどころか彼女のマンションの管理人の話では、家の中はもぬけの殻であったらしいな』

「そうか……って親父がどうして藍本のマンションの場所を知ってるんだよ!」

『はっはっはっ! 風の噂でな! それよりお前達困っているようだな。今そっちにある物を手配しておいた、まあ使うか使わないかはお前達次第だがな! はっはっはっはっ!』


 そう豪快に笑い声を上げながら、一方的に電話を切られた。

 一也は首を傾げながら「ある物?」っと呟く。


 その直後、爆音とともに辺りに暴風が吹き荒れる。


「なんだ!? これはッ!!」


 驚愕した顔で真上を見上げた一也の目に飛び込んできたのはヘリコプターだった。


 そして父親の言っていた『ある物』っという言葉を思い出す。

 普段なら信じがたい光景だが、あの人物ならやりかねない。


 一也の父親『東郷 好造』という男はそういう男である。何故か様々な場所に顔が利き、今までも数多くの事柄を独断と偏見によって行動を起こしてきたのである。


 学園を創る際も『ああ、お前は明日から俺の創った学園に行く事になったからな』っと街の小汚い小さなラーメン屋で、ラーメンを啜りながら一方的に言い放った挙句。通学費が勿体無いという理由だけで、学園の近くにマンションを建てるという豪快といえば聞こえが良いのだが、とにかく突拍子もなく訳の分からない行動に出る男なのだ。


 あんぐりと口を開けてその場に立ち尽くしている一也達にライトが当たり、内部から鉄製の縄はしごが降りてくる。


 2人は勢いでそれに捕まると、ヘリ内部へと引き上げられる。

 ヘリの中には軍服を着た男が複数人乗っていた。


 その中の1人。黄金のヤタガラスのエンブレムを付けた帽子を被った男が、一也達に声を掛けてきた。


「君のお父さんから話は聞かせてもらっている。私達は君達に強力する為に着たんだ――っと言っても送り届けるだけなのだがね。どこへ向かうのかは、君に聞けば分かるという話だったのだが」

「どういう経緯でこうなったかは分からないですが、助かります」


 普段の一也のように乱暴な喋り方ではなくなっていた。

 っと言うよりは、軍服に身を包んだ彼等を前にして畏ってしまったというべきだろう。


 だが、この状況で彼等を前に人間が居るはずがない。


 一也はその人物に向かう場所を告げると、ヘリをその方向へと向かって飛び始める。


 ヘリの中で一也は内心穏やかでは無かった。

 それは狐鈴が捕らわれていることが大きい。


 狐鈴は普段仕草は子供っぽいがその偉そうな物言いから分かる通り、プライドもその能力も非常に高く何より負けず嫌いだ。


 いや、負けず嫌いだからこそ、他の式神に負けない程の能力を身に付けたということも言えるかもしれない。


 だが、負けず嫌いだからと言っても必ずしもメンタルが強いわけではない。特にここ最近の狐鈴は会った当初と比べて、更に輪をかけたように性格が柔らかくなっていた。


 おそらく今の狐鈴に、極度のストレスに耐えられるか分からない――。


 絶対に早まるんじゃねぇーぞ、狐鈴……


 一也は心の中でそう呟きながら、ヘリの窓から近づいてくる山を見つめていた。

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