鬼を喰らう鬼神

~最強の力を手にした不真面目な少年の物語~
北条氏成
北条氏成

第14話

公開日時: 2020年9月5日(土) 00:01
文字数:2,554

 目的地に着くと、皆荷物を持ってトレーラーから降りる。

 一也が真っ先に外へ出て気持ちよさそうに背筋を伸ばした。

 その直後、一也の隣に来た志穂が肘で一也の脇腹を小突くと、不機嫌そうに呟く。


「なんか北橋さんと随分楽しそうに話してたよね。鼻の下伸ばしちゃってさ……」

「ばかっ! 鼻の下なんて伸ばしてねぇーよ!」

「伸ばしてたじゃん! なんの話してたのよ!」


 志穂にそう尋ねられ、一也は静かに答える。


「別に……ちょっとおふくろの話をしてただけだよ」

「おばさんの? ……そっか、なら仕方ないよね……」


 志穂はそう言うとそれ以上何も言わずに俯いた。


 それは玲奈の母親と一也の両親との関係を知っていてこともあるが、それ以上に一也の心境を察しての事なのだろう。


「あっ、ちょっと向こうの学校の先生と話してくるねっ!」


 そう言って駆けてゆく志穂。

 そのすぐ後に、運転手と話に行っていた玲奈が少し遅れて車内から出てきた。


「一也さんのお母様は素敵な方だと言う事を再確認出来ましたわ」

「そうか、それは良かった。なら俺は志穂のところに行くから、また後でな!」

「……一也さん。想像してた以上に素敵な方ですわ」


 そう言って去っていく一也の背中を見つめ玲奈が小さく呟いた。

 一也が志穂の元に着くと、志穂は何やら施設前で小学校の教職員達と立ち話をしている。


 おそらく、これからの打ち合わせをしているのだろう。恵梨香がその横に居るということは、彼女も生徒会ではそれなりの地位に居ると見て間違いない。

 そんな事を考えながら、部外者の一也は壁に凭れながらその話が終わるのを待っていた。


 ふと辺りを見渡すと、まだ小学生達の姿はない。山間の自然あふれる風景の中1人風を感じながら、こうして佇んでいると静かなものだ……。


「風が気持ち良いな……」


 一也はそう小さく呟くと、その風を感じるように瞼を閉じた。

 志穂の言った校外学習とは林間学校の事なのは、泊まりがけである事から大体の予想はついていたが、こんなに清々しい気分になれるなら、たまにはこういうのも良いだろうと一也は思っていた。


 その時、続々と建物の前にバスが止まり。その中から、生徒達が出てくる。それと時を同じくして、志穂が一也に声を掛けた。


「ごめんね、一也。待たせちゃって」

「なに、いいってことさ……それより話はもういいのか?」

「うん! それじゃ、お仕事開始だね!」


 志穂はそう言って微笑むと、2人は歩き出した。


 志穂達。生徒会組に混じって一也も今回自然学習に参加する生徒達に挨拶した。

 それが終わると、早速。昼食の支度を始める。


 施設の屋外に設置された炊事場で、女性教師達が肉や野菜を串に刺すのを生徒会のメンバーと手伝っているところに、男性教師の声が響いてきた。


「すみません! 誰か火を起こすの手伝ってくれませんかー?」


 その言葉を聞いて周りがどよめき出す。

 その間も、聞き流すように黙々と作業をしていた一也に、隣で作業していた志穂が声を掛ける。


「ねぇー。一也って火起こし得意だったよね?」

「……得意じゃねぇーよ。それにそんなの施設の人間が手伝うだろ? そこまで俺達がやってやる必要ねぇーって……」


 目を合わせることなく一也がそう告げると、一也は志穂が頬を膨らませた。


「どうしてやらないの、困ってるんだよ? 協力してあげれば良いじゃん!」


 そう強めに言ってくる志穂に一也は冷静に言葉を返した。


「だから、施設の人間がやるって、それに……協力って、それは互いに手を取り合うって事だろ? 能力のある人間に一方的に要求してくるのは協力じゃなく。強要だろ?」

「……そっか、一也はいつもそう感じてたんだね」


 志穂は昔の事を思い出しながら、静かに呟いた。



 中学の時、一也への周りの態度ががらりと変わった。皆、文武両道で的確に物事を捉える完璧な一也に嫉妬して、距離を置くようになっていった……。


 だが、そんな冷ややかな態度とは裏腹に、学校の重要な行事には『皆で協力して』という名目で、実行委員を一也に押し付けた。

 もちろんその結果。無事に終わると、すぐにまた距離を置き始めるのだ――それはまるで使い所を終えた便利な道具のようだった。


 だが、結果的に1人に責任を押し付けるような行動が上手く行き続けるわけがない。3年生の最後の文化祭で一也がインフルエンザにかかった時には、指示出しが上手くいかずに結果的に散々な形になった。


 人は誰しもが平等や公平などという言葉を好んで利用するが、それは言葉だけであり。実際に実行される事は稀である。大きな事柄であればある程、能力のあるなしに関わらず誰かが酷使されなければならなくなるのが現実だ。


 一也の場合は、その人並み外れた記憶力がメディアを通して覚えた物が足りない経験を補い、同い年とは思えないほど記憶の引き出が多かった。


 物事とは突き詰めていけば、どれほどの事象を経験しそれを脳に記憶させているかが重要になるものだ。だが、一也は記憶の中の様々な数ある知識の中から打開策として的確な物を選び出すだけの知性も持ち合わせていた。


 結果を出す為にはその過程が必要であり、思考し――行動し――結果となる。

 しかし、行動している間にも思考する必要があり。その思考する事柄は知識によって決まる。


 こを引き出しという。


 なぜ失敗したのか……それは周りの人間は自分が楽をしたい。また自分は恥をかきたくない。という感情が自身の中に強くあり。その結果、能力のある者への執着へと繋がる。この場合は毎年指示を出してくれる統制をとっていた人物を失ったことで、指揮系統が分断され結果、収集がつかなくなったのだろう。


 しかし、人間とは貪欲なもので、能力がある者を見抜けたとしても、自分の方が劣っていると認めたくはないものだ――皆、自分が正しく自分とは異なる者を否定する。


【自分は正しく、それ以外は悪であり異常なのだ】


 それが現代の差別へと繋っている。


 多数決制を採用している以上は個性を主張する者は異常者であり。様々な生い立ち、生活環境や民族の中で妥協して生み出した【普通】という言葉が適応出来なければ、その者は【社会不適合者】となるのが世の常だ。


 その為、能力の高い人間ほど己の能力を隠す為に凡人を演じ。能力が低い人間ほど己の力量を理解出来ない為、さも能力があるように演じるという結果が発生するのだ――。


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