慌てて狐鈴の姿を探すと、大きな赤い陣羽織を着た悪鬼の背中が見え、その傍らに血だらけで横たわっている着物姿の少女を見つけた。
「――狐鈴ッ!!」
そう叫んだ時にはすでに一也の体は動いていた。
その時、陣羽織を着た巨体が動き、一也を大きな黄色い瞳が向いたと同時に大きな拳が一也目掛けて飛んできた。
「邪魔……すんじゃねぇー!!」
一也はそれをかわすと、地面を蹴って悪鬼の頬を思い切りぶん殴った。
悪鬼の巨体が宙を舞いお堂の壁を突き抜け、外へと飛んでいった。
それを横目で確認した一也は直ぐ様走り出し、横たわっている狐鈴の体を抱き起こす。
小さな狐鈴の体を黒い刀の刃が貫通していた。
「狐鈴! 狐鈴! しっかりしろッ!!」
「……ぬし……さま……か?」
閉じていた瞼が少し開いて、狐鈴の青い瞳が微かに見えた。
狐鈴は血で染まった震える手を必死に動かし、一也を探す。
一也はその手を掴むと、狐鈴が握り返してくる。
「……たすけに……きて、くれたのか……?」
「ああ、そうだ。だからもう喋るな!」
「すこし、でも……よわらせる、つもりじゃった……のじゃがの……」
「いいからもう喋るんじゃねぇー!!」
震える声でなおも喋る狐鈴に一也は叫んだ。
狐鈴はその声に首を横に振ると、再び口を開く。
「……わらわはもう、ダメじゃ……そんなかおしておっては……おとこまえの……かおがだい、なしじゃぞ……ぬしさま……」
狐鈴はそう呟くとにっこりと微笑んだ。
その時、一也の脳裏に普段の狐鈴の笑顔が浮かんだ。
普段白く艶やかな狐鈴の肌は青白く、普段透き通る水のように青い瞳は霞んでいて、そこからは生気が殆ど感じられない。
その変わり様に、一也の瞳から抑えていた涙が止めどなく溢れ出す。
「ばか野郎……どうして待てなかった! そんなに俺が信じられねぇーのかよ……」
その言葉を聞いた狐鈴が首を横に振る。
「……しんじておる……だれよりも……だから……みなを……」
そう言うと狐鈴は自分の体を貫いている刀を触る。
「あと……この……このかたなで……あやつを……」
「……ああ、任せろ」
「あいしておる……ぬし……さ……」
その返答を聞いて最後ににっこりと笑い狐鈴は事切れた。
一也は狐鈴を抱き締めると天を仰いで叫んだ。
「また……また守れないのか……俺はああああああッ!!」
一也の悲痛な叫び声が辺りにこだまする。
「……狐鈴。お前の遺言通り、お前の刀を使うな……俺と一緒に戦ってくれ……」
一也はそう呟いて狐鈴の頭を撫でると、その体から刀をゆっくりと引き抜いた。
狐鈴の体を地面にそっと寝かせると、鋭い眼光を悪鬼が飛ばされた方向に向け、ゆっくりと立ち上がる。
すると、開いた穴から悪鬼が顔を覗かせた。
大きさは5mほどはあるだろうか、肌は紫がかっており、肩には巨大な瓢箪を担ぎ。赤い瞳に乱雑に伸びた紫色の髪、口元からは牙が大きく反り上がっている。
そこは『鬼零化』した悪鬼と同じだが、その体から迸る闘気はそれの比ではない――。
「……間違いない。お前だな、茨木童子の野郎が言ってたクズは」
「……うるせぇー。んな事はどうでもいい……。表で待ってろ! てめぇーの体をぶつ切りにしてやるからよ……」
「ふん! 俺様にお前が勝てるとは思えない――が、ここをこれ以上壊されるのは敵わん。早く来いよ?」
酒呑童子はそう言い残し姿を消した。
一也は月夜と珠姫の縄を切ると、気を失ったままの月詠の縄を切ってゆっくりと降ろした。
「ぐすっ、ひくっ……鈴っちが……鈴っちが……」
「……狐鈴さん」
月夜と珠姫は狐鈴の傍らで涙を流している。
そんな月夜に一也が険しい表情で尋ねる。
「月夜……どうしてこうなったか、話してもらえないか?」
「ぐすっ……うん。お兄ちゃんが外で戦っている音が聞こえてきて、そしたら……そしたら鈴っちが『妾があやつを惹きつけるその間に主様と逃げろ』って……その直後、鈴っちの縄が焼け落ちたと思ったら、護符が発動しなくて……それで、刀で斬り掛かった鈴っちが吹き飛ばされて壁に当たって……そしたら落ちたその刀で……こんな……」
泣きながら途切れと途切れに話す月夜に一、也は「そうか……」っと小さく呟き、月夜に背を向けて告げる。
「俺が出来るだけあいつをここから離す。お前達は表で戦ってるやつと一緒に、ここから離れろ! 良いな!!」
「……待ってお兄ちゃん! 今ここはぼく達には不利な状況だから気をつけて」
「ああ、俺の事は心配するな……」
不利な状況……?
一也は月夜のその言葉に少し疑問を抱いたものの、その意味を聞き返す事は無かった。
それは狐鈴を殺されどうしようもなく憤っていたからに他ならなかった。
それもそうだろう。目の前で母親と狐鈴の2人を手にかけられ、憤らないわけがない。
今一也の心は、まるで燃え滾る溶岩のように熱く、赤く燃え滾っていた。
ぜってぇーこの刀で喉元掻っ切ってやる……酒呑童子ッ!!
気が付くと一也は歯を噛み締め、拳を血が滲むほど強く握り締めていた。
お堂に開いた穴から飛び出すと、岩の上に座り瓢箪の中の酒飲んでいる酒呑童子の姿があった。
その赤い瞳が一也の顔を見据えると、一也も鋭く睨み返す。
一触即発の緊張感が2人を包む。
その空気の中、先に動いたのは一也だった。
普通なら一也から攻撃を仕掛けるという事は滅多にない。
それは一也の戦闘スタイルがそうだからだ。
一也は敵の動きから攻撃動作に移る癖を見抜いて対処を決める。だからこそ、一也が攻撃を受ける事はほぼない。
しかし、自分から仕掛けた場合は別だ――攻撃中は否が応でも攻撃に意識が向いてしまい、どうしても敵の動きを見るという動作が薄くなって不利になってしまう。
だが、そんな考えなど今の一也の頭には微塵もない――。
「うおおおおおおおッ!!」
一也は咆哮を上げながら刀を頭上に掲げ突っ込む。
それを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた酒呑童子の巨大な瓢箪を持っていた右腕が少し動く。
それを一也はその一瞬を見逃さず、タンッタンッっと二度地面を蹴って更に加速した。
その咄嗟の行動にタイミングを外され、酒呑童子の振り抜いた瓢箪が空を切る。
その瞬間、一也の刀が酒呑童子の左腕を根本から斬り落とした。
――ぐッ! ぐあああああああッ!!
けたたましい叫び声とともに切断した左肩から黒い血が流れ落ちる。
堪らず酒呑童子は左肩抑えその場に膝を突いた。
もうもう一撃で首を……仕留めるッ!!
「酒呑童子ッ!!」
一也が息巻いて刀を構え走ろうとした直後、突然全身の力が抜け地面に膝を突いた。
「――ッ!?」
なっ、なにが起こった!? どうして動かねぇー!!
動揺を隠しきれず、その場に俯いている一也の耳に酒呑童子の豪快な笑い声が飛び込んできた。
「フハッハッハッハッ! 敵地の偵察もせずに来るとは、お前は本物のうつけだなッ!!」
「くっ……どういうことだ?」
のっそりと立ち上がる酒呑童子に、一也が睨みつけた。
酒呑童子は右肩に背負っていた瓢箪を地面に突き立てると、それに肘をついて凭れ掛かる。
「この俺様がなんの目算もなく。こんな辺鄙な土地を拠点に選ぶと思うか?」
そう言って酒呑童子は勝ち誇った顔で酒を飲み出す。
だが酒呑童子の言うのも最もだ、確かに酒呑童子の目的は女を攫い、その肝を喰らうことにある。
ならばこんな市街地から離れた場所に拠点を置く必要がない。なぜなら、市街地を拠点にした方が戦闘をするにも都合が良いからだ。
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