翌日の昼休み。
金曜日ということで、雪乃、毛利さんとのお弁当交換会。
僕らは中庭のベンチに並んで座って、会話をしながら弁当を食べる。
話題は昨日の食堂のミュージカルについて。
僕は尋ねた。
「昨日のあれって、音楽はどこから流したの?」
「ああ。あれは、放送部にお願いして校内放送用のスピーカーから流してもらったのよ」
「そうなんだ…」
「放送部は、生徒会で元部長の佐竹さんと顔見知りだからね。事前にお願いしていたのよ」
「佐竹先輩か…。そう言えば、そうだったね」
毛利さんが横から会話に割り込む。
「純也くんとキスしてるの、雪乃ちゃんばっかりだよね」
「そういえば、まだ、歩美と純也はキスしてないんだよね? さっさとやっちゃいなよ」
「い、いや。本来は軽々しくキスするもんじゃあないし。それに、そういうことをする場所も無いし」
僕は答えた。
「場所なんていくらでもあるでしょ、空き教室とか? やる気があれば、人の目なんて気にならないよ」
「いや、毛利さんは雪乃とは違うって、人目を気にするんだよ」
「もう。めんどくさいなー」
雪乃は呆れたように言う。
「そもそも、今、歴史研の部室って2人きりなんでしょ? 人目、無いじゃん?」
そういえば、そうだったな…。
しかし、最近気になっているのは、毛利さんと悠斗の関係だ。
バレンタインデーで、毛利さんが悠斗にチョコを渡し、その後も2人で仲良く話をしているところを何度か見た。
悠斗と毛利さんが良い感じになりつつあるのであれば、水を差すようなことをしたくないのだが。
実のところ2人の関係性は、どうなのだろうか?
本人たちに聞くのも気が引けるのだが、やはり悠斗にでも聞くしかないのだろうか?
「純也、どうしたのよ。ぼーっとして」
雪乃が話しかけて来た。
「い、いや、なんでもない」
と僕が答えた時、1人の女子生徒が早歩きで近づいてきて、僕ら3人が座るベンチの前で立ち止まった。
僕が顔を弁当箱から上げると、そこにはメガネをかけ真面目そうな長い髪の女子生徒。
風紀委員の今川さんだ。
「ねえ。あんたたち」
今川さんは強い口調で話し始めた。
「昨日のアレ、やり過ぎじゃない?」
「“アレ” って?」
雪乃が尋ねた。
「昨日の食堂でやったことよ」
「ああ、演劇部の宣伝のことね」
雪乃はそう言うと、今川さんのことを気にしないように弁当を食べ続けた。
「公共空間で、破廉恥なことをして、恥ずかしくないの?!」
「別にー」
「しかも、食堂のテーブルに土足で上がったそうじゃない!?」
「すぐに、ちゃんと拭いて綺麗にしたよ」
「あんたみたいなのが、生徒会長になったら、学校が乱れまくりだわ! 絶対に会長にはさせないから!」
今川さんはそう言うと、早足で立ち去った。
「今川さん、めっちゃ怒ってたね」
僕は、今川さんの姿が見えなくなると言った。
「モテないひがみよ」
雪乃は弁当を食べながら言った。
「今後は、あまり派手なことはやらない方がいいんじゃない?」
僕としても、大衆の前でキスとか恥ずかしいのでやめてほしいからな。
この件は、とりあえず今川さんに賛同する。
「そうねえ…。まあ、演劇部の宣伝はあれでおしまいだから、大丈夫じゃない?」
「なら良いんだけど…」
「それより」
雪乃は話題を元に戻す。
「純也と歩美のキスの話よ」
その話するの?
雪乃は続ける。
「前も言ったけど、私の部屋でしたら?」
「そんなこと言ってたね」
「私の部屋だったら、だれの目にもつかないでしょ?」
「い、いや。雪乃の部屋で、毛利さんとキスするというのは、いろいろ難点があるとおもうんだけど?」
「なんで? 私は気にしないわよ」
「僕は気になるなあ」
「歩美は?」
雪乃は毛利さんに尋ねた。
「うーん…」
毛利さんも難色を示している。
まあ、当然だろうな。
「キスはともかく、来週のどこかで、私んちに遊びに来ない?」
「まあ、遊びに行くぐらいなら…」
僕は承諾した。
「私もいいよ」
と毛利さん。
とりあえず僕と毛利さんが、雪乃の部屋に行くことが決まった。
あそこに行くのは、年明けすぐに行った以来だ。
また波乱の予感がするが、その時はその時の僕に乗り切ってもらおう。
弁当を食べ終わった頃、別の女子生徒が歩み寄って来た。
髪を肩ぐらいまで伸ばし、長めの前髪を赤いヘヤピンがトレードマークのメガネ女子。新聞部の新部長である小梁川さんだ。
「武田くん」
「なに?」
「来週の月曜。4月14日だよ」
「え? 4月14日? なんだっけ?」
「忘れたの?! “P”の犯行予告の日よ!」
「ああ! そうだった! 何が盗まれるのか情報が入ったの?」
「いいえ。あれから、なにも新情報が無いから、なにか盗まれるのを待つ状況のままだけど」
「そうか…」
僕は肩を落とした。
「14日に何か盗まれるとして、新聞部に情報が入って来るのは15日以降ね。それで」
小梁川さんはちょっと嬉しそうに話を続けた。
「4月14日ってブラックデーでしょ? 折角だから大久保あたりで、“P”の対策会議をかねてジャージャー麵でも食べに行こうと思うんだけど、武田君も行く?」
「はあ? ジャージャー麺?」
以前、コーラス部の井伊先輩から、2月14日のバレンタインデー、3月14日のホワイトデーとは無関係な寂しい人たちが、4月14日にジャージャー麵を食べる習慣が、韓国にあると聞いたのを思い出した。
韓国の習慣だから、コリアタウンの大久保に行けばジャージャー麺があるということだな。
だが、しかし。
僕はバレンタインデー、ホワイトデーに無関係な寂しい人ではない。
そして、小梁川さんは寂しい人なのだろうか?
小梁川さんは僕の心を読み取ったように言う。
「別にバレンタインのチョコをもらってても、ジャージャー麵を食べに行っても問題ないわよ」
「ま、まあ、そうなんだろうけど」
「その会議には、成田さんも誘っておいたから」
「成田さん? 将棋部の? なんで?」
「だって、彼女も“P”のことを追跡してるんでしょ?」
そして、小梁川さんは毛利さんにも声を掛ける。
「そういえば、毛利さんも“P”の犯人探しに興味あるよね? 一緒に行く?」
「行ってきなよ」
織田さんが割り込んできた。
「月曜、私は演劇部があるから行けないけど」
「うん、行くよ」
毛利さんは答えた。
「じゃあ、来週、武田君を借りるわね」
小梁川さんは笑顔で答えた。
「なんだったら、武田君をいくらでもしゃぶってもいいから」
織田さんが、とんでもないことを言う。
「それは遠慮しておくわ」
そういうと小梁川さんは立ち去った。
僕の意思はさほど関係なく、ジャージャー麵を食べに行くのが決まった。
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