自室で睡眠中。
「「起きろー!!」」
大声、しかも複数の声で目が覚めた。
「うわっ!」
僕が目を開けると、妹の美咲と前田さんが僕のベッドの横から覗き込むように見下ろしていた。
そして、なぜか2人とも紺色の中学ジャージ姿。
「な、な、なんだよ! ステレオで起こすんじゃない!」
「朝は、お兄さんを起こすのが妹の仕事ですよー」
前田さんは笑顔で言った。
「妹の仕事?」
前田さんに昨日から一週間、妹をやってくれとお願いしたのだ。
だが、しかし、
「昨日も言ったけど、僕を起こすのは妹の仕事じゃあない」
突然起こされたせいか、あんまり寝た気がしない。
僕は眼をこする。
眠気を感じながらも身を起こして、机の上にある時計を見て驚いた。
「えっ?! まだ朝の6時半じゃあないか?! 今日は春休みだぞ」
学校がある日は、いつも8時前に起床している。それより1時間半も早い。
そして、昨夜はVRゲームをやって遅く寝たので、睡眠時間が短くなってしまっている。
だから眠いのだ。
「こんな朝っぱらから、何のつもりだよ?」
僕は文句を言った。
「これから自主練でジョギングをするので、一緒に走りましょー」
前田さんは明るく言う。
「はあ? ジョギング? なんで?」
「私、スタミナがないじゃあないですかー? だから、持久力を付けるために今日から毎日ジョギングをしようと思ってー。昨日、島津先生に相談したらアドバイスされましたー」
僕が以前、前田さんと卓球勝負をしたとき、彼女は試合後半で疲れてしまったので、僕は逆転勝ちをすることが出来た。
それを鑑みると、確かに前田さんは長時間の試合に耐えるスタミナが無いのだろう。
だからジョギングか…。
と言っても、僕がジョギングに付き合う理由はない。
「前田さん、1人でやればいいじゃない?」
「えー。兄は妹のお願いは聞くもんだって、美咲ちんが言ってますよー」
前田さんは不満そうに言う。
「なんだ、そりゃ?」
僕は前田さんの言うことにあきれたので、再び横になって二度寝るすることにした。
布団を頭からかぶる。
それを見て妹が文句を言ってきた。
「お兄ちゃん! 可愛い妹がお願いしているのに、聞かないの?!」
「むしろ、なんで聞くんだよ?」
僕は布団の中から答える。
「お兄ちゃんが、のぞみんに“妹”をやれって言ったんでしょ? 責任取りなよ」
「言ったけど、いつもお前はそんなこと要求しないだろ。なんで、今回だけ…、まったく、訳わからないよ…」
「ウダウダ言ってないで!」
「昨日は寝るの遅かったし、春だから眠いんだよ。“春眠暁を覚えず”と言うだろ」
「遅く寝たのは、お兄ちゃんのせいでしょ? どうせ、エロいゲームやってたんでしょ」
「やってない。寝る」
「もう! 布団、引っぺがすよ!」
「やめろ」
僕は言ったが、妹と前田さんは2人して僕の布団を引っぺがした。
「何するんだよ!」
「だって、私一人っ子だから…、優しいお兄さんにあこがれてて…、せっかく、優しいお兄さんが出来たとおもったのにー…、しくしく…」
前田さんは泣き始めた。
「お、おい、なにも泣くことないだろ」
「あー、お兄ちゃんが泣かせた!」
妹が僕を非難する。
「わかったよ! 行けばいいんだろ!」
「わーい」
前田さんは笑顔になった。
「ウソ泣きかよ」
まったく、“妹をやれ”なんて言わなければよかったよ。
泣きたいのはこっちだ。
「それで、なんで、お前もジャージなの?」
僕は妹に尋ねた。
「私も一緒に走るからだよ」
「なんで?」
「ジョギング中に、お兄ちゃんがのぞみんにエロいことしないように監視だよ」
「ジョギング中にエロいことなんて出来るわけないだろ?」
「お兄ちゃんなら、のぞみんをひと気のないところに連れ込んだりしかねないからだよ」
「するか!」
「いいから、早く準備してよ」
「はいはい…」
僕は起き上がってベッドを降り、タンスから高校ジャージを取り出した。
着替えるから2人を一旦部屋から追い出す。
着替えが終わると、家の前で2人と合流した。
残念ながら、晴天のジョギング日和。
「それで」
僕は尋ねた。
「どこまで走るの?」
前田さんは嬉しそうに言う。
「雑司が谷の隣駅の西早稲田駅まで行こうと思ってますー」
雑司が谷~西早稲田、往復で距離は4km弱だが、結構アップダウン激しいのだ。
そして、前田さん、これから走るのに、なんで嬉しそうなんだろ?
「じゃあ、行きますー!」
前田さんが号令を掛けると走り出し、僕と妹もその後に続いた。
僕らは雑司が谷の複雑な路地を抜けて、目白通りへ。
アニメ映画『時をかける少女』でも登場した“富士見坂”がある。
この坂はとても急なのだ。
坂の上からは、新宿の高層ビル群まで見通せる。
往路は、ここを下るのだが、復路は当然、上りとなる。
この坂を歩いて上るのもキツいのに、走ってなんてとても無理。
前田さんは、ちゃんと考えたコースなのだろうか?
僕らは富士見坂を下りきって、学習院下あたりから明治通りへ。
さらに明治通りを南下。
西早稲田駅までは、緩やかな上り坂が続く。
ゆっくり走ったので20分弱で到着した。
地下へ続く西早稲田駅の入り口付近で休憩する。
普段、あまり走ったりしない僕と妹は、ちょっと息が上がっている。
前田さんも息が上がっていた。前田さん、体力無さすぎだろ。
普段、卓球部では基礎トレしてないのかな?
「そこのローソンでジュースでも買ってくるよ」
喉が渇いたので、僕は提案した。
「お前らもいるか?」
「おごってくれるの?」
妹が尋ねた。
「ああ」
僕は2人から欲しいドリンクのリクエストを聞くとコンビニに入った。
目的のドリンクを手にしてレジに並ぶ。
すると、良く知った声で声を掛けられた。
「純也?」
振り向くと雪乃がラフな格好で立っていた。髪もちょっとボサボサ。
僕は少し驚いて言う。
「や、やあ…、偶然だね」
そうだ。雪乃が住んでいるマンションは、ここからすぐ近い。
「なんで、純也がここにいるの? それに、なんでジャージ?」
「ちょっと、前田さんに付き合って、ジョギングを…」
「前田さんとジョギング? 走ってきたの?」
「そう。妹もいる」
「2人は?」
「すぐそこにいるよ」
僕と雪乃は会計を済ませると、一緒にコンビニを出た。
そして、妹と前田さんのいるところまで来た。
雪乃は2人に挨拶する。
「おはよう!」
雪乃を見て前田さんは雪乃に笑顔で挨拶をする。
「あっ! おはようございますー」
妹は不機嫌そう。
「どうも…」
僕は、前田さんと妹に雪乃がこの近くに住んでいることと、雪乃に僕がジョギングする羽目になった経緯を話した。
「前田さんに期間限定の妹をやらせてるの?!」
経緯を聞いて雪乃は驚いた。
「純也、妹プレイが好きだなんて。私もやったことないのに」
「いや、プレイじゃない」
「私も“妹”やってみようかな…」
雪乃は僕に近づいて目をキラキラさせながら言った。
「お兄ちゃん、私もお兄ちゃんの妹になりたい」
「だから、プレイじゃないってば」
妹が僕と雪乃の間に割り込んできた。
「“妹”はもう定員オーバーなんです!」
妹は雪乃を睨みつけるが、雪乃は余裕で笑っている。
その後も雪乃としばらく談笑して、休憩を終える。
そろそろ戻ろうということになり、雪乃と別れを告げて、再び走る。
例の急な坂をヒイヒイ言いながら登り切り、何とか帰宅した。
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