不本意な卓球ダブルス勝負を終えて、その場を去ろうとする。
「そういえば、丹羽さんは?」
僕は尋ねた。
「そこで柔道を見てるよ」
妹の美咲が指を指した。
その方向には、体育館の反対側で行われている柔道の練習を、壁際で見学している丹羽さんの姿があった。
「柔道部ってあったんだね、初めて見た」
雪乃が感慨深そうに言う。
「だよね。僕も練習しているところを見たことがなかったよ」
僕も同意した。
「柔道部って、瓦を割ったりするやつだよね?」
「いや、それは空手部では?」
「そうだっけ?」
などと話をしつつ、僕らは丹羽さんの方に向かう。
「やあ」
僕は丹羽さんに声を掛けた。
「どうも…。いやー、高校生の練習は見ているだけで勉強になります」
丹羽さんは、すごく感心した様子。
僕は柔道部の練習のほうを見る。
10数名の部員は、ほとんど男子生徒みたいで、女子は2,3人。
2人1組で乱取り稽古をしている。
「それは、よかったね」
僕は心のこもっていない返事をした。
「私も早く誰かを投げたくなりました!」
丹羽さんは嬉しそうに言う。
「お兄ちゃんを練習台にして投げてもいいよ」
妹が言った。
「ふざけるな。僕は練習台じゃあない」
僕は文句を言う。
「昨夜みたいに寝技でも締めてもいいし」
妹は、僕の文句を無視するように言う。
「えっ? 寝技掛けられたの?」
雪乃が “寝技” というワードに反応した。
「そうだけど、エッチなやつじゃあないよ」
僕は念のため注釈を入れる。
「どんなふうに掛けられたの?」
雪乃は質問する。
「どんなふうにって…」
柔道に詳しくないから、うまく説明できない。
「“袈裟固め”というやつです!」
丹羽さんが答える。ちょっと嬉しそう。
「へー…。ちょっとやってみてよ。他の技でもいいし」
雪乃がまた妙なことを言い出した。
「いいですよー」
丹羽さんは嬉しそうに僕に近づいて来る。
なぜ僕に近づく?
「えっ? 僕に掛けるの?」
「だって、美咲ちんが練習台にしていいって言ったから」
「断る」
「えー。私の寝技のバリエーションが広がるかもしれないから、協力してよ」
雪乃も僕に近づいて言った。
「いやいやいやいや。雪乃の言ってるやつは種類が違うでしょ?」
「異種格闘だよ」
「いや…、“あれ” を格闘技にするなよ」
「まあ、いいからいいから」
そう言って丹羽さんは僕の奥襟を掴んで、引っ張った。
「うわっ!」
すごい力だ。そして、いきなりだったので僕は全く抵抗できずに畳のところまで連れて来られた。
「じゃあ、今度は “上四方固め” 行きまーす」
丹羽さんは言うと、僕を引き倒し仰向けにすると間髪入れずに技をかける。
僕は顔を横にされて、身体の上に丹羽さんが僕の頭の側からのしかかる形になった。
「ぐえっ!」
全く抵抗できない!
どうなってるのこれ?!
「お兄ちゃん、弱々だね」
妹のあきれる声が聞こえた。
前田さんの笑っている声も聞こえる。
しばらく技をかけられていたが、
「はい、20秒経ったので、1本です」
丹羽さんが言うと、僕から離れて立ち上がった。
そして、雪乃に尋ねた。
「どうですか?」
「いいわね。今度やってみる」
雪乃は真剣な表情で答えた。
「おい、やめろ」
僕も何とか立ち上がった。
などとワイワイやっていると、柔道部顧問のちょっと厳つい体育教師に怒られたので、さっさとこの場を去ることにした。
僕らは急いで体育館を後にする。
しかし、僕はまだ1人足りないのに気が付いた。
「溝口さんは?」
「美術部を見たいっていったから、そこじゃない?」
妹が言った。
美術部か。そうすると美術教室だな。
じゃあ、様子を見に行くか。
僕ら一行は美術教室に向かった。
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