偶像一首

私と彼女の春夏秋冬
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花の色

公開日時: 2023年12月27日(水) 17:40
更新日時: 2023年12月30日(土) 17:35
文字数:3,116


 花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに

 

 百人一首の9番。世界三大美女の一人に数えられ、伝説の美女とも言われている小野小町おののこまちが書いたこの歌。

 小野小町は六歌仙ろっかせん──平安初期の六人の和歌の名人の一人でもある。和歌を知らなくても名前くらいなら聞いた事のある人も多いだろう。

 土地の美人の事を『○○小町』などと言うのも小野小町が所以ゆえんとされている。

 

 この句は現代でいうダブルミーニングを踏まえた句であり、『花の色はむなしく色せてしまった。長い雨の降り続く間に』という意味と『私の容姿は虚しく色褪せてしまった。恋や世間の事など物思いにふけっているうちに』という2つの意味が連なっている。

 

 このような2つの意味が連なる歌を詠めるところが六歌仙にまで選ばれる理由なのだろう。

 

 そして、私の推す彼女もまた天才だった。否、『天才だと思っていた』という表現のが正しいかもしれない……



 私が彼女を推し始めて半年が経った頃、彼女にはアイドル以外の仕事も徐々に入ってくるようになった。モデル業だ。有名な雑誌の表紙に選ばれるようにもなり、まさに彼女にとって大きな転機だっただろう。


 元からモデル業もやってはいたのだが、本格的に仕事が入ってきたのがこの春頃からだった。最初はアイドルもモデルも両立出来て彼女はやはりすごいと思っていたのだが、そんな私の考えもある時から徐々に変化していく。

 

 

 彼女の生誕ライブに参戦してから、すっかりライブハウスでのライブにハマった私は、定期ワンマンライブや、他のアイドルも出演する所謂いわゆる『対バン』と呼ばれるライブにも顔を出すようになっていた。

 

 その対バンライブで始めて他のアイドルグループを知ったが、彼女以上に輝いているアイドルの存在は感じられず、やはり私には彼女しかいないと確信した。

 

 他のアイドルグループの特典会の様子も(参加するつもりはないが、彼女達のライブが始まるまでの空き時間などで)見ていたが、どうやらアイドルグループごとに特典会のシステムが微妙に変わるらしい。チェキ券も彼女達のグループは1500円だが、どうやら2000円のグループのが多いようだ。トーク時間も彼女達のグループは1分だが、45秒のグループもあれば、30秒のグループもあるらしい。私の推しているアイドルグループの運営はとても良心的だと、やはり私の居場所はここだけだと、確信出来る材料の一つとなった。

 

 

 しかし、彼女がモデルとして忙しくなってくると、私にとって不都合が生じてくる。

 

「はぁ……今週のライブは休みか……」

 

 SNSでされた告知を見て、私は溜息を吐く。

 書かれていたSNSの詳細は以下のとおりだ。

 

 

~お知らせ~

 

下記のイベントについてですが

○○○○は急遽別現場の為、出演が不可となりました。

楽しみにしてくださっていた皆様には申し訳ございませんが

ご理解の程よろしくお願い致します。

 

 

「彼女が出ないなら行かなくていい……今週は家に居よう」

 

 

 そう、モデルの仕事の関係でアイドルとしてライブに出演するのが難しい場合が出て来てしまったのだ。

 

 私は彼女のアイドルとしての輝きに見惚れて、アイドルとしての彼女を推している。モデルとしての彼女には言い方は悪いが興味がない。

 

「次のライブは出てくれるといいな」

 

 

 そんな私の願いをんでくれた。という訳では勿論もちろんないが、私の願い通り、今回のライブは彼女も出演していた。

 

 今回も対バンライブだ。対バンライブの場合は開場時間や開演時間を守る必要はない。彼女達のグループの出演時間に間に合うようにライブハウスに到着すれば良いのだ。

 

「あっ、○○さん!お久しぶりっスね!」

 

 ライブハウスに到着すると、いつもの彼がドリンクを飲みながら話しかけてきた。まだ夏前、しかも今日はもう夜だというのに半袖短パン姿だ。しかも汗をかいているようで、首元にはタオルが掛けられている。

 

「どうしたんだい?随分と暑そうだけど?」

「ちょうどさっきまでやってたグループのライブがめちゃくちゃ盛り上がったんスよ!振りコピしたり、ツーステしたり、推しジャンしたり、コールしたりでもう動きまくってマジ疲れたっス」

「楽しそうで何よりだよ」

 

 私には彼女以外のアイドルの良さが分からない。しかし、人の楽しみ方を否定するつもりもない。私は私、彼は彼だ。


 彼の言っていた振りコピ、ツーステ、推しジャンなどについても一応説明しておこうか。


 振りコピとはアイドルの振り付けをコピーして一緒に踊る事、ツーステというのはツーステップの略で右足左足を交互に出すステップ(この表現で伝わるとは思えないが…)、推しジャンは推しが歌う時にジャンプをする事だ。詳細が気になる人は調べてみるといい。私もライブで推しジャンは良くやっている。

 

「○○さんが来たって事はそろそろあの子達の出番っスね。○○さんはまたあの子達だけ見て、帰っちゃうんスか?」

「特典会が終わるまでは待ってるよ」

「他のグループはやっぱ見ないんスね」

「うん。興味がないからね」

「そっか……しゃーないっスね」


 私が対バンライブに参戦し始めてすぐの頃からほんの数週間前まで彼は私に他のアイドルグループの魅力も伝えようと色々してくれていたようだが、全て無駄だった。私はそう簡単にはなびかない。


 今回はもう諦めたようだ。それがいい。暖簾のれんに腕押しということわざもある事だし、無駄な事はしないに限る。



 そして、彼女達のライブが始まった。


 いつも通りの楽しいライブ……ではあるのだが、何か違和感がある。何だろう。……考えたがこの時はまだよく分からなかった。


「……うーん。まぁ、気のせいだろう」

「ん?何か言ったっスか?」

「なんでもないよ」


 この時のライブでは気のせいだと判断したが、何度もライブを見ていく内に違和感の正体。その答えに辿り着いた。


 それは───笑顔だった。私が始めて彼女のライブを見た時のあの眩しい笑顔。それが……消えていた。


 否、消えてはいない。だが、心の底から笑っているようには見えない。作り物の笑顔のようだった。



 なんとなく、それとなく、彼女に疑問を投げかけてもみた。


「最近、ライブ楽しんでる?出会ったばかりの頃に比べて笑顔が少なくなってきたように感じるんだけど」

「…え~!気のせいだよ!ライブすっごく楽しいよ!○○さんのコールしてる声聞こえたり、推しジャンしてくれてるの見るとめちゃ元気出るし!ガチ恋口上もめっちゃ嬉しいんだよ!いつもありがとね!」


 ガチ恋口上。詳しく語りたい気持ちもあるが、話が逸れるのでここでは控えよう。まぁ、コールの一種だ。気になる人は調べてみてくれ。


「そっか。それならいいんだけど……無理はしないでね」

「うん!大丈夫だよ!それじゃ、またね~」


 私の最初の言葉の後、ほんの一瞬だが図星を指されたような表情をしたように見えた。その後、饒舌じょうぜつになり私の追及をこばむように私へ感謝の言葉を伝える彼女。やはり、何かあるのだろうか?



 もしかしてと思い、ライブの後にSNSでモデルの仕事をしている時の様子を再確認してみたが、そちらの笑顔のが私が好きだった笑顔に近い気もしていた。


 彼女はアイドルではなくモデルとして活動していきたいのではないか?


 もし、そうなのだとしても私はモデルとしての彼女ではなくアイドルとしての彼女が好きなのだ。この私の気持ちは変わらない。


 行き場のない悲しみが私の心を支配する。


 それからだろう。私の彼女へ対する不信感のようなものが徐々につのっていったのは……



 花の輝き 移りにけりな いたづらに 御身を知れば 良く知るほどに



 小野小町のような上手い句は詠めないが私のこの時の心情を詠むならばこうだろう。


 彼女を知れば知るほど彼女のアイドルとしての輝きが色褪せていくように感じていた。


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