本作品には盗撮をはじめとして、法律・条例に抵触する、または抵触する恐れのある行為の描写がありますが、本作品はフィクションであり、それらの行為を推奨するものではありません。絶対に真似をしないでください。
告白されただけで好きになってしまって、僕はなんて単純なやつなのだろう。
もしかしたらここでキスまでしちゃうのかな、って期待までしている。
だけど放課後の教室、二人きりの空間で「好き」と面と向かって言われたら、それだけで目の前の人が愛すべき運命の相手のようにさえ思えてきてしまうものだ。
誰かと付き合っているわけでも、片思いしているわけでもない。
フリーな僕は、もしかしたら自分の好きな人じゃなくて、自分を好きな人を求めていたのかもしれない。
そんなふうに思って、この身とこの心はすっかり彼女色に染められていた。
「僕も北島さんと付き合いたい。お願いします」
と答えたら、北島さんは満面の笑みを浮かべて両手を高く上げる。
北島さんってバンザイで喜ぶのか、と驚くのもつかの間、彼女の両手は僕ではない教室外の誰かに合図を送っていた。
すると教室の中に見知った顔の女子が次々と三人も入ってくる。
いつもクラスで北島さんと一緒にいる子たちだ。
そのうちの一人が高らかに、
「残念、告白ドッキリでした!」
と言った。
あ、嘘の告白だったんですね、と把握した僕の表情がさっと落胆と困惑に陰るのを見て、彼女たちは笑う。
「ごめんね! 罰ゲームで私がやらないといけなくなっちゃって。神代って優しいから許してくれるかな~って思ったんだよ。ごめんね、期待させちゃって」
みんなが遠慮なしに笑う中、僕に告白をした北島さんは手を合わせて謝る。
僕に同情して一応笑うのを堪えていて、だけど無事に罰ゲームを終えた楽しさとか安堵とかがにじみ出ていて、結局僕は置き去りにされた気分で。
それでも北島さんが彼女たちに混ざって遠慮なく笑うためには僕の言葉があった方がいいんだろうなと思った。
「大丈夫……大丈夫だから。罰ゲームとは災難だったね」
と僕は大してショックを受けていないふうに優しく苦笑した。
「ありがとう神代、本当に神だわ」
「凄く上手な演技だったよ。うっかり本気になっちゃいそうだった」
本気になっていたんだけどね、と心の底でつぶやく。
被害者じきじきの講評に彼女たちは盛り上がり、北島さんは三人からも褒められる。
なにかに負けての罰ゲームだったんだろうけど今はもはや北島さんが主役だ。
北島さんはこの場の誰よりも嬉しそうな笑顔をする。
その表情を見て僕は少しだけ幸せな気持ちになった。
嘘の告白だとわかったのに、うっかり好きになった気持ちの残り香が僕の胸にはあるみたいだった。
「じゃあ私たち帰るわ。神代のリアクションも最高だったよ」
女子四人組は僕に手を振って、賑やかに教室から出ていった。
一人になると急ごしらえの優しさの足場が崩れた。
涙が自然と流れ出す。
別にこんな罰ゲーム、こんな悪戯はよくある話だ。
どこの学校でも誰かが似たようなことをやっている。
いちいち泣くようなことじゃない。
心をもてあそばれた気になって過度に自分を被害者扱いするのはやめた方がいい。
そう冷静に考えるのだけど、冷静になってもやっぱりなんだか悲しい。
僕は自分の机に突っ伏して静かに泣いた。
泣くのを我慢できたのは偉いと自分を慰める。
もし北島さんたちの前で涙を一滴でも流したら四人は気まずくなってしまっただろう。
気をつかわせてしまうのは申し訳ない。それが悪戯の加害者だったとしても。
笑顔でいてくれた方が僕も落ち着くのだ。
こんな振る舞いをお人よしすぎると言う人もいるかもしれないけど、僕は全然お人よしなんかじゃない。
ただ目の前にいる人を笑顔にできたら、とても良いことをした気分になるだけなのだ。
とても良いことをして生きていると思いたいから、僕はこんな時だって相手の笑顔を欲している。
がらりと扉の引かれる音がして、誰かが教室に入ってきた。
僕は息を殺して、寝ているふうを装った。
教室に入ってきた誰かは椅子を教壇に運ぶ。
その音を僕は聞いている。
また椅子が音を立てて、誰かさんは椅子に乗ったのかなと僕は思った。
そこからの物音は不明瞭にがさごそとしていて、椅子の上でなにをやっているのか見当がつかない。
僕は不用意な音を立てないように気を張って耳を傾けていた。
そのうちにもっと流したかった涙のことを忘れる。
誰かさんは椅子から降りると、
「罰ゲームのドッキリだなんて、残念だったね」
と僕に話しかけてきた。
あの四人組とはまた別のクラスメイトの声だった。
写真部の水見瑛さん。
僕は顔を上げた。
ショートボブの髪型と膨らみのある胸とが色っぽくて印象深い女の子。
下心の権化にならないように胸に視線が行ってしまわないよう心がけると、目が綺麗な形をしていて、そこでまたドキッとさせられる。
「水見さん、さっきの見てたのか?」
「見てたし、撮ってた」
と水見さんは答えた。
水見さんの手元にはなにか小さな機械が握られていた。
彼女は僕の前の席に座ると、ケーブルで小さい機械とスマートフォンを接続する。
なにをしているのだろう、と聞くでもなく見守っていたら、水見さんは機械とつながったスマートフォンの画面を僕に見せる。
画面では動画が再生された。
それは黒板の上あたりから教室を見下ろして撮影されたものだった。
水見さんが動画のシーンをいくらか先送りすると、僕が北島さんに偽物の告白をされている場面が映った。
北島さんの告白を再び聞いてみると、緊張とはまた違ったぎこちなさを感じ取れた。
後から見ればクオリティーの低い演技だったのだ。
「これって盗撮?」
「そのとおり。盗撮だよ」
小さい機械は盗撮用のカメラであった。
機械を観察してみれば確かにカメラ部分と思わしき小さな穴がある。
椅子に乗ってなにかしていたのはこれを回収していたわけか。
動画からは四人の笑う声が聞こえる。
隠し撮りにしては聞き取りやすい音質だった。動画の画質にしてもそうだ。
「よく撮れてるね、こんな小さい機械で」
「スマホだって小さいのに高性能で色々と機能が付いているでしょう。そういう技術の進歩の恩恵を盗撮カメラも受けているんだよ」
「なるほどなあ」
年々スマホが高性能になる裏で、悪人たちの道具も高性能になっているわけだ。
やるせないけど、悪人だからこそ時代の波に取り残されるような下手はいないのだろう。
「でも、どうして水見さんは盗撮なんてしているんだ」
「趣味。私、他人がキスしているところを撮るのが好きなんだ」
少しばかりも冗談めかすことなく、水見さんは打ち明けた。
北島さんの告白よりもずっと真剣みがあった。
さっきの動画を見たばかりだったから水見さんのは演技ではないと確信を持てた。
盗撮カメラでなく、スマホに保存されている動画を水見さんは再生した。
動画は肝心なシーンだけを切り取ってあった。
そこは僕たちのいる教室とは別のクラスのようだった。
同じ制服姿だけど見知らぬ男子と女子が抱き合っているのが映っている。
男子は髪を染めているのか暗めの茶髪だった。
髪を染めるのは校則違反だけど黒に近い色で染めている生徒はいて、教師もそれを見逃しがちであった。
水見さんが言ったとおり、その男女はすぐに口づけを交わした。
「本当にキスシーンだ」
と僕は言った。水見さんは深くうなずいた。
「でもキスとかって人前であまりしないでしょ。みんな、人目につかないよう隠れてチューしているんだよ。だから私は盗撮する」
確かに、盗撮でもしないとなかなか撮れないものではある。
理屈はわかるけど、なにも盗撮までしなくたっていいんじゃないかとも思う。
「そんなに他人のキスが見たいの?」
「えっ、見たいでしょ?」
さも当然かのように水見さんは尋ねてくる。
「見たいか見たくないかで言えば、まあ、見たくはあるけど……。でも盗撮はあまり良くないことなんだから、なにはともあれ僕とか他人に気軽に話したらまずいんじゃないの」
「そうだけどさ。でもあんな悪戯、酷いじゃん。なんか告白がどうこうって話が耳に入ってきたからカメラを仕掛けたのにさ、それなのにあれなんだもん。私もがっかりしたけど、だけど一番の被害者の神代くんはどういう気持ちなんだろうって思ったら、なんだか私、許せない気持ちになってさ……」
水見さんは僕に同情して悲しそうな目をする。
盗撮をしている人が悪戯に酷いと言うのはちぐはぐな感じもあったけど、水見さんは自分の感情に対しては真面目な人なのであった。
「だから私は神代くんに、私の撮影した動画を見せてあげようって思ったの。北島さんじゃないけど、たぶん罰ゲームの言い出しっぺの後藤さんの動画ならあるんだ。キスだけじゃなくて、その先までやっちゃってる動画」
水見さんの口端が意地悪そうに上ずる。
その顔を見れば、キスの先というのがどこまでの行為を意味しているのが察せられた。
つまりは唇だけでなく体を交わらせているところを撮影できてしまったのだろう。
「どう、見たくない?」
「とても見たい」
と僕は答えてしまった。
知っている人の情事を見られるとなれば、どうしたって興味がわく。
モラルに反することとは思いつつも関心が勝った。
すると水見さんは僕を見て、舌なめずりをする。
どうやら僕は自分の表面的な優しさを剥がして欲望のドアを開放してしまっていたらしい、と気が付いた。
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