ふと思う。
狸の妖種は普段何をしているのだろうと。
少なくともボクの周りには狸の妖種はいなかったので何をしているのかがわからない。
さらに言えばアライグマの妖種と狸の妖種の区別もつかない。
「ま、丸山さんの家は、えっと、な、何を、しているん、ですか……」
緊張するボクはなんとか声を絞り出した。
黒奈に抱き着きながら。
「暮葉と初対面の人の会話は本当に面白いと思う」
「たしかにそうですね。私もみなもさんも結構古い付き合いですから、もう今の状態が普通になっていますね」
「ほんとね。でもあの時はもう少し人形っぽかったかな?」
「そ、その話は禁止で……」
黒奈たちは何やらとんでもないことを話し始めた。
恥ずかしいボクの過去話はやめてほしいです……。
「わ、私も、人見知りな方なので大丈夫です。えっと、実家は書店を経営しています。父は小説家で、母が経営者なんです」
どうやら丸山さんの家は文系のようだ。
丸山さん自体は丸眼鏡をしている典型的な文学少女感があるのでなんとなくしっくりくる。
「そ、そういう暮葉さんのおうちは何をしているんですか?」
「え、えっと。な、何業、なんだろう」
ボクの家の業種は何だろう?
芸能プロダクションみたいなこともやっているし領主みたいなこともやっている。
神社の運営もしているし……。
「暮葉の実家はどっちかというと自治区管理がメインじゃないか? 夕霧家の管理地区っていえばわかるだろう」
「あっ! そういえば、夕霧って言ってましたね!」
「あ、う、うん。そ、そう、です……」
思ったよりも丸山さんはぐいぐい来るタイプのようだ。
もしかしたら人見知りでもなれるのが案外早いタイプなのかもしれない。
「やっぱりこの暮葉面白い」
「笑ったらだめだよ? 黒奈」
「笑わない笑わない。嫌われたらこま……に゛ゃ!?」
「くーろーなー」
「あ、あひぃ……。く、暮葉。おしりを強く握っちゃだめ……」
本来なら尻尾を思いっきり握ってあげるところだが、今は尻尾がないので代わりに尻肉を思いっきりつかんでひねってあげた。
ぴくぴく動く黒奈を見て、少し溜飲が下がる。
「次は許さないから」
「ひゃ、ひゃい……」
黒奈の耳元でそう囁くと、ボクはお仕置きを中止した。
「な、なんだか、黒奈さんがすごい表情してましたけど……」
「おう、気にするな。猫助が調子に乗っただけだ」
「やめとけばいいのにね~」
どうやら丸山さん以外のみんなはボクが何をしたのか理解したようだ。
後ろの方で四つん這いになっておしりを突き出しながら「お、お尻ちぎれてないか見て……」といって雫ちゃんにお尻を見てもらっている黒奈がいた。
でも雫ちゃんもなかなか意地悪で黒奈に対し「残念ながら黒奈のお尻は真っ二つに割れています」とまじめに返し、黒奈は「が~ん」と言って自分のお尻を確認しようとごろごろ転がりながらあがいているのが見えた。
なんのコントだろう。
「暮葉暮葉。お尻が二つに割れたって。責任取って直して」
何を思ったのか黒奈はボクにお尻を向けながらそんなことを言い始めた。
直せって言ったって、それがもともとの形なんだけどなぁ。
黒奈はこんな風に時々おバカになる。
「鈴、黒奈のお尻直すから、接着剤持ってきて。強力なやつ」
「おうよ」
これで割れてしまった黒奈のお尻も元通りに戻ることだろう。
ぴったりくっつけてあげるからね。
「あ、えっと、黒井さん? お尻は元々二つに割れてるから……」
「そうなの!?」
見かねた丸山さんが黒奈にバラしてしまった。
残念、もう少し遊べると思ったんだけどなぁ。
「でも、皆さん仲良くて面白いです。暮葉さんにも慣れてもらえるといいなぁ……」
丸山さんがボクを見てそう零した。
「あ、は、はい。そ、そう、です、ね」
なんでボクはこんなに緊張しなきゃいけないんだろう。
昔からそうなんだよね。
年下の小学生くらいだったらそんなこともないのに、中学生以上だとなんだかすごく緊張してしまう。
「なぁ暮葉」
「なに?」
「やっぱりまだ人が怖いか?」
「あ、うん。やっぱり、慣れない、かな」
酒呑童子の問いかけにそう答えるボク。
実のところ、弥生姉様も結構人見知りをするんだけど、それを知る人はあまりいなかったりする。
弥生姉様は見た感じすごくフレンドリーで取っつき易い印象があるからね。
この前杏ちゃんが教えてくれたことだけど、二人きりで出かけると大体袖口を掴んでくるそうだ。
妖狐族ってほかに比べて人見知りしやすい種族なんだろうか?
「まぁじっくりゆっくり付き合ってやってくれ。そうすれば慣れて普通に話せるようになるからな」
「あ、はい。わかりました」
丸山さんには申し訳ないけど、ゆっくり付き合ってほしい。
「では、私は少しトイレに行ってきますね」
「い、いって、らっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
丸山さんはトイレのため一時離脱した。
「う~ん。暮葉の人見知りを直す訓練しなきゃなぁ。ほかの場所行ったときに困るだろ?」
「う、うん」
酒呑童子の言うことにも一理ある。
実を言うと、ボクはこんな感じなので同じクラスでも話せる人はほとんどいない。
根気良く付き合ってくれる優しいクラスメイトばかりなんだけどね。
「実際どういう風になって緊張しちゃうんだ?」
ふと酒呑童子がそんなことを聞いてきた。
どんな風って言ってもなぁ。
「う~ん。知らない人とかくるでしょ?話すことが飛んじゃって頭がいっぱいになるでしょ?そうすると混乱するっていうか……」
「なかなか重症だなぁ。でも妖精郷の幼稚園とかは大丈夫なんだろ?」
「うん。小さい子かわいいよね」
「中央管理世界に行ったときはどうだったんだ?」
「うんと、あの時は大丈夫だった。妖狐の姿だったからかな?」
実際ボクにとってもよくわからないのだ。
とにかくわかることは、妖狐の姿の時はあまり緊張しなくて済むけど、人間の姿の時はおかしいほど緊張してしまう。
これって何が原因なんだろ。
「もしかしてだけどよ。人間の時はひ弱だから自信がなくなっちゃうんじゃないか?」
「そ、そうかなぁ」
酒呑童子の言わんとしていることはわからなくはない。
人間の世界にいる時のボクは、外ではほとんど誰とも話すことはないし関わることもない。
酒呑童子たちがいるときはいつも一緒にいるから困ることもないし。
あ、でも、人間の時はなんか心細い感じはあるかも……。
「う~ん。これは要訓練だな」
どうやらボクの問題は根深そうだ。
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