時は流れ、気が付けばもう二月も半ば付近になっていた。
そういえばもうすぐバレンタインか。
「う~ん。今年も何か用意しようかな。とりあえず兄様と姉様たち、お母様たちと御津、あとはスサノオ兄様たちが先かな」
バレンタインは一見無関係とも思える妖精郷にもその影響を与えていた。
といっても、好きな異性にプレゼントするというよりもお世話になった人や友達にプレゼントするという意味合いのほうが強い。
それでも、ある程度仲が良くないともらうことはできないんだけどね。
「暮葉きたよ」
厨房の入り口から御津が入ってきた。
「いらっしゃーい。今日はバレンタインの準備だよ」
「うん。でも作ったことない」
「まぁ御津はこういうイベントは興味ないもんね」
「ん~。わたしはない。暮葉はあるの?」
「家族や友達に渡すくらいしかしたことないからなぁ」
御津は普段ぼんやりしていることもあってイベントごとには積極的に参加したことはない。
ボクが誘ったり、葛葉お母様が誘ったりしてやっと参加するくらいだろうか。
まぁそんなボクもイベントごとには積極的じゃないから人のことは言えないんだけどね。
「でも、暮葉からはよく貰ってる。あのおいしいやつ」
「そりゃあ御津のためだもん。ちゃんとやるよ。そういえば御津はなんで今日参加しようと思ったの?」
ボクがそう問いかけると、御津は少し俯いてから恥ずかしそうに言った。
「暮葉に、作ってみたかったから。あとついでにお母様たちにも」
「御津!!」
「わ、暮葉。苦しい」
「あぁ、ごめんごめん」
嬉しさのあまり、つい御津を抱きしめてしまった。
「だ、大丈夫。それより、やろ?」
「うん、そうだね」
こうしてボクたちはバレンタインの贈り物作りを始めた。
「砕く、湯煎、溶かす、かき混ぜる」
少しずつ少しずつ作業を行っていく。
トッピング類は後にして、まずは食べられるものができることを優先する。
「ふぅ。難しい。マスク少し苦しい」
御津は少し不満気だ。
「仕方ないよ。つばとか飛ばすわけにはいかないし、髪の毛落とすのも嫌だし。しっかり防備を固めて安全に作業しなきゃ」
「手袋大きい」
「素手だとやけどしたりするしね。最近手作りチョコで食中毒とかあったらしいからなおさら注意しないと」
最近見たニュースでそんなことを言っていたのを思い出した。
それもあってか、厨房に入る前に常駐の衛生管理士さんから注意するように言われていた。
「それは困る。衛生問題重大」
「だよねだよね」
甘ったるい匂いが漂う厨房で、ボクたちは一生懸命チョコを溶かした。
それからしばらく後、ボクたちはすべてのチョコを溶かし器に移し終えた。
「大変。すごく疲れた」
「あはは、お疲れ様」
「がんばった。お父様が見たらきっと指さして笑う」
「そうなの? ボクは会ったことないからわからないけど」
「うん、そういう人。お茶目でいたずら好き。わたしが、転生する前はそうだった」
「ふ~ん」
話しながらもチョコにトッピングをしていく。ナッツやドライフルーツ、それからオーツ麦とかそんなものを混ぜ込んだりする。
うまく固まるか不安になるけど、やるだけやって失敗したら自分で食べようと思った。
ふと御津の顔を見る。なんだか少し嬉しそうな顔をしていた。
「なんかうらやましいな。ボクは知らないことが多いよ」
「そう? でも、私は、暮葉と出会えたから、生まれ変わって、よかった」
一言一言区切りながら、噛みしめるように御津はそう言った。
きっと本心なんだろう。
「ボクも、御津に会えてうれしいよ」
どんな理由があれど、御津はボクのそばにいる。これはとても大事なことだ。
「うん。葛葉お母様に、感謝」
御津と葛葉お母様は前世では兄妹のような関係だったそうだ。
聞けばボクの知らないことを教えてくれるかもしれないけど、聞くと損した気分になるかもしれない。
前世は前世、今世は今世だ。
そうこうしてしばらく後、冷蔵庫を開けてみるとチョコは固まっていた。
「わ、すごい」
「しっかり固まるもんだね。でもちょっと汚いか」
さすがに市販品のようなきれいな感じにはならなかった。
少し白っぽかったり具がはみ出していたり、型から斜めに突き出していたりと散々な状態だった。
「う~ん、反省。でもまぁ嫌がられなければこれはこれでありか。はい、御津。食べてみて」
「うん。あ~ん」
「はい、あ~ん」
出来上がった一粒を御津の口に入れる。
「冷たくておいしい。ちょっと分離したのもあるけど、これはこれでいい」
「だよね~。でもあげるのは分離してないきれいなやつにしようね。あと何回かやってきれいなのを量産しようか」
失敗は失敗。次頑張ろう。
「もうチョコないよ?」
「さっき頼んでおいたから大丈夫。業務用冷蔵庫はまだあるし、出来上がったら突っ込んじゃおう」
「うん」
こうして失敗したチョコレートたちを食べたりしながら、ボクと御津は届いたチョコを元にして新しいチョコを作っていった。
「バレンタイン大変」
「だよね~。普通の友達に渡す量産型チョコは買っておいたし、これで学校でも問題なく渡せるかな」
「さっき持ってたまるいやつ?」
「そうそう。中にピーナッツが入ってるやつとかコーヒー豆が入ってるやつがあるんだよね。どれもおいしいよ」
「楽しみ」
ボクたちがそんな話をしていると、コンコンと厨房の扉がノックされた。
「どうぞー」
「失礼いたします。お嬢様たち、酒呑童子様がお見えです」
「んん? 何か用事あったっけ?」
「ない」
「だよね~」
ボクと御津が顔を見合わせながらそう話していると、扉の外から声が聞こえた。
「んだよつれねーなー。よう、来たぜ」
厨房に入ってきた酒呑童子の手からは、謎の紙袋がぶら下がっていた。
「酒呑童子、それなに?」
「あぁこれか? お前らに渡そうと思ってチョコ作ってきたんだぜ」
「えぇ!?」
「酒呑童子、病気?」
「失敬な!?」
ボクと御津の言葉に、軽くショックを受けたようだ。
でも、このガサツな鬼がチョコを作るとは思えなかったんだもん。
「俺だってやればできんだよ。まぁ今日はお試し分しか持ってきてないけどよ、明日にはちゃんとしたもん渡してやっから」
そう言って酒呑童子は紙袋の中身を取り出した。
そこにあったのはボクたちのとは違ってきれいな形をしたこげ茶色の塊。
いや、よそう。
普通においしそうなチョコだった。
「酒呑童子のくせに!?」
「これは、熊ちゃんとかの、介入があったはず」
「ねーって! そもそも熊たちは別に作ってんだからよ。まぁ茨木のやつも作ってるみたいだけどな」
弁明をする酒呑童子の口からは思わぬ言葉が聞けた。
どうやら今回はみんなが参加するらしいのだ。
つまり、茨木童子と星熊童子、金熊童子がチョコづくりをするということだ。
あ、ちなみに熊ちゃんこと熊童子は女の子っぽいことはなんでも得意というちょっと変わった子なので、料理が得意だったりする。
それと、御津は熊童子のことを熊ちゃんと呼んでいる。
「あーもー! ほれ、食え!」
顔を真っ赤にした酒呑童子がボクたちにチョコを押し付けた。
仕方ないので食べてみることにする。
さてと、お味は?
「んまっ」
「味覚をいじられた?」
「んなわけあるかっ! 俺は結構料理得意なんだぞ? 特に暮葉、お前は見てるはずだよな!?」
「そだっけ?」
とんと記憶にない。
「まじかよ」
「まじまじ」
「ねーわ」
「じゃあ今日何か作ってよ」
「だからチョコ作ってきただろ?」
「これじゃなくて、家庭料理的な」
「あん? んじゃ肉じゃがでいいか? あれなら多少時間はかかるけど面倒が少ないからよ」
「結構手順多くない?」
「もっと面倒なやつもあんだよ」
酒呑童子が肉じゃがを作る。
あの俺口調で、ガサツで、時々パンツを穿き忘れる鬼が肉じゃがを作る。
こんなに面白いことはあるだろうか。
「ぜひお願い」
「します」
「なんなんだお前ら。まぁいいけどよ。んじゃちょっくら借りるぜ」
こうしてチョコづくりは一旦終わり、今度は酒呑童子の肉じゃが料理ショーが始まったのだった。
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