七代目竹名組を刺激することなく、斉藤たちにリストを金に変える算段がついたとも考えられる。もしくは直樹の父親と同様に、若菜とリストを手に入れて七代目竹名組に恩を売るつもりなのか。
「……斉藤ですか?」
「どうでしょう。斉藤が再び手を出してくるとは思えないですね。そもそもあの男は荒事が専門です。こういった金の話に、奴が好んで首を突っ込んでくるとも思えません」
斉藤の関与に関して片山も懐疑的だった。言葉を濁して再び沈黙した後、片山は再び口を開いた。
「いずれにしても、情報が少なすぎますね。狂走会の誰かをさらって、話を聞く他にないかもしれません。普通に考えれば、さらったのは狂走会の連中って考えるのが妥当でしょうから」
確かに、それしか方法はないかもしれない。だがそれには懸念もあるはずだった。
「そんなことをして大丈夫なんですか。七代目竹名組に目をつけられるのでは?」
「まあ、うちの組がかかわっていると、分からないようにやるしかないですよね。こっちの背後が分からないように別件でさらって、その流れの中で聞くように仕向けるといったところですかね」
そんなに事が上手く運ぶのだろうかと直樹は思う。しかし、今の直樹には他に選択肢があるはずもない。
先程、片山にこれ以上の迷惑はかけないと言ったばかりだったが、やはり片山以外に頼る術はなかった。
「片山さん、何から何まで申し訳ないです。よろしくお願いします」
直樹は最後にそう言って、電話を切ったのだった。
片山との電話を切った後、直樹は熱いシャワーを浴びた。胸の内には焦燥感しかなかったが、一方で自分ができることは一つもないことも分かっていた。
片山とも話したことだが、若菜が蒲田・川崎狂走会の連中にさらわれた可能性は高い。とすると若菜の弟、狂走会のリーダーである武を締め上げるのが手っ取り早いのかもしれない。
仮に武を締め上げたとする。片山にも言ったことだが、それはその上にいる七代目竹名組に真正面から喧嘩を売ることに繋がる。
それは片山としては避けたいところだろう。そう考えると、さらわれた若菜の身を探すことも八方塞がりに近いのかもしれない。
現状、自分は片山がいなければ何もできない。その事実を改めて突きつけられて、直樹はシャワーを頭から浴びながら大きく溜息をつく。喉の奥が焼けつくように渇いていた。
胸の内は焦燥感で支配されている。シャワーの温度を高めに設定したはずなのだが、その熱さを感じる余裕もない。
浴室を出た瞬間、スマホの着信音が鋭く響いた。画面には片山の文字がある。
若菜の居場所が分かったのか。一瞬、心が躍ったが、直樹はすぐにそれを否定した。さすがに若菜の居場所が分かるのは早すぎる。
では一体、何の連絡なのだろうか。そんな疑問を抱きながら直樹はスマホを手にした。
「あの女の弟だという狂走会のリーダーが、私のところに来ましてね」
電話の向こうで片山がそう前置きをした。武のことで間違いない。何か言おうとした直樹だったが、片山が言葉を続けた。それはいつもよりさらに低く、底冷えするかのような声に聞こえた。
「直樹さん、狂走会のリーダーがあの女の弟だと知っていましたね?」
何と答えればいいのか咄嗟には分からず、直樹は一瞬だけ押し黙ってしまう。
「すみません。隠すつもりはなかったんです。悪気はなかった」
悪気がなかったのは本心だと直樹は思う。そこに片山を騙すといった意図はなかったのだから。直樹は言葉を続けた。
「言い出す機会がなくて……いや、違いますかね。話を今以上に混乱させたくなかったということですかね」
今度は片山が押し黙る番だった。
「情報はこの世界では大事なんですよ。私がそれを知らなかったせいで、状況がさらに複雑なものになっていたかもしれない。簡単に表の世界にいる直樹さんが、判断していいことじゃない」
「はい。申し訳ないです」
「まあ、いいでしょう。それで私と直樹さんの関係が崩れるわけじゃない」
片山の口調は通常でも感情を感じられるものではないのだが、この時は特にそう感じられた。肩口から冷たいものが這い上がる感覚があった。
「武という弟の話ではあの女をさらったこと。狂走会全体では関与してないとのことです」
全体では関与していない?
どういう意味なのかと直樹は思う。ならば若菜をさらったのは誰なのか。それに関与もしていないのに、弟の武が片山の前に現れた理由も分からない。続けて片山が語った内容は、直樹にとって予想外のものだった。
「どうも狂走会の中で、勝手に動いた奴がいるようですね」
詳しくは直接会った時に。片山はそう言って電話を切ったのだった。
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