「少しだけ考えさせてもらっていいですか、片山さん?」
これでは答えを言っているのと同じだと思いながら、直樹はそう言った。だが、暴力団が絡むようなトラブルとはいえ、片山に迷惑をかけたくないと思っているのは本当だった。
いや、違うのかと直樹は思い直す。片山に迷惑をかけたくないということに嘘はない。だが、それ以上に父親である田上巌の力を借りたくないのだ。
しかし一方で、ここまで大きい話だと考えるまでもなくて、結局は片山に頼る他にないだろうとの思いもあった。それらを考えながら直樹は少しだけ溜息をついた。
「こいつはかなり厄介な話です。関わっているのなら、その対処は早い方がいい」
片山の言葉に直樹は軽く頷いた。
「分かっていますよ。ただ俺も初めて聞く話が多い。確認したい部分もあるし、話はそれからで。心配をかけて申し訳ないです」
直樹はそう言って片山に軽く頭を下げた。
「……分かりました。早めに連絡をお願いします」
片山も直樹からこれ以上の言葉を引き出せないと思ったのだろう。
そう言って同意を示した片山に直樹は再び頭を下げたのだった。
それから二つ、三つ、片山と他愛もない話をして、直樹は片山と連れ立って店内を後にした。店を出て数メートルも歩かない内に片山の足が急に止まった。
直樹は訝しげに片山を見る。片山は険しい顔で視線を一点に固定していた。直樹が視線の先を追うと、そこには二人の男がいた。
一人は三十代半ばのいかにも暴力団といった趣きの男。そして横には二十代前半に見えるホストのような男がいる。
二人の男は一瞬だけ片山を睨みつけるような素振りを見せた後、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。片山がそんな男たちに向かって口を開いた。
「斉藤、久しぶりだな。何でお前が自分たちのシマでもない六本木にいる?」
「あ? 随分なご挨拶だな。若狭組の若頭さんは。別に揉め事を起こそうっていうわけじゃねえんだ。なら、俺がどこを歩こうが関係ねえだろう?」
片山は少しの間だけ斉藤と呼んだ男を睨みつける。そして肩を竦めてみせた。
「そりゃそうだな。何、揉め事を起こさなけりゃ、俺は何も言わねえよ」
片山の言葉に斉藤は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ここの近くで、うちの幹部の兄弟分がガキを飼っていてな。その変態さんの兄弟分に届けもんだ」
届け物。どうせロクなものじゃないのだろうと直樹は思う。
「あ? まさか六本木で妙な商売をしてるんじゃねえだろうな?」
「は? 知るか馬鹿。俺はシノギでクスリは扱わねえんだよ。上から命じられた純粋なガキのお使いだ」
「……まあ、いい。用が済んだら早く帰るんだな。知ってるか? 六本木にもお前を殺したい奴がたくさんいるんだぜ?」
片山の言葉に斉藤はにやりと笑ってみせた。
「上等だよ。来るなら来てみろ」
鼻で笑って踵を返そうとした斉藤の動きが急に止まった。
「そう言えば、大阪で女が竹名組系の組から金をパクったらしいな。若狭組にもお達しが来ているだろう? うちの組も一応は竹名組の友好団体だからな。竹名組からお達しがきていたぜ。今、蒲田・川崎狂走会の連中が血眼になって探しているって話だ」
斉藤がその顔にニヤリとといった嫌な笑顔を浮かべてみせた。
……蒲田・川崎狂走会。
いわゆる半グレと呼ばれる組織だった。近年、何かと社会的なトラブルを起こしていてメディアでも頻繁にその名を耳にする。
元々は東京都大田区の蒲田地区と神奈川県の川崎市に端を発している暴走族らしい。そこのOB連中がOB同士で上下関係のゆるやかな共同体を作って、実質的には暴対法で絡め取られて身動きができない暴力団の下部組織として動いている。
オレオレ詐欺のような特殊詐欺からクスリの売買、売春や強盗の類いの元締めまでと担う範囲は広く、加えてその狂暴さと集金力は近年、暴力団を凌ぐとも言われていた。
そして、蒲田・川崎狂走会が現在拠点としているのは六本木で、その背後にいるのは関西の竹名組というのがもっぱらの噂だった。となると、昨日の連中も蒲田・川崎狂走会の人間ということか。
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