「どうやら、単なる偶然のようですね。こいつは偶然、竹名組からリストとUSBの存在を知った。そして、それを中国マフィアの連中に売ろうとしていたようです」
中国マフィア。ここにきて、また厄介な名前が出てきたと直樹は思う。日本には中国の地域ごとに、いくつかのグループが存在しているのを聞いたことがある。
「中国マフィアも東南アジアや、南米の勢力に押されてますからね。奴らも日本では、昔のような勢いはなくなってきた。ただそうは言っても、まだまだ新宿や横浜では影響力がありますからね」
片山はそう言うと隣の武に顔を向けた。
「お前らが関わるとしたら、中国マフィアのどのグループだ?」
その言葉に、武は少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。
「普通に考えれば、残留邦人二世の連中だろうな。こいつ、豊は俺らの中でも一番の下っ端だ。そんな豊に、中国マフィアと直接の繋がりがあるとは思えねえ」
残留邦人二世。一時期、よく耳にした言葉だった。彼らが作った暴走族が、半グレ組織の元になったのは有名な話だ。
「なるほどな。そいつらなら中国マフィアとも繋がりがあるし、リストも売れるかもしれないってわけか」
「まあ、そんなところだろうな。豊が考えそうなことだ」
武は頷きながら軽く肩をすくめた。
「で、この馬鹿はどうする? お前が連れて帰るのか? 別に止めやしねえぞ」
その言葉に武は明らかな苦渋の色を顔に浮かべた。
「ま、そいつはできないよな。こいつを連れて帰れば、お前とあの女が姉弟だってことがばれちまう」
「片山さん……」
直樹が口を開くと、すぐに片山が片手で制した。
「小僧、この借りはかなり高くつくぞ? ヤクザに二度目の頼みごとをするんだからな」
片山はスマホを取り出すと二言、三言の短い言葉を発した。やがてスマホから耳を離した片山を見て、直樹は口を開いた。
「片山さん、なるべく穏便にお願いします。武のおかげで若菜を見つけられたんですから」
「どうでしょうね。こいつが七代目竹名組や仲間に知られたくなかった。ただそれだけなんでしょうけどね」
片山の言い分には容赦がなかった。
「それに私はヤクザなんですよ? ヤクザに頼むってのは、そういうもんでしょう。あの女を探すことも、この男の始末もね。私だってこの一件では、ヤバい橋を渡っている。今のところはこいつだけで済んでいますけどね」
片山はそう言って、小指に包帯が巻かれている左手を直樹の前に翳した。直樹は喉の奥が罪悪感からひりつくのを感じながら、片山の包帯を見つめた。何も言葉が出なかった。そんな直樹を見て片山が静かに頭を下げた。
「すみません。少し言いすぎましたね」
片山は頭を下げていたものの、片山のどこにも非はないのだと直樹は思った。これはあちら側の世界の話なのだ。直樹自身は生まれという特殊な事情で、あちら側の世界に片足を踏み入れることが確かにできる。
しかし、それは足を踏み入れることができるということだけで、直樹があちらの世界の住人だということではない。こちら側の人間が、あちら側の理屈に難を唱えるのはやはり間違っているのだろう。
「いえ、俺の方こそ余計な口出しをしました。すみません」
「直樹さんの気持ちも分かります。ですから、直樹さんの顔を立てて忖度はします。でも、ただそれだけの話です」
片山はそう言った。片山の隣にいる武の顔を見たが、無表情でそこからは何も窺えなかった。
さっきまで口をぱくぱく動かしていた豊は、もう虫の息となっていた。血が混じった泡のようなものを吐き出しながら、いびきのような音を立て始めている。
やがて片山が呼んだ者たちが現れた。きっと背後からついて来ていたレクサスに乗っていた者たちなのだろう。
豊のぐったりとした体は、無言の男たちに引きずられるようにして運ばれていった。
既に半死半生なのだ。豊がこのあと、どうなるかは分からない。ただ、二度と陽の当たる場所には戻れないだろう。
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