「てめえ、ぶち殺すぞ!」
吠える男をリーダー格らしき男が押しとどめる。
「豊、止めろ」
その一言で豊と呼ばれた短髪の男は大人しくなってしまう。
蒲田・川崎狂走会。このOB連中が世代を越えたゆるやかな共同体を作っている。それがニュースなどで彼らの特徴としてよく取りざたされていたが、実際はもっと上下関係の統制がとれているようだった。
そんな直樹の印象をよそにリーダー格らしき男は更に言葉を続けた。
「今、金坂さんが上に指示を仰いでいる。その指示待ちだ。そいつがあるまで、女には手を出すな」
「指示待ちって……金坂さんだけじゃ判断できないってことですか?」
「この女が金を奪ったことで、大阪でかなり上の連中が動いているみたいだ」
リーダー格らしき男の言葉を受けて豊と呼ばれた男は若菜に視線を向けた。
「てめえ、一体、何をやったんだ? 金の話だけじゃねえのか?」
若菜は口を真一文字に結ぶようにして豊からの問いには一言も答えない。次いで豊は直樹に視線を向けた。
「木下さん、男の方には何をしてもいいんですよね?」
どうやらリーダー格らしき男の名は木下というらしかった。
「まあな。金を絞れるだけ絞るしかねえだろうな」
木下の言葉に直樹は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「どこに連れて行くつもりだ?」
少しだけ声が掠れていたかもしれない。そんな直樹に豊が剣呑な雰囲気のままで尖った視線を向けた。
「お前の知ったことじゃない」
続いて木下も口を開く。
「余計な口をきくな。痛い目には会いたくないだろう? 俺たちだって余計な手間はかけたくない」
木下の言葉に直樹は無言で頷く。いずれにしてもこいつらの根城が六本木である以上、連れて行かれる場所は六本木と考えてよいのだろう。
そしてあの時のヤクザ、斉藤の言葉を信じるのであれば、自分が攫われた話は斉藤を通して片山の耳に入るかもしれない。淡い期待でしかないのだが、そうなれば片山が何かしらの手を打ってくれる可能性もある。
もっとも相手は七代目竹名組だ。片山と会った時に言われたことだが、やはり片山だけで手に負える相手ではない。しかし、それでも片山であれば何とかしてくれようとするだろう。
それに期待をしつつ、こちらはこちらで逃げ出す機会を窺うしかない。それが直樹の腹積もりだった。
一方で当事者である若菜はともかく、自分は一億円を奪った件には関与していない。となれば関係ない自分は、この最初の時点で何をされるか分からないといった不安もある。
まさかいきなり殺されはしないだろうとは思うのだが。
いずれにしても、向かっている先は彼らが根城にしている六本木で間違いはない。六本木であれば、片山たちの根城でもある。
となれば、蒲田・川崎狂走会の連中が拠点としている場所を片山ならば情報として持っているかもしれない。
拉致されて状況は最悪に近かったが、前向きに考えられる要素が全くないわけでもなかった。いずれにしても、今ここで騒いだところで状況が変わることがないのは間違いないのだ。
直樹はそう思って腹をくくる。そして、そのまま瞳を閉じた。幸いなことに若菜が大人しくしてくれているのも有り難かった。そういう意味でもやはり若菜もある意味で腹が座っているということなのだろう。もっともそれぐらいでなければ、暴力団の連中から一億円を奪おうなどと考えないのかもしれない。
結束バンドで後ろ手に両手を縛られたままで瞳を閉じた直樹に声がかかる。直樹が瞳を開けると、リーダー格らしい木下が少しだけ訝しげな顔をしている。
「随分と落ち着いているな。お前……ヤクザ者や半グレには見えないが……」
そんな木下に直樹は苦笑を浮かべた。
「俺が泣き叫んだからって、許してくれるわけじゃないだろう?」
「そりゃそうだが……金を奪ったのはそこの女だろう? それともお前の指示でその女が金を奪ったのか?」
「さあ、どうだったかな」
その直樹の言葉に木下の目が細まった。次いで直樹の眼前にナイフが突き出された。
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