寂寥なき街の王

~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~
yaasan y
yaasan

焦燥感

公開日時: 2025年3月11日(火) 09:31
更新日時: 2025年3月12日(水) 07:54
文字数:1,653

片山かたやまさん、若菜わかなが連れ去られた」

 

「……おそらく狂走会きょうそうかいでしょうね」

 

 沈黙の後、片山が言う。どうやら片山も直樹なおきと同じ意見のようだった。

 

 なぜ自分たちの居場所が知られたのか、見当がつかない。だが、このタイミングで若菜を連れ去った者は誰なのか。真っ先に思いつくのは、片山と同じで蒲田・川崎狂走会ということになる。

 

「念のため、直樹さんも身を隠した方がいい。直樹さんが帰ってくるのをどこかで見張っている可能性もある」

 

「そいつはどうでしょう。俺をさらったって、金やリストが出てくるわけじゃない」

 

 直樹にとってこれは当然の反論だった。自分を捕まえたところで、若菜を追っている連中に益があるとも思えなかった。

 

「あの女を脅す道具にはなるんじゃないですか?」

 

 そうは言われたものの、自分を盾にして若菜を脅しても彼女が従うとは到底思えない。でも片山が言ったように、他者がそう考える可能性は確かにあった。

 

「それに直樹さん自身も、あれだけの大立ち回りをしたんだ。狂走会の連中に恨まれている部分だってあるでしょう。奴らには、それだけでも直樹さんをさらう価値がある」

 

 これも片山の言う通りなのかもしれない。蒲田・川崎狂走会の連中が若菜だけではなくて直樹自身も、その恨みから標的にしている可能性はあった。

 

 もっと言えば若菜の身を欲しているのは七代目竹名組であり、直樹の身は蒲田・川崎狂走会が狙っているということになる。

 

 若菜を助けたあの時から、懸命に抗ってきた。しかし、それに反して直樹たちの立場は、ますます厄介な方向へ転がっていくばかりのようだ。足掻く自分を見て、まるで運命が嘲笑しているような気さえする。

 

「分かりました。俺は部屋を出て、渋谷か恵比寿のビジネスホテルに向かいます。片山さんに頼めた義理ではないのですが、若菜の行方をお願いします」

 

 今の直樹にはこう言うより他になかった。迷惑をかけたくないと思いつつも結局、自分が頼れるのは片山だけなのだ。

 

「大丈夫です。大阪に身柄が渡っていない限りは、まだ何とかなりますよ。連中が出入りする場所に、人をすぐに向かわせます」

 

 片山の淡々とした口調が直樹を少しだけ落ち着かせていく。

 

「すみません、何から何まで……」

 

「まだ打つ手はあります。謝罪はあの女を見つけた時にお願いするとしましょう」

 

 片山はそれだけを言い残して電話を切った。

 直樹は深く息を吐いた。そして改めて荒れ果てた室内を見渡した。

 

 若菜のことが心配なのは当然だ。だが、今の直樹にできることは何もない。ただ、片山に頼るしかなかった。直樹は改めてそう思うのだった。

 

 

 

 

 渋谷のビジネスホテル。その狭い部屋に足を踏み入れると、エアコンの風が頬を撫でてきた。直樹は何かを考える前にベッドに身を投げ出した。

 

 喉が渇いていることに気づいたが、何を飲みたいのか分からない。分かるのは、身を焦がすかのような焦燥感があることだけだった。

 

 片山から連絡があったのは、それからすぐだった。

 

「直樹さん……」

 

 電話に出ると、片山は最初にそう言った。

 

「どうも妙ですね。狂走会の連中に、あの女を捕まえた形跡がありません。追っていた女ですからね。捕まえていれば、もっと浮かれて派手に動いていてもいいはず」

 

「他の誰かが……ということですか?」

 

 その言葉に片山はひと呼吸を置いた。

 

「確証はありません。判断の難しいところでもあります」

 

 片山はそう言い、電話の向こうで考え込むように黙った。

 

 若菜をさらったのが蒲田・川崎狂走会ではないとすると……。

 

 若菜の存在を知っている者は限られている。蒲田・川崎狂走会ではないとすれば、その上位団体である七代目竹名たけな組もまた違うということなのか。

 

 だとすれば他に若菜の存在を知っている者は、自分の父親がいる三代目若狭わかさ組。だが、そうであれば、さすがに片山がそれを知らないはずがない。

 

 残るのは新宿を拠点としている関東黄龍会の斉藤さいとうだ。しかし、あの時の斉藤たちの様子を見る限りでは、再びこの一件に首を突っ込んでくるとは思えない。それとも、直樹たちが知らないところで、状況が大きく変わったのか。

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