詳しくは会った時に。
片山が最後にそう言って指定した場所は、蒲田に近い大田区の久ヶ原だった。国道の第二京浜沿いで、もう少し行けば多摩川に到達するような場所だ。
蒲田に近いということは、多摩川を越えればそこは川崎になる。つまりここは蒲田・川崎狂走会、発祥の地ということになるのだろう。
指定された場所の最寄り駅、地下鉄の西馬込駅を降りた直樹はそんなことを考えていた。
地下鉄の駅を出ると、目の前は既に国道の第二京浜だった。国道は大型トラックが放つ騒音で満ちている。そんな道の端に黒色のアルファードが止まっていた。その後ろにも黒色のレクサスが停まっている。
ナンバープレートは見えなかったが、片山に違いない。直樹がそう思った途端、アルファードのスライドドアが開いた。そこから出てきたのは予想通り片山だった。
「わざわざすみません。ですが、直樹さんもいた方がいいと思いましてね」
そう言って軽く頭を下げようとする片山を直樹は片手で制した。
「大丈夫です。ビジネスホテルで待っていても、無駄に気を揉むだけですから」
「詳しい話は車の中で」
片山の言葉に従って車内に入ると、三列目のシートには武の姿があった。武は拳を握りしめながら、俯いていた顔を上げて一瞬だけ直樹を見る。だが、再び顔を伏せるようにして俯いてしまう。
そういえば武の名字は木下といったはずだった。それに対して若菜の名字は井上だ。名字が姉弟で異なるのは何らかの事情があるのだろうが、直樹は妙にそんなことが気になった。
そんな直樹に続いて片山も車内に入ってくる。片山が座ると同時に直樹は口を開いた。
「若菜の居場所は分かったんですか?」
直樹の言葉に片山は軽く頷いた。
「完全に特定できたわけではないです。ただ、こいつが言うには、いくつか候補があるみたいです。これからそいつらを虱潰しで当たって行くしかないでしょうね」
こいつとは武のことなのだろう。直樹は首を回して背後の武を見た。武も俯いていた顔を再び持ち上げて、直樹に顔を向ける。
武の顔は無表情だった。何を考えているのか、そこから何かを読み取ることはできなかった。直樹は視線だけを動かして、再び片山の顔を見る。
「どういう経緯で、若菜の弟が片山さんのところに?」
直樹が言うと、片山は少しだけ肩を竦めてみせた。
「なに、間抜けな話ですよ……」
片山はそう前置きをした。その言葉とともに武の顔が歪んでいく。屈辱からなのだろう。唇が嚙み締められていた。
「こいつらの一人が仲間を出し抜いて、あの女を勝手にさらったらしい」
出し抜く。
その言葉だけでは、今ひとつ状況が分からなかった。
「それは若菜を無断で七田代目竹名組に連れて行くつもり、ということですか?」
片山は首を左右に振った。口の端がわずかに持ち上がっていた。片山の顔には珍しく皮肉めいたものが浮かんでいる。
「どんなルートがあるのかは知りませんが、あの女をさらった奴は、別の連中に売るつもりらしいです」
そこでふと直樹には思い当たることがあった。そもそも弟の武もそうなのだが、狂走会の連中は若菜が追われている本当の理由を知っているのだろうか。リストの存在を知っているのか。
今、リストが入っているUSBは若菜が持っている。斉藤や狂走会から逃れたあと、自分が預かると若菜に申し出たのだったが、若菜はそれをあっさりと拒否した。彼女の性格を考えると、もっともな若菜の返答なのかもしれなかったが。
いま思えば無理矢理にでもUSBを預かっておくべきだった。例え若菜がこのようにさらわれたとしても、USBが若菜の手元になければ、いきなり手酷く傷つけられるようなことにはならないだろう。
そう考えながら直樹は背後の武に目を向けて口を開いた。
「金の件以外に知っていることはあるのか?」
武は黙ったままだった。代わりに口を開いたのは片山だった。
「どうもこいつらは知らないようですよ」
「じゃあ若菜をさらった奴も……」
その言葉に片山は首を左右に振った。
「多分、そんなに単純な話ではないでしょうね。さらった奴はそれを知っていたから、こいつらを出し抜いて、あの女をさらった可能性が高い」
見方としては、片山の言うことが正しいのかもしれない。そう思った直樹の中で別の疑問が持ち上がった。
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