室内には物がほとんど置かれていなかった。床にはコンビニの袋や空き缶などが散乱している。
部屋の左手にあった黒色のくたびれたソファ。そこに横たわる若菜の姿があった。
若菜は素っ裸で、その裸体の上には若い男の姿がある。見覚えのある顔だった。豊で間違いないだろう。
豊も裸だった。裸で絡み合っている男女。まさに行為の真っ最中という光景だった。むき出しになった豊の下半身が不快なまでに光っている。
若菜も豊も驚いた顔で、直樹たちを見ている。二人とも、とっさには何が起こったのか分からず、フリーズしているような状態だ。
その光景を見て直樹の頭に血が一気に上った。自分の視界が赤く染まった気がした。
直樹は二人との距離を一気に詰めると、若菜の上に跨る豊の顔面に前蹴りを放った。
ぎゃっ。
短い悲鳴を残して豊が若菜の上から転がり落ちる。
「直樹……」
若菜が呆けたような声で呟くように言う。直樹はそれに構わず、若菜の上から床に転げ落ちた豊に近寄る。
豊は直樹に蹴られた顔面を押さえて、床でのたうち回っている。直樹は豊の脇腹を目がけて、今度は靴のつま先をめり込ませた。
豊の口から再び悲鳴が上がる。一切の手加減をしていない。これで肋骨が何本か折れたのは間違いないだろう。
床でのたうち回っている涙と血で汚れた顔面を踏みつけようと、さらに直樹が右足を持ち上げた時だった。直樹の肩を強く掴む手が伸びてきた。
「死にますよ、直樹さん」
状況にそぐわない静かな声を発したのは片山だった。直樹は荒い息を吐き出しながら持ち上げていた片足を床に置く。
「殺すのはいつでもできます。ただその前にいくつか話を訊きたいですね」
片山はそう言うと、武に顔を向けて言葉を続けた。
「他に部屋はあるのか?」
武は軽く頷いた。
「こいつをそこに運ぶぞ。直樹さんは、この女をお願いします」
片山はそう言うと、武と一緒に豊を引きずるようにして連れていった。
その背中を見送ってから、直樹はソファの上にいる若菜に顔を向けた。若菜は裸のままで両足を組み、両手も胸の前で組んでソファに座っている。その顔は不気味と思えるほどに無表情だった。
「……若菜、大丈夫か?」
陳腐な台詞だと直樹自身も思う。この状況なのだから、大丈夫も何もないだろう。
「別に。こんなのは何てことないわ」
若菜はそう言って、無表情のままで両肩をすくめた。そして言葉を続ける。そこに強がっているような響きはなかった。
「直樹、下着と服を取ってくれる?」
直樹は頷いて、床に散らばっている下着と服を拾う。
「あいつ、ここぞとばかりに何回も……」
服を身に着けた後、若菜が憎しみを込めて呟いた。続いて直樹に視線を向ける。
「ねえ、殺してくれるのよね? あの男が泣き叫んで、殺してくれって懇願させながら、殺してくれるのよね?」
直樹は若菜の顔を見る。その顔にはあらゆる負の感情が浮かんでいるかのようだった。
男の直樹では、無理やりに性行為をさせられた女の気持ちは分からない。極論すれば正直、減るものでもないだろうとも思う。
しかし、若菜の顔に浮かんでいたものは、そんな言葉では語れないものがあった。若菜の大きな目が異様なまでにギラついている。そして若菜は口元を大きく歪ませた。
「……ねえ、絶対に殺してよ」
絶対に殺してよ。
その言葉には鳥肌が立つほどの呪詛めいた響きがあった。直樹は思わずごくりと唾を飲み込む。
そんな雰囲気をまとった若菜に背中を押されて、直樹は別室にいる片山たちのもとへ向かった。
蒲田・川崎狂走会が六本木に進出する前に使っていた一室だと聞いていたが、長い期間に渡って使われていなかったのだろう。床を歩く度に埃が宙を舞う。
片山たちが向かった別室に入ると、豊は既に息も絶え絶えだった。床で仰向けに転がって口をパクパクさせて喘いでいる。もはや痛みを訴えるような気力もないようだった。片山は例のUSBを手にしていた。
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