片山から連絡があったのは翌日の昼過ぎだった。片山が指定した場所は恵比寿。若菜を連れて行こうかとも直樹は思った。だが不測の事態を考え結局、若菜を連れて行くのは止めた。
それに片山と若菜の関係は、きっと相性の問題ですらない。会うたびに喧嘩腰と言っていい。この件に関して言えば、二人を合わせるメリットはどこにもないと直樹には思えたのだった。
置いていくとは決めたものの、若菜から目を離すのは不安だった。安全を考え、自分の部屋ではなくてビジネスホテルに移すという選択肢もあった。
だが時間がなかったこともあって、直樹は若菜を部屋に残すことにした。万が一を考え、若菜に部屋から出ないよう伝えると、直樹は一人で恵比寿に向かった。
恵比寿駅に直結している駅ビルの中にある喫茶店が、片山との待ち合わせ場所だった。妙に明るい店内に入ると、すでに片山がいて軽く右手を挙げた。
店内は比較的混んでいて、大半が若い女性客だった。片山の正面に直樹が座るとすぐに店員が近づいてくる。
店員に注文を伝えた後、直樹は改めて片山の顔を見た。片山は無表情で直樹の顔を見つめている。直樹はまずは片山に向かって頭を下げた。
「片山さん、迷惑をかけました。申し訳ありません。片山さんが無事でよかったです」
そこまで言って直樹は片山の左手小指に包帯が巻かれていることに気がついた。一瞬にして直樹の血の気が下がる。
「片山さん、そいつは?」
「まあ、下手を打ちましたからね。時代遅れではありますが、これが一番手っ取り早いんですよ」
片山は小指を失ったことなど意にも介さない様子だった。片山から小指を奪った相手は考えるまでもない。
「田上巌ですか……」
呟くように血縁上の父の名を口にする。一瞬、口の中に苦い味が広がる気がした。
「シマの六本木で、あれだけの騒ぎを起こしたんです。私もチャカを使いましたからね。当然、その話はオヤジの耳に入ります」
そう言った後、今度は片山が直樹に頭を下げてみせた。
「申し訳ありません。こうなった以上、下手に誤魔化すべきじゃない。嘘は次の嘘を生み出しますからね。直樹さんの名前も含めてオヤジには全てを話しました。既に私の身代わりで出頭した若い者もいます」
こうして頭を下げられているものの、片山を非難する正当な理由が直樹にあるはずもなかった。そもそも片山には何の利益も義理もないのに、これまで自分と若菜の一件に関わってきてもらったのだ。
もしそれが片山の組に知られれば、彼の立場も危うくなると分かっていながらも。
「すべてを話したということは……」
直樹の言葉に片山は軽く頷いた。
「オヤジからは、直樹さんとあの女をすぐに連れてくるよう命じられました。直樹さんの居場所も含めて、私には連絡を取る術がないとは伝えていますが、そんなには長く引き延ばせないでしょうね。それにそもそもオヤジは、そんな私の言葉を信じていないかもしれない」
「連れてくるか……あれは……俺と若菜をどうするつもりなんでしょうね」
直樹は軽く天井を仰いで呟くように言った。
「情けない話ですが、うちの組でもあのリストを金に換えることは難しいはずです」
「なら考えられることは、七代目竹名組に売って恩に着せるってところですかね?」
直樹の言葉に片山は眉間に軽く皺を寄せた。
「さすがに直樹さんまで、オヤジが七代目竹名組に引き渡すとは思えません。ただ、あの女とリストは七代目竹名組に恩を売れるのなら、喜んで引き渡すでしょうね。」
直樹の中で暗澹たる思いが静かに広がる。こうして七代目竹名組、蒲田・川崎狂走会に続き、三代目若狭組にも追われる身となった。
あまりの八方塞がりの状況に、自嘲すら超えて虚無的な笑みが浮かんだ。
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