「で、若菜の弟が何で片山さんのところに?」
「情けない話ですよ。追いかけていた女を仲間に裏切られてさらわれた。そんな間抜けな話、こいつは上部団体の七代目竹名組に報告できるはずもない」
確かにそうかもしれないと直樹も思う。そんなことが七代目竹名組に知られてしまえば、どんな叱責をされるか分かったものではないのだろう。片山は尚も言葉を続けた。
「ちなみにこの話、こいつらの仲間もまだ知らないようです」
どういうことだ?
そんな疑問が顔に出たのだろう。片山は言葉を続けた。
「あの女と姉弟だと今さら、知られたくないようです」
「……知られたら、何で今まで黙っていたって話になる。痛くもない腹を探られることになるからな」
付け加えるようにそう言ったのは武だった。片山が鋭い視線を武に向ける。
「小僧、口のききかたに気をつけろ。それに、痛くもない腹ってわけでもないよな?」
武は何かを諦めたような顔で軽く肩をすくめた。武が言うように、今さら若菜と武が姉弟だと知られることは何かと都合が悪いのだろう。
実際、蒲田・川崎狂走会に拉致された時、武の手引きがあったから、直樹たちは逃げることができたのだ。姉弟だと知られれば、それが武の手引きだったと疑われるのは間違いない。
「別にあの女を心配してのことじゃねえよ」
いつかと同じように、姉である若菜を武はあの女呼ばわりにする。
「あの女をさらった奴。俺と若菜が姉弟だと仲間にも竹名組にも知られずに、そいつを捕まえるには、あんたらを頼る以外になかった」
その瞬間だった。武の右頬で乾いた音が鳴った。片山が平手で叩いたのだ。
「小僧、口のきき方に気をつけろと言ったよな。次はねえぞ?」
片山の冷たい視線と言葉を受けて、武が不貞腐れたような顔で少しだけ頭を下げた。叩かれた頬を押さえて、武が唇を嚙みしめている。
「で、若菜をさらった奴が行きそうな場所。それが分かっているってところですか?」
直樹の問いかけに片山が頷いた。
「このあたりは元々、こいつらの拠点だったところです。さらった奴が誰にも知られずに当座を過ごすのなら、この辺り以外には考えられないみたいですね。裏の社会で少しだけ名前が売れて、大阪の連中にそそのかされて六本木に出張ってきた。そんな単なる田舎のチンピラなんですよ」
片山がつまらなそうに言う。今に始まった話ではないが、片山は蒲田・川崎狂走会には何かと容赦がない。自分たちのシマ内で、七代目竹名組を背景にして、うるさく跳ね回っているのだ。片山にしてみれば、もっともな話なのかもしれない。
きっと七代目竹名組は、蒲田・川崎狂走会を足掛かりにして、六本木進出を目論んでいるのだろうと直樹は思う。もっと言えば、本格的な東京進出なのか。もっとも、それは若菜の件とは別の話になってくる。
武はそんな片山に対して反論する素振りは見せなかった。片山は言葉を続ける。
「そいつが潜伏する場所の目星はついているようです。取り敢えずは、そこに向かいましょう」
もしそこにいなかったら?
焦りとともにそんな言葉が喉元までこみ上げたが、それを無理矢理に押さえ込んで直樹は黙って頷く。
若菜を助けるにしても直樹自身に打つ手があるはずもない。そもそも例え居場所が分かっても、自分ひとりでは助けることもできないかもしれない。
いくらここで焦ったところで、結局は片山や武に頼る他にないのだ。ならば、黙って片山に従うのが筋なのだろうと直樹は思う。
「あの女をさらって、俺たちを裏切ったのは豊って奴だ」
豊。顔は思い出せないが、聞き覚えのある名前だった。直樹たちが新宿でさらわれた時も、その場にいたはずだ。
「裏切った? 笑わせるな。お前らガキの集まりが裏切るも何もないだろう?」
片山が鼻で笑って言葉を続けた。
「所詮は行き場のないガキどもが集まった上も下もないような集団だ。それなのに、その程度の認識しかないから、簡単に出し抜かれるんだよ」
武は片山の言葉に何も言うことはなかった。
「いずれにしても時間は貴重です。早速、向かいましょうか」
ハイブリッド車特有のモーター音を唸らせながら、背後のレクサスを引き連れてアルファードが走り出したのだった。
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