「豊、金坂さんから連絡があるはずだ。それまでお前はここでこいつらを見張っていろ」
木下が豊に見張りを命じる。車内での様子もそうだったが、どうやら豊は彼らの中では俗に言う下っ端に位置するらしかった。
「え? あ、はい。でも、木下さんたちは……」
見張っていろと言われた豊は少しだけ不満そうな顔で言う。
「俺は隆史とキムとでメシを食ってくる」
隆史とは連れ去られた時に車内にいた坊主頭の男。キムとは運転手の男らしかった。
木下は豊の不満そうな顔を見て再び口を開いた。
「一時間もかからねえよ。お前のメシはコンビニで適当に買ってきてやる。もうすぐ新宿で別れた連中もここに集まって来るだろうからな。そいつらの分も含めて買ってくる」
豊はそれまでとは変わらずに不満そうな顔をしながらも、反論はできないようだった。素直に木下のその言葉に頷く。そして気がついたように豊は口を開いた。
「篤の奴は大丈夫なんですかね?」
「病院に連れて行ったらしい。足だからな。死ぬことはねえよ。しかしあの野郎、随分と無茶をしやがったな」
木下は忌々しそな顔でそう吐き捨てた。豊が気にした篤とは斉藤にボールペンのような物で刺された男のことなのだろう。
「新宿をシマにしている関東黄龍会のヤツなんですかね?」
豊の言葉に木下が軽く頷く。
「多分そうだろうな。あの感じはどう見てもヤクザ者だ。少し調べてみる。一方的にやられたんだ。返しができるんであれば、そうするさ」
……返し。
暴力団の言葉で仕返しのことだ。半グレなどと名乗っていても、結局はこいつらがしていることは暴力団と変わらないのだと直樹は思う。いや、暴力団の末端にある組織と言った方が的確なのかもしれない。
いずれにしても何とか逃げる算段をどこかで取らなければならない。このままでは若菜とともに地獄にまっしぐらとなる。
そんなことを考えていた直樹の目と木下の目が不意に合った。木下の目はそれまでとは違う何かを訴えているような気がした。
もちろん、それが何であるのかなど直樹には分かるはずもないのだが。しかし、そんな思いも直樹の勘違いだったかもしれない。
木下はすぐに直樹から視線を外してしまう。
「隆史、キム、行くぞ」
短くそれだけを言うと、後ろで縛った金色の長髪を揺らして木下は踵を返した。隆史、キムと呼ばれた男たちも無言でそれに続いたのだった。
木下たちが部屋を後にすると、一瞬だけ奇妙といってもよさそうな静寂が訪れた。天井から聞こえる空調の音が室内でやけに響いている気がする。
一人だけ仲間外れにされてしまった感のある豊は不満げな顔をあらわにしていた。一人で残されたことがよっぽど気に入らないのだろう。
見張りは一人。両手を後ろ手に拘束されてるとはいえ、隙を窺えばこいつを無力化できるかもしれない。
そんな考えを頭の隅で泳がせながら、直樹は不満げな顔を隠そうとしない豊に向かって口を開いた。
「俺たちはどうなる?」
「あ? 聞いてたんじゃねえのか? 大阪からの指示待ちだよ。それにてめえらには関係ねえ話だ。どっちにしても、金を盗んだ女はタダじゃすまねえよ」
豊はそう言うと若菜に視線を向ける。
「それにしてもいい女だ。ぶっ壊されるのはもったいねえな」
「ふん、アンタに心配されることじゃないわよ。ロリコンのアンタには関係ないでしょう」
血の気が引いた顔をしながらも若菜が車内と同様に悪態をつく。豊もこの状況でも口撃されるとは思っていなかったようで、虚を突かれたような顔をする。
しかし、その顔も一瞬後には下卑た顔になる。
「この状況で何を言ってやがる。どうせぶっ壊されるんだ。ぶっ壊される前にってやつだな。もったいねえからな」
豊はそう言って片手を若菜の胸の膨らみに伸ばした。若菜が引き攣った顔のままで身を捩る。豊の体は直樹に対して完全に背を向けている。
「おら、動くんじゃねえよ。少し触るぐらいだ。下手な真似をすると痛い目に合うぜ」
そんな怒声と共に身を捩った若菜の肩を豊が掴んだ瞬間だった。後ろ手に縛られたままで音もなく立ち上がった直樹は、そのまま右足で背後から豊の股間を蹴り上げた。
同じ男として同情する部分もあったが、手加減はしなかった。こちらも切羽詰まっているのだ。
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