寂寥なき街の王

~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~
yaasan y
yaasan

正座する男

公開日時: 2024年10月11日(金) 09:53
文字数:1,605

 少しずつ落ち着きを取り戻してきているようだった。周囲の状況が情報として頭の中に入ってくる。室内は薄暗いものの、視界が悪いというほどではない、

 

 左右を見渡すと大して広くはない室内だった。左手には丸椅子があって、その奥には茶色のテーブルカウンター。そして、更にその奥にある棚には大小の様々な酒瓶が並べられていた。

 

 どうやらここは小さなバーらしい。そこまで理解して直樹なおきは両足に力をゆっくりと込めてみる。

 

 ……力は入る。その気になれば頭は痛むものの、このまま問題なく立ち上がることもできそうだった。

 

 若菜わかなはどこにいる?

 無事なのか?

 

 そんな言葉を頭の中で泳がせながら、直樹がゆっくりと立ちあがろうとした時だった。背後から聞き覚えのある低い声をかけられる。

 

「おっと、それ以上は動くんじゃねえぞ」

 

 直樹は座ったままで背後に視線を向ける。想像通りだった。

 

 ……斉藤さいとう

 心の中で直樹は吐き捨てる。

 

 だが、背後を振り返った直樹の視界には奇妙な光景が一つだけあった。

 

 斉藤の横には上半身が裸で下半身はパンツ一丁の男が正座している。一瞬、斉藤が連れていたチンピラ……ハジメと呼んでいた若い男かと思ったが、どうやら違うらしい。ハジメはもっと若かったが、この男は五十歳近くに見える。

 

「あ? こいつか? この店のオーナーだよ」

 

 直樹の視線に気がついたのだろう。斉藤が面白くなさそうに言う。そうは言われたものの、どのような経緯で店のオーナーがパンツ一丁になって斉藤の横で正座させられているのかが分からない。

 

 よく見ればオーナーと呼ばれた男は、唇の端が腫れていて血の跡もある。その傷が何かで殴られたものであることは明らかだった。

 

「俺に借りがあるのに、この場所を貸そうとしねえからよ。少しお仕置きだ。てめえも大人しくしていないと、こんな風に裸で床に正座だぞ?」

 

 揶揄するかのような斉藤の口調だった。直樹は唾をごくりと飲み込む。

 

 その様子を見て斉藤は人の悪そうな笑みを浮かべた。片山かたやまは斉藤のことを荒事専門の頭がイカれた男だと言っていた。この状況を見る限り、片山の言葉に嘘や誇張の類いはないようだった。

 

「……女はどこだ? 無事なのか? それにここは?」

 

「てめえ、質問ばかりだな。片山の野郎とどんな知り合いかしらねえが、あまり調子に乗るなよ? てめえの状況を少しは考えるんだな」

 

 質問を遮るようにして、片山が冷たく言い放った。直樹が黙り込むのを見て斉藤は更に言葉を続けた。

 

「質問をするのはこっちなんだよ。分かるか?」

 

 直樹は無言で頷く。若菜のことが気になるが、今は斉藤の言うことを素直に聞く以外に術がないようだった。

 

「てめえは何者だ? ヤクザ者には見えねえな。片山のところの者か?」

 

 直樹は首を左右に無言で振った。

 

「ヤクザ者ではないってことか? なら何で片山と一緒にいた?」

 

「……俺はヤクザじゃない。だが、片山さんとは古い付き合いだ……家族に近い関係だ」

 

「家族だ? 随分と気持ちの悪いことを言いやがる。まあ、だから組の者でもないのに、片山の野郎が肩入れしているってことか」

 

 斉藤が知ったような顔で頷く。

 

「……女は無事なんだろうな?」

 

「てめえ、口の利き方に気をつけろよ? さっきも言ったよな? 質問するのはこっちだってよ。俺たちが必要なのは女であって、てめえじゃねえんだぞ? あ?」

 

 直樹は竦めそうになった両肩を辛うじて堪えた。ここで斉藤を挑発するような真似はするべきではなかった。

 

「悪かった。これからは気をつける」

 

 直樹がそう言うと斉藤はその顔に嫌な笑みを浮かべる。

 

「おら、てめえもこいつぐらい素直だったら、そんな痛い思いと恥ずかしい思いをしなくてもよかったんだよ」

 

 派手な音を立てて斉藤が隣で正座をしている男の頭を平手で叩く。叩かれたその勢いで、男がまるで謝罪でもするかのように首を折って頭を下げる。

 

 直樹自身が置かれている状況もそうなのだが、この男の状況も細かい事情は分からないものの少しだけ同情したくなってくる。

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