直樹はもう一度、金属バットを片手に威嚇するかのように近づいてくる前後の男たちに視線を送った。逃げ場はなさそうだった。抗うにも金属バットをもった男たちがこれだけいるのだ。しかも若菜を連れているこの状況では抗いようがなかった。
「若菜、ここは大人しく捕まるしかない。後で隙をみて逃げる」
直樹が短くそれだけを言うと若菜は小さく頷いた。直樹はそれを見て両手を上げる。若菜もその様子の直樹に倣って両手を上げた。若菜は血の気が引いたような顔をしていたが、それ以外にいつもと変わる様子は見られなかった。
下手に抵抗すれば何をされるか分からない。だが、時間を稼げればこの人通りだ。警察に連絡してくれてる人がいて、この場に警察が駆けつけてくれるかもしれない。そんな淡い期待もあった。
前方から三人。後方から四人の金属バットを持った若い男たちに囲まれる。周囲ではそんな直樹たちを見て何事かと既に人の輪ができていた。
「仲よく野球をしにきたようには見えないな」
囲まれた直樹は両手を上げたままで取り囲む彼らにそう言った。
「おっさん、随分と余裕だな」
短い髪を茶色に染めた若い男が唇を歪めた。
「おっさんとは随分だな。歳は大して変わらないと思うが」
その直樹の言葉に若い男が更に一歩を前に踏み出した。右肩には威嚇するように金属バットを載せている。
「てめえ、それが余裕だって言ってるんだよ」
男が威嚇するように吐き捨てた時だった。
「……てめえこそ、人のシマで何をしてやがる?」
その言葉と共に現れたのは二人の男だった。一人は三十歳半ばに見えるどこからどう見ても暴力団関係者にしかみえない男。そしてもう一人は、ホストのような格好をした二十代前半に見える男だった。
見覚えがある二人だった。六本木で片山と一緒だった時に会った二人だ。そう。名前を斉藤と言ったか……。
斉藤はその顔に嫌な感じの笑みを浮かべていて、それとは対照的に斉藤が連れている若い男は血の気が引いたような顔をしている。
それまで直樹に威嚇の言葉を吐いていた男が急な乱入者の二人に向けて金属バットの先を向けた。
「あ? 誰だ? おっさん、てめえの出る幕じゃねえぞ」
その言葉に斉藤は少しだけ肩を竦めてみせた。金属バットを向けられても、その顔には少しも怯えのような物は浮かんでいなかった。
「おう、おう最近の若いのは怖いねえ。だが、獲物で脅すんなら、まずは最初に使うのが一番だ。追っているのはその女なんだろう? 今で言えばそこの男を最初にバットで死なないように殴るのが正解だ。脅し文句なんぞはその後でいいんだよ、小僧が」
斉藤は自分の眼前に突き出されている金属バットを握るとそれを自身の方へと引き寄せた。
予想外の急な動きだったからだろう。金属バットを持った男は大きく体勢を崩してたたらを踏むように斉藤の眼前に体が移動する。
斉藤はバットを握っていない左手をポケットに入れた。斉藤がポケットから左手を出した時、その手には黒く細い何かが握られていた。
……ボールペン?
直樹がそう思った瞬間、斉藤は躊躇いをみせることなくそれを男の太ももに突き刺した。刺された男の口から絶叫が迸る。
周囲を取り囲んでいる男たちはその一連の動作に虚をつかれたように固まってしまっている。
「その金属バット、てめえら蒲田・川崎狂走会の連中だろう?」
「て、てめえ、死にてえのか」
男たちの一人が予想外の惨事に顔を引き攣らせながらも言う。
「あ? 死にてえのはてめえらだろう。断りもなく人のシマで金属バットなんぞを持ち出しやがって」
「てめえ、どこの組のモンだ。俺たちのバックがどこか……」
「うるせえよ、小僧。ヤクザにもなれない半端者が。帰って竹名組の連中に訊いてみろ。うちの組、新宿の組と自分たちが喧嘩していいのかってな」
重ねるような斉藤の言い方に言葉を発した男は口をパクパクとさせている。
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