寂寥なき街の王

~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~
yaasan y
yaasan

問題

公開日時: 2024年6月7日(金) 09:29
文字数:1,618

 直樹なおき片山かたやまに向けて軽く肩を竦めてみせたが、片山はそんな直樹を見ても眉ひとつ動かすことがなかった。

 

「調子に乗るなよ、女? 盗んだ金を、そんなに早く株券に変えているとは思えねえな。大体、直樹さんがいなけりゃ、てめえなんぞはとっくに拉致られてるんだぞ」

 

「ふん、おどしたって無駄よ。ない物はないんだから」

 

 片山の脅し文句を受けても、若菜わかなは逆に挑発でもするかのように鼻先でせせら笑っている。

 

「若菜、少しは口を慎め。さっきも言ったが、俺たちはこれから片山さんを頼ろうとしてここに来ているんだ」

 

 直樹の言葉に若菜は頬を膨らます。

 

「お金はもうないし、そもそもお金は返さないんだからね」

 

 ここに来てまだそんなことを言っているのかと直樹は思う。片山を巻き込んだところで、自分たちが無事に逃げ切れる保証などはどこにもない。例え盗んだ金を綺麗に返したとしてもだ。

 

 そもそもが金すらをも返さないのであれば、片山自体がこの一件に巻き込まれることを拒否するかもしれない。片山を頼るということは、盗んだ金を返すということは大前提としてなければいけないものなのだ。

 

 若菜は後で説得するとして、そんなことよりも今は金を返した後の打開策を模索しなければならない。

 

 直樹は内心でそう決意して口を開いた。

 

「金を返して、それだけで丸く収める方法はやっぱりないですか?」

 

 金を返したところでヤクザがそれで丸く収めるはずがない。さっき片山にそう言われたばかりだったが、直樹としてはそう訊く他になかった。今度は片山が肩を竦める番だった。

 

「まあ、私が呼ばれたのはそのためでしょうからね」

 

「ちよっと! お金は返さないわよ!」

 

 強い口調で口を挟んできた若菜に直樹も強い口調で言葉を返す。

 

「若菜は黙っていろ。その話は後だ。仮にそうであればといったことで片山さんに訊いている」

 

 直樹の強い口調を受けて、若菜は頬を膨らますとそっぽを向いてしまう。

 

「……まあ、うちの名前を出すしかないでしょうね」

 

「それで丸く収まりますか?」

 

「どうでしょうか。どちらにしても手ぶらでってわけにはいかないでしょうね。それにうちの名前を出すには二つ問題がありますね」

 

「問題とは?」

 

 出てくる言葉は想像がついたが直樹はそう尋ねた。

 

「一つはオヤジ、組長にこの話には直樹さんが絡んでいると話さなければならないこと。もう一つは、話したところでうちの組の関与を組長が許してくれるのかということですね」

 

 やはり想像していた通りの言葉だった。直樹の表情を窺うようにしながら片山は尚も言葉を続けた。

 

「私が出張って収まるような話じゃないですからね。組の看板を出してそれなりの代償をこちらも出さなけりゃならない」

 

 片山の言うことはもっともだった。父親が許す許さないもあるが、求められる代償が何なのかということも重要だった。

 

 いや、それよりも先に若菜を説得する方が難しいかもしれない。いや、無理やりにでも若菜に言うことをきかせるのか。

 

 金を返す。まずは前提としてそれがなければならないのだ。ここまで若菜に関わっている以上、このタイミングで若菜を切り捨てたとしても自分自身に何の被害もないとは直樹には思えなかった。

 

 となれば金を返さない以上、直樹自身も詰んでいるといっていい。まだ八方塞がりとまではいかないが、このまま若菜が金を返さなければそれに近い状況なのかもしれなかった。

 

 ついた溜息に若菜が非難めいた視線を向けてきたが、直樹はそれには気がつかないふりをして、片山に視線を向けた。

 

「分かりました。こちらの問題が片づいたら、片山さんにはもう一度、相談させていただきます」

 

「はあ? こちらの問題って何なのよ」

 

 若菜が視線だけでなく非難の言葉を上げたが、直樹はそれにも取り合わなかった。

 片山は一瞬だけ考えるような素振りをみせた後で口を開いた。

 

「分かりました。前にも言いましたが、早い方がいい。直樹さんの顔がある程度、割れているようなので、切り捨てたとしても逃げきれない可能性すらあります」

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