寂寥なき街の王

~一億円強奪 狂乱の宴と自愛の果てに~
yaasan y
yaasan

父親と腹違いの兄

公開日時: 2024年3月15日(金) 10:11
文字数:1,535

 誰かが決定的に悪いわけではない。強いて言えば、酒に任せて店内でハメを外した小川が悪いというところか。直樹なおきはそれらを飲み込みながら口を開いた。

 

「片山さん、こちらは俺の会社のクライアントと会社の上司です。お見送りをお願いできますか?」

 

 片山は軽く頷いてその場で立ち尽くしていた黒服たちに視線を向けた。

 

「支配人はどうした? 客の見送りだ。支払いはこっちにつけとけ」

 

 片山の言葉に黒服たちが弾かれたようにして慌ただしく動き始める。そのような中で何を思ったのか鴨田かもだが口を開いた。

 

「い、いや、悪かったのはこちらなので、お支払のことは……」

 

 片山が鴨田に冷たい視線を向けてその言葉を遮った。

 

「金を持つのはあんたらには関係ない話だ。口を挟まないでもらえますかね?」

 

 冷たい視線、冷たい顔だった。それを受けて鴨田は言葉を失ったように口をぱくぱくとさせる。

 

「片山さん、俺の上司です。勘弁して下さい」

 

 片山は一瞬だけ視線を直樹に向けるとすぐにその視線を再び鴨田たちに向ける。

 

「さあ、お帰りの時間です。出口はあちらなので……」

 

 片山はそう言うと所在なげに立ち尽くしていた二人のチンピラ、澤田たちに視線を向けた。

 

「おら、お前らもお見送りだ。必ず後で事務所に顔を出せ」

 

 片山にそう言われて澤田たちは顔を引き攣らせたのだった。

 

 

 

 

 店内はそれまでの落ち着きを取り戻していた。もっともさして繁盛しているようには見えない店内だった。それでもちらほらと客の姿があって、時折キャバ嬢の嬌声も聞こえてくる。

 

 直樹の隣には片山が座っている。他に直樹たちのテーブルに座っている者はなく、片山は琥珀色の液体が入ったグラスを無言で口に運んでいる。直樹はそれを横目で見ながら口を開いた。

 

「お久しぶりです、片山さん。何年ぶりになりますかね」

 

「姐さん……こう言うと杏果きょうかさんは怒りましたね」

 

 片山は直樹の母親の名を口にする。そして少しだけ苦笑を浮かべて言葉を続けた。

 

「杏果さんが亡くなってからですから……五年ぶりですかね」

 

 片山の言葉に直樹は軽く頷いた。頷きながらそうかと直樹は改めて思う。母親の杏果が他界してから五年も経つのか。

 

 子宮に癌が見つかった時には既に手遅れの状態だった。全身に転移していた癌は瞬く間に杏果の体を蝕んでいき、半年を待たずして杏果は他界してしまった。

 

「……あの人たちは元気か?」

 

 別に気になったわけではなかった。ただ話の流れで何となく直樹はそれを口にしただけだった。

 

 あの人たち……直樹の父親と腹違いの兄。もっとも一緒に暮らしたことなどはないし、父さん、兄さんと呼んだこともない。最後に会ったのもいつだったか忘れるぐらいだった。当然、そんな彼らは杏果が死んだ時も姿を見せることはなかった。

 

 直樹の父親は代々六本木に根を張る老舗の的屋系暴力団、三代目若狭わかさ組の組長である田上巌たうえいわおだった。直樹の実母である杏果はその情婦。腹違いの兄は正妻の子供ということになる。

 

 もっとも、直樹が生まれてから父親は杏果のもとを訪れることはなくなったらしい。金だけは与えていたようだったが、子供を産んだ後の女には興味はないといったところなのだろう。

 

 片山は父親の巌が杏果に興味をなくしてからも何かと面倒を見てくれた存在だった。もしかすると杏果との間に何かあったのかもしれなかったが、例えそうだったとしても直樹にとってはどうでもよい話だった。

 

「問題ないです。もっともこの稼業、締めつけが厳しくて青色吐息ですがね。ウチはまだ大丈夫です。オヤジ……組長も健在で、敬一さんは跡目を継ぐために修行中といったところです」

 

「そうか……」

 

 直樹は軽く頷いた。その稼業がどうなろうが、腹違いの兄が組を継ごうが自分には関係ないし、興味もありはしない。単に話の流れで訊いただけのことなのだから。

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