若菜と激しく体を合わせた後、直樹は泥沼に引き摺り込まれるように眠りに落ちた。それは若菜も同様だったようだ。
直樹が目を覚ますと、若菜はまだ隣で寝息を立てていた。
どれぐらい寝ていたのだろうか。時計を見ると時刻は明け方の四時を過ぎたところだった。ということは、十時間以上も眠っていたことになる。
寝すぎたせいだろう。頭の中が白いもやで満たされているような感覚がある。そして続いて感じたのは酷い空腹感。若菜が起きたら何かを買いに行くとしても、取り敢えずは胃に何か入れたい。
キッチンのカウンターに転がっていたカロリーメイトを咥えながら、ソファに座って直樹はスマホを手にした。
画面には片山からの着信があった。直樹自身も片山のことを心配していたのだが、どうやら無事らしい。あの襲撃から無事に逃げることができたということなのだろう。
直樹としてはあの時に聞いた発砲音も含めて片山の状況が気になるところだったが、この時間に電話をすることは憚られた。そう考えて、自分たちが無事だということをショートメールで送るだけにとどめた。
直樹はソファに深く座ってカロリーメイトをゆっくりと咀嚼する。ぼそぼそとしたカロリーメイトの触感。
咀嚼するたびにゆっくりとではあったが、頭の中にあった白いもやが晴れてくる。それと同時に胃の奥からじわじわと焦燥感が込み上げてくる。
頭には様々な事柄や疑問が次々と浮かんできていた。それらの事柄や疑問を何から確認をすべきかが分からない。
まずは自分たちが起こした事件が、ネットニュースになっていないかを直樹は確認することにする。真昼間の六本木で発砲音や乱闘となれば、ニュースになっているはずだった。
スマホでニュースサイトを見ると、やはりニュースになっていた。どうやら報道では、一連の事件は半グレ同士の乱闘で。そして、そこに暴力団が介入したということになっているようだった。
発砲音についても触れてはいたが、死者が出たとの記載はなかった。だが発砲に加えて大規模な乱闘となれば、警察が介入しているのは間違いない。
自分や若菜の身元が簡単に割れるとは思わないが、片山はどうなのだろうかと直樹は思う。警察が本気になれば、各所にある監視カメラから片山の素性が判明する可能性もある。
それに警察だけではない。自分たちのシマ内で発砲や乱闘となれば、三代目若狭組も出張ってくるだろう。そうなれば、片山が関与していることはすぐに分かってしまう。
となると、自分の名前も含めて事の顛末が片山の口から出てしまうのは避けられないと直樹は思う。嘘が露呈した時のことを考えれば、片山も自身の組に対しては下手な嘘がつけないはずだ。
そして自分の名前が出た時、血縁上の父親である三代目若狭組組長、田上巌から呼びつけられる可能性は大いにあった。その時に若菜が持っている顧客データとともに若菜を差し出せと言われるかもしれない。
そうなった時に自分が拒否する術はあるのだろうか。圧倒的な暴力の前で拒否する術があるのだろうか。
この件に自分が関わっていることを田上巌が知る前に、直樹が身を隠すこと。それが先決かもしれない。
だが身を隠すといってもどこにだ?
そう思うと意識しないままで自嘲してしまう。
八方塞がりだった。まるで冷たい水の中で手足をばたつかせるような感覚だ。出口なんてないのかもしれない。ただ沈んでいくだけだ。
状況的に仕方がなかったとはいえ、田上巌のお膝元の六本木で派手な乱闘騒ぎを起こしてしまったこと。それがそもそもの間違いだった。
もっといえば、片山を関わらせたこと自体が間違っていたのだ。片山さえ関わっていなければ、直樹の名前がこの時点で表面化する可能性は極めて低いはずだった。
しかし片山がいなければ、斉藤から逃れることはできなかっただろう。斉藤たちに捕まった時、そのまま直樹と若菜は大阪の七代目竹名組に手渡されていてもおかしくはなかった。
思考は解決策を見出せないままで、ぐるぐると回り続けている。どれだけ考えても出口なんてどこにもあるはずがなかった。
自嘲するしかないような気分のまま、答えの出ない思考を直樹は若菜が目を覚ますまで続けたのだった。
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