「そうですね。その時は……その時に考えますよ」
投げやりに言ったつもりはないのだったが、その言葉に片山の眉間には少しだけ皺が寄った。それを払拭させるように直樹は言葉を続ける。
「それはそうと、片山さんが撃った相手は、大丈夫だったんですか?」
「軽く太腿を掠らせただけですよ。撃たれたガキは、大騒ぎしてましたけどね。なので身代わりで出頭した奴も、十年ぐらいで出てこられるはずです」
「……十年ですか」
「ヤクザは何につけても罪が重くなる。でも私なんかよりも直樹さんの方が、なかなかの傷害事件ですよ。死人は出なかったようですが、かなりの人数が大怪我をしたみたいですからね」
そう言われて、直樹は軽く肩を竦めた。
「今のところ警察は、ヤクザとチンピラが揉めただけだと考えているようです。躍起になって犯人探しはしないでしょう。なので、直樹さんの名前が上がることもないかと思います。それにしても直樹さんは加減を知らない」
片山は最後に薄い笑いを浮かべた。
「怖かったんですよ」
直樹は少しだけ唇を噛んだ。そして言葉を続けた
「手を抜けば、いつ反撃されるか分からない」
直樹の言葉に嘘はなかった。実際、あの時は怖かったのだ。常に相手からの反撃に怯えていた。
「怖いですか……その妙な腹の括り方と、容赦のないところはオヤジにそっくりですよ」
父親と似ている。当然、血縁上の父親なのだからそういった言われ方は間違っていない。だが、直樹としては面白い言葉ではなかった。
直樹はそう言った片山を見返さなかった。そして無意識に自分が拳を握りしめていたことに気がつく。
……ああ、きっと似ているんだろうさ。でも、それが何だと言うのか。
腹の中で呟いたはずなのに苦い味が舌に広がる。
その思いが顔に出たのだろう。片山は口を噤んで、謝罪の言葉を口にした。
「すみません。少し調子に乗ったかもしれません」
片山は苦笑を浮かべたような顔で、さらに言葉を続けた。
「いずれにしても、あと三日です。三日以内に東京から出てもらいます。もしそれを違えれば、私は直樹さんとあの女をオヤジたちのところに、引きずってでも連れて行くことになる」
片山の立場であれば、そういう言い方になるのだろう。直樹は無言で頷いた。
「片山さんは俺たちと、どこまで関わっていることになっているんですか?」
「直樹さんが斉藤から逃げた後ですね。偶然、道で会ったことになっています」
「随分と都合のいい話ですね」
皮肉を言うつもりはなかったのだが、それは明らかに嘘と分かる話だった。
「まあ、そんな嘘も含めて、この小指というわけです。オヤジや、そして敬一さんにしても、私が直樹さんを何らかの形で庇っているのは分かっているでしょうから。オヤジは何だかんだ言っても、直樹さんを気にかけてないわけじゃない。ま、敬一さんの手前もあるでしょうから、それなりにってことにはなるんでしょうが」
複雑だな。
直樹は単純にそう思う。
別に父親の田上巌に気にかけてもらいたいわけじゃない。血縁上の父親といっても、一緒に暮らしたことはないのだ。だから父親なんて言葉は直樹にしてみれば、その事実を示すだけの記号みたいなものでしかない。
「分かりました。何にしても片山さんには、これ以上の迷惑をかけません」
直樹はそう言って、再び片山に頭を下げるのだった。
自宅に戻った直樹の視界にあったのは荒れた室内だった。荒らされたというよりも、荒れているといった表現が適切だった。
どうして自分たちの居場所が分かってしまったのか。そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
テレビや観葉植物といったような立っていたものは、ほぼ全てが倒れていた。倒れた観葉植物の鉢からは湿った土の匂いが立ち昇っている。
閉じられていたはずの遮光カーテンは一部が破れ、布切れのようにぶら下がっている。カーテンの裂け目から差し込む外の明かりが、床に奇妙な紋様を描いていた。
そして、若菜の姿はどこにもない。
若菜が連れ去られたのは明らかで、その時の抵抗も凄いものがあったことが窺える。連れ去った者は……考えるまでもない。
直樹はスマホを掴んだ。指先が震えている気がしたが、気にせずに片山を呼び出す。呼び出し音が鳴ってすぐだった。
「何かありましたか?」
開口一番、落ち着いた声だったが、片山が発した言葉がそれだった。
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