その少女、異界の空にて奮戦す

社畜のオッサン、女児になって戦闘機パイロットになる
稲荷狐満(いなりこみつ)
稲荷狐満(いなりこみつ)

第13話 簡単な仕事 2

公開日時: 2023年3月11日(土) 07:43
文字数:2,723

——敵機がこちらに向かってきている。距離にして大体二キロ。約十秒後には互いに射程圏内に入る。まずはヘッドオンで一機は仕留めねば。

 隊長機だ、隊長機をまずは仕留めよう。幸い高度はこちらが高い。敵を撃ちそのまま直線的に逃げる一撃離脱戦法が使える。


 敵機は矢じりのような陣形、V字陣形を組んでこちらに向かってきている。

 編隊の先頭に機首に独特のペイントを施した機体が一機だけいる。おそらくはあの機体が隊長機だろう。


 敵編隊との距離はついに一キロにまで縮んだ。お互い向かい合っているために相対速度は時速約九〇〇キロ、射撃のタイミングは一瞬。一秒程の時間で互いの生死が決まる。


 体感で覚えている射程距離ギリギリで一秒程機銃の発射トリガーを引く。コックピットに発砲の振動と籠った発砲音が響く。こちらの発砲炎を見て相手も一斉に撃ってくる。そして相手の意表を突きつつ回避すべく、すぐさま操縦桿を前に思い切り押し倒し、急速に機首を下げる。


 視界の上方に敵の放った曳光弾がチラリと映る。急速に機首を下げた為とてつもないマイナスGが身体を襲い全身の血が頭に向かって集まり、視界が真っ赤に染まる。そしてすぐに操縦桿を思い切り引く。


 そのまま敵編隊の下に潜り込んでそのまま真っ直ぐに離脱する。首を捻りチラリと後方を見て射撃の効果を確認する。

 隊長機と思しき機体は黒煙を吐きながらクルリクルリと地に向かって墜ちていく。


 どうやら命中したようだ。敵部隊もいきなり隊長機が落とされたことに混乱しているのか編隊が乱れている。

 しかし喜んでいる余裕はない。先ほどの敵機のように油断していたらいくら隊長機クラスでもあっさりとルーキーに墜とされてしまうほど空の世界というのは残酷なのだ。


「一機撃墜。あと十一機」


 本当に自分から出たのかと疑わしいほど無機質な声がコックピットに反響する。敵は未だ混乱してこちらに背を向けている。その期を逃すまいとサルヴィアは機体を反転させる。そして未だ混乱の渦から抜け出せていない敵機に機銃掃射を浴びせかけ、二機の命を刈り取る。そのまま敵編隊を突っ切って急上昇に移行する。機体に残された力学的エネルギーもエンジン性能もまだこちらが勝っている。


 キャノピーに備え付けられた鏡越しに後ろを見ると二機、冷静さを欠いたものがついてくる。ここまでずっと上昇してきているのだ、ついてきた愚かな二機はもはや

フラフラだ。相手が失速ストールした直後に自分も失速限界が来るように速度を落としていく。相手がヤケになって撃ってくるがそんな甘い射撃は当たらず、ただ曳光弾が空に飲み込まれていく。


 ついに追ってきた二機は失速してふわりと空中で止まる。そしてサルヴィアの駆る機体も失速限界を迎える。そこで彼女はスロットルレバーを押し倒し、スロットルを開き、一気に機首を反転、見事に釣り上げられた二機の方に向ける。模擬戦の際にマーガレット教官が使っていた技を早速実戦で使い、空中で機体の腹を見せている二機に無慈悲な射撃を浴びせかける。


「これで、五機。残り七機」


 荒い呼吸とともに歳相応の甲高く、歳不相応に冷徹な声が吐き出される。


 敵部隊はようやく混乱の渦から抜け出し、統制の取れた動きでサルヴィアを追い詰めようと連携し、攻撃を仕掛けてくる。先の空戦機動で速度における優位が無くなってしまったため、クルリクルリと回避運動をしながら逃げる。

 横目に自機を掠めて飛んでいく曳光弾の群れが見える。


 

 増援の一個飛行中隊の到着まであとどのくらいだろうか?結構な時間がたったと思うのだが未だに増援は来ず、自分は七機の敵機に追われているという状況。

下は友軍陣地であるからパラシュートで脱出しようとも考えたが、シートベルト外し、キャノピーを開けて機外に飛び出している間に蜂の巣にされるだろう。

 最悪、生身に機関銃の弾が当たり空中でミンチにされてしまうかもしれない。

故に残された選択肢はただ逃げ回って時間を稼ぐこと。


 そんなことを考えていると金属に穴を穿つ音がいくつか聞こえた直後、サルヴィアの身体を強い衝撃が襲う。


 朦朧とした意識で横を見ると翼には穴が開き、エルロンがカタカタと今にも取れそうになっている。

 そしてキャノピーには所々穴が開き、冷たい外気が入ってきている。右手で操縦桿を握り回避機動をとりながら垂れてきた汗を左手で拭う。しかし汗にしては妙にヌルりとしている。


 不思議に思い、左手の甲を見ると——赤く染まっている。

 垂れてきたのは汗ではなく血であったとそこでサルヴィアは気づく。しかしそんなことを気にしている暇はない。今も後ろから弾が飛んできている。回避機動に専念せねば、待つのは死だけだ。


 ぼろぼろの機体と朦朧とする意識の中、必死で回避機動をとっていると突然無線機から声が響く。


《こちら第144戦術戦闘飛行中隊、隊長機。コールサインはウィング01。ガル04の救援に来た。ガル04の応答を求む》


 ついに来た、待ちに待った増援が来たのである。

 上手く回らない呂律の中サルヴィアはなんとか応答する。


「こちら……、ガル……04。被弾したが……、何とか生きています。敵機は、残り七機です……」


《ウィング01了解。よくここまで耐えた、あとは我々が引き継ぐ。ガル04は後方拠点まで撤退せよ。こちらの隊から2機護衛を付ける。それぞれコールサインはウィング05、ウィング06だ》


「ガル04……、了解。救援感謝します……」


《こちらウィング01。ガル04、最後に一つ聞きたい。中隊規模と聞いていたんだが今この場にいる敵機は七機だと言ったな? 残りの五機はどこへ行ったんだ?》


 正直わざわざ答えるのも億劫な状況だが、状況共有は戦場においてとても大切だ。

戦場だけではない、前世のサラリーマン時代にもホウレンソウは大事だと死んだ魚のような目をしている会社の先輩に教えてもらった。状況共有とは社会人の基本中の基本。とにかく、状況共有を怠るわけにはいかない。


「こちら……、ガル04。敵五機は……、小官が撃墜いたしました」


《なっ⁉ そうか、了解した。本当によくぞ単機で耐えてくれたな。後は私たちが片を付ける。安心して帰還せよ》


 その後、フラフラと基地に戻り、朦朧とする意識の中なんとか着陸し、滑り落ちるようにして機体から降りる。

 先に戻っていたであろう同期達が駆け寄ってくる、倒れかけるサルヴィアをフィサリスとシティスが支える。みんな何か言っているが意識が飛びかけていてよく聞こえない。

 そんな中、待機していた救護班が担架を持って走ってくる。そのまま担架に乗せられ野戦病院へと運ばれていく。そして運ばれる最中サルヴィアは意識を手放した。



——その日、少女は簡単だったはずの仕事を命からがらやり遂げた。

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