その少女、異界の空にて奮戦す

社畜のオッサン、女児になって戦闘機パイロットになる
稲荷狐満(いなりこみつ)
稲荷狐満(いなりこみつ)

第16話 模擬空戦

公開日時: 2023年3月15日(水) 17:44
文字数:3,430

——1723年 1月1日 08:30 


 エンジンの微かな振動と風がキャノピーを叩く音以外聞こえない静かなコックピットに無線越しに地上にいるクレマチス中尉の声が聞こえる。


『ユーリカ、サルヴィア聞こえているか?』


「こちらサルヴィア。感度良好、聞こえています」


『こちらユーリカ。聞こえてます』


 二人が返答すると今回の模擬戦におけるルール説明が中尉によって再度確認として行われる。


『今回も相手の後ろに二秒間ピタリとついたほうが勝ちとする。制限時間は十五分。それまでに決着がつかなければ引き分け、もしくは地上にいる私たちの判断により勝者を決める』


「この模擬戦において禁じ手なんかはあったりしますか?」


 サルヴィアは一応このことについて聞いておく。万一禁じ手なんかがあって知らずに使ったらもしかしたらシバキに遭うかもしれないからだ。


『禁じ手とかは特にない。……あぁ、あまり機体に無理をさせすぎないでくれると私的には助かる。もう整備士達からクレームは受けたくないからな……』


「了解」


『ではこれより模擬戦を開始する。……開始!』


 クレマチス中尉の開始の合図があるとともにユーリカとサルヴィアの機体が急旋回し互いに向かい合う。

 互いの駆る機体Sf109 メーヴェの水平最高速度は時速約五〇〇キロ。互いに急旋回したため今の速度は両者ともだいたい時速約三五〇キロくらいだろうか、だとすると相対速度は時速約七〇〇キロ、サルヴィアとユーリカの距離は三キロほど離れているため接敵まで一五秒といったところだろうか。


 その一五秒の間にサルヴィアは必死で頭を回し戦術を考える。

 相手は冷静そうなユーリカ少尉だ、下手な罠や誘導は効かないと思われる。故に小細工ではなく純粋な技量で勝負しなくてはならない。しかし相手の方が戦場にいた時間は長い、技量はこちらのほうが劣っていると考えたほうがいいだろう。

 

 相手を過大評価しすぎるのもよくないが過小評価するのは愚か者のすることだ。絶対に相手の能力は自分以上であると仮定して戦闘に臨むべきなのだ。これは前世のゲームでさんざん苦汁を飲まされた結果得た教訓だ。ゲームでの教訓とはいえ実際の空戦においても役には立つだろう。


 サルヴィアが戦術を考えている間に互いの距離は七〇〇メートル程までに縮む。実戦であればここで機銃を一連射しているころだろう。心の中で機銃の発射トリガーを一秒ほど引き、機首を一瞬急速に下げ、すぐに機首を上げる。初陣の時も使った技の一つだ。

 だが今回はそのまますぐに操縦桿を左に倒し機体を回転させる。そして体で感じる重力が普段と反対向きになると、一気に操縦桿を引く。——つまり空中で逆宙返りをする。


 完全にユーリカ機の死角に入ることができたサルヴィアはそのまま背後につこうとする。しかし、何回も実戦を経験しているからかユーリカはサルヴィアが自機の死角にいるとあっさりと見破り、回避機動をとり機体を捻る。

 そしてその回避機動にサルヴィアはついていけず、互いの飛行軌道が何度も交差するいわゆるシザースという軌道に入ってしまう。


 こうなってしまえば幾度かの実戦経験のあるユーリカに形勢は傾く。

 サルヴィアは確かに最年少エースほどの才能はあるが、それはひとえに前世でのゲームの経験、知識のおかげに他ならない。それにゲームの世界では主に三人称視点でプレイしており、主観での空戦経験はほとんどない。

 ましてや今はゲームの世界ではなく現実の世界だ。戦闘機は実際の物理法則にのっとった動きをするし、風向きなんかも大きく影響してくる。


 やはりそういった面でも実戦経験のあるユーリカの方が有利であると言えるだろう。しかし、サルヴィアにも有利な点はいくつかある。

 まず第一にこちらが初心者であるということ。一見不利な点にも見えるが、相手が少なからず油断してくれるという利点がある。

 そして第二にやはりゲームでの知識、それも航空機というものが確立されて百年程経っている世界の空戦知識だ。

 

 この世界における航空機の確立はまだつい最近のことである。故にサルヴィアが知っている空戦機動や航空機の運用法を世界が知らないということがありうるのだ。

 この利点は今回の模擬戦においてかなり有利に働くだろう。


 第三の利点としてはサルヴィアの方が前世も含めて人生経験が豊富であるということ。つまり精神的には大人であるということだ。冷静沈着なユーリカ少尉に有利に働くかはわからないが少しくらいは有利に働くだろう。


 そんなユーリカに有利な現状をサルヴィアは今持つ三つの武器を持って覆していかなくてはならない。


 このままシザースが続けば続くほど状況はユーリカに有利に働くこととなるだろう。故にあえて——サルヴィアは回避機動を止める。

 もちろんサルヴィアの背後はユーリカにあっさりととられてしまう。しかしこの状況をサルヴィアはわざと作ったのだ。操縦桿を左右に傾けながらクルリクルリと回避機動をとる。


 しかしユーリカ機はその機動に何とかついてくる。そんな中サルヴィアは徐々に回避機動を大きくしつつ、ゆっくりとスロットルレバーを引き相手にばれない程度に減速していく。そんなサルヴィアの思惑に気づかずユーリカは未だについてくる。


 そしてサルヴィア機とユーリカ機の距離がある程度近くなった時——サルヴィアは一気にスロットルレバーと操縦桿を引き、すぐに操縦桿を前に倒す。いわゆるコブラ機動に近いものだ。

 自分の体重の何倍もあるGとマイナスGが一気にサルヴィアを襲う。サルヴィアは意識を失わないように耐える。

 

 空戦というものは一瞬、刹那の時間に決着がつく。今回のサルヴィア対ユーリカの模擬戦もその例に漏れず、勝敗を分けた瞬間というのは一瞬であった。

 急速な減速の後サルヴィア機はピタリとユーリカ機の後ろにつく。


 一瞬で視界から出たサルヴィア機をユーリカはとらえきれず、そのまま二秒が経過しクレマチス中尉が無線機越しに模擬戦の終焉を告げる。


『そこまで! 今回の模擬戦の勝者はサルヴィアだ。さすが史上最年少で騎士鉄星形勲章きしてつせいけいくんしょうを授与されただけある。下から見ていたが最後の機動は私でも見たことの無いものだ』


 額に汗を浮かべ、軽く息を切らしながらサルヴィアは応答する。


「はっ、ありがとうございます。そしてユーリカ少尉もありがとうございました」


 その例に対し無線機越しの少々悔しそうなユーリカの返答がコックピットに響く。


『……。悔しいけど、私の負け。……最後なんてまるであなたが消えたみたいだった……。地上に戻ったらあれを教えてほしい』


「了解しました。自分にも最初のシザースに持ち込んだ方法を教えていただけるとありがたいです」


『……わかった』


 感情の薄そうなユーリカ少尉ではあるが後輩から頼られるのが嬉しいのか無線機越しではあるが軽く笑みを浮かべていることがわかるような返事が返ってくる。


 サルヴィアは上空で先任との有意義な会話に勤しむ。ユーリカ少尉やカトレア少尉はいわば職場の先輩のような存在になるのだ。会社でもそうだが先輩との友好な関係というものは時として上司との関係にも勝ることがある。

 ここで友好関係を築いていても損ではない。ましてやここは軍隊なのだ、仲間との関係は命に直結すると言っても過言ではない。


 空戦でたぎった血の余韻を感じながら二機は滑走路へと向かっていく。



 フラップとランディングギアを下ろしサルヴィアは滑走路に向かう。浅い角度、低い速度で侵入し地面とほぼ水平になりながら地面にその脚をつける。

 ランディングギアが地面についた瞬間ガタガタとあまり心地よくない振動がコックピットとその中にいるサルヴィアを包む。


 そしてある程度速度が落ちていくと機首は斜め上を向き、後輪が地面につく。そのまま誘導員の誘導に従って機体をゆっくりと進めつつキャノピーを後ろへスライドし開け、停止のサインが出されるとそこでサルヴィアは機体を止める。


 機体から翼を伝っておりて、地面へと自身の足をつける。そして先ほどのあつい模擬戦に思いをはせながらサルヴィアは澄み切った空を見上げ、次は部下たちが来るから早いところ着替えて軽く身だしなみを整えなければ、とやることの多さに辟易する。


 しかし第一印象は大切だ。

 部下たちが到着するまでまだ時間はあるし軽くシャワーでも浴びて汗を流し万全の態勢で部下となる者たちを迎えようと考えを改め、サルヴィアは部下となる者たちに少しの不安と期待を持ちながらその足を簡易シャワー室に向けた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート