——シックザール士官候補生学校 学生舎 ?月?日 06:03
何だ? 何が起きた? ついさっきまで外にいたんだ。それも夜の。しかし今はどうだ、いつものようにクソったれな起床ラッパにたたき起こされ、部屋前に並んでいる。一瞬あれがすべて夢なのではないかとも疑ったが絶対に夢ではない。
それにしても教官の朝の訓示が今朝と同じではないか。デジャヴというやつか?
「——我が中隊は、一時間目に近接戦闘訓練があるため朝のハイポート後は急ぎ多目的グラウンドに集合せよ。以上、解散!」
……同じだ。一時間目に近接戦闘訓練があることも今朝と同じだ……!
何だろうか、とてつもなく嫌な感じだ。いったい今は何月何日何だろうか?自分の時間間隔が正しいのであれば1月6日のはず。
日付を……、早く日付を確認せねば……!
「ねぇ、どうしたのなんか整列の時から顔色悪いし、汗もすごいよ。大丈夫?」
「え……、あぁ、フィサリスか。大丈夫。少しというか、かなり気になることがあって……。今日って何月何日だっけ?」
「サルヴィア、何言ってるの? 今日は1月5日じゃん」
「……は? ……1月6日じゃなくて?」
「何言ってんの? それは明日。疲れすぎて頭おかしくなっちゃった? それよりもほら、早く運動着に着替えてグラウンド行こ。……あぁ、小銃も忘れずにね」
……何だって? 1月5日? それは昨日じゃないのか? ……クソっ!
今はとりあえず着替えて、あのクソ重いライフル持ってグラウンドに行かなければ。
・
・
・
——同所 多目的グラウンド 1月5日……? 08:00
「んじゃあ、サルヴィア、お前が見本だ。アタシの相手役を務めてもらう。子供だからって手加減はしねェ。お前も本気でかかってこい!」
「……はっ!」
……同じだ。何もかも同じだ。この後自分が見本としてコテンパンにやられるんだ。なら、ガーベラ教官の出方も同じはず。とりあえずはじめは同じようにこちらから仕掛けてみよう。
サルヴィアは自分の記憶と同じように模擬戦用ナイフを握りしめ、ガーベラ教官に突撃する。教官はサルヴィアの手首をつかみ外側に向かい捻る。
模擬戦用ナイフはあっけなくサルヴィアの手から零れ落ち、地に墜ちる。そして教官はサルヴィアの手首をさらに捻りサルヴィア自身をも地に伏せる。
「ほら、立て! 次行くぞ!」
「はっ!」
次も同じように突撃する。教官は同じように軽くあしらおうとする。
ここまでは記憶と同じだ。しかしサルヴィアは手首を掴まれぬようひっこめ腰を急速に落とす。サルヴィアの手首を掴まんとしていた教官の手は空を切り、その隙に後ろへ回り、教官の背に模擬戦用ナイフを突き立てる。
サルヴィアのあまりの動きの良さにガーベラ教官は驚愕し、同期からは
「おぉー!」という歓声が上がる。
「おぉ! お前やるじゃねぇか! まさか一本取られるとは思わなかったぞ! これはちゃんと成績表に書いといてやるからな! いやー、生徒が優秀でアタシも嬉しいよ!」
「はっ! ありがとうございます!」
ガーベラ教官は驚きと喜びが混じったかのような顔で語り掛けてくる。
しかし、さっきのは取れて当然だ。なにせ自分は教官がどのように動くか完全に知っていたのだから。次はもうわからない、今の動きを応用して立ち回るしかないだろう。
その後はというとやはり2回目の組手の時ほどうまくはいかなかった。しかし、体感では同期達よりも一時間分多く近接戦闘訓練を経験しているのだ。前回の訓練時よりは確実に上手く立ち回れていた。
・
・
・
——同所 第13号教室 同日 13:00
やはり今回もシティスは授業中だというのに無防備に可愛い寝顔をさらしている。
もしも記憶と同じならそろそろ————。
「——であるからして、自機と敵機の位置関係がこのような場合…………」
アヤメ教官は記憶と同じようにスタスタとシティスのそばまで歩いて行き、持っている教鞭で思い切りシティスの背を打つ。
……相も変わらず痛そうである。
「痛っっっっ!」
「シティス学生、貴女は確かに学業優秀で座学に関しては中隊で次席ですね……。
しかし! だからといって授業中居眠りをしていい免罪符にはならないのですよ!
せめて居眠りがしたければ主席になってからにしなさい!
……まあ、主席だからと言って居眠りは許しませんが」
「申し訳ありません! アヤメ教官!」
あーあ、あれは痛い。絶対痛い。分かっているならせめて起こしてやればよかっただろうか? ……いや、これも実験だ、致し方ない。ほんとに自分が同じ過去を繰り返しているのかを知るためだ。……許せ、シティス。
そしてシティスが叩かれたということは、そろそろくるか……?
自分の記憶とまったく同じ状態となり、サルヴィアは身構える。
「では、空戦において今解説している状況の際どのようにするのが最適か
居眠りをする余裕のあるシティス学生…………ではなく、主席のサルヴィア学生に聞くとしましょう。ちなみにサルヴィア学生が答えられなければ二人そろって体力錬成に励んでもらいます」
きた……! まったく同じだ、それも一言一句違わずにだ。これは確定だ。
——自分は同じ一日を味わっている……!
「サルヴィア学生、時間は有限なのです。ほら、早く答えてください」
「はっ! 失礼しました!」
ここの答えはうろ覚えではあるがフィサリスが答えた模範解答を覚えている。
何ならアヤメ教官のとると言っていた行動も覚えている。いける! いけるぞ!
「私であれば可能な限り高度を落とす選択肢はとりません。あまり高度を犠牲にしない回避機動をとりつつ友軍機に無線で援護を求め、可能な限り背後の敵機を孤立させるよう立ち回り、友軍と共同で敵機を撃墜、もしくは撃退いたします。
しかし、二機以上の時は回避機動をとりながら低空に逃げます。そしてツリー・トップ・レベル、すなわち超低空で最低限の回避機動をとりながら、あとはエンジンパワーに物を言わせて逃げつつ、同じく無線で友軍機に援護を求めます」
アヤメ教官は驚き、目を丸くしてサルヴィアに対し口を開く。
「ほう、すごいですね。完璧です、まさに模範解答そのもの。これが初めての航空学の授業とは思えませんね。さすがは主席といったところでしょうか。皆さん今の回答こそこの状況における最適解です。ノートにとってください」
完璧だ。完全に相手がどう出るかわかる。これなら今晩の脱走は上手くいくんじゃないか?前回はグラウンドで見つかってしまったが、今回こそは……!
斯くして少女は新たな脱走計画を練る。
・
・
・
——同所 学生舎 同日 02:30
今回はだいたい一時間遅れての脱走だ。それに玄関からではなく今回は部屋の窓から出よう。そしてグラウンドを大きく迂回して森まで行く。
おそらく前回は当直教官室前を通り過ぎたあたりからマーガレット教官に後をつけられていたに違いない。故に今回は中央ホールを通らないルートだ。
一番の問題は森に入ってすぐに視界が暗転して次の瞬間には1月5日の朝、ベットの中という謎現象だがこれも今回確かめねば。もしかしたら今回は起こらないかもしれないし、起きてしまったのなら原因を確かめなくてはいけない。
そのためにも今宵、自分はまた脱走するのだ。
・
・
・
——同所 周辺の森の前 同日 02:40
よし、ここまで来た。後は……、つけられていないようだ。後ろから声がかかることもない。後は森に踏み入れるだけ、森と士官候補生学校との境界線はもう目の前、
一歩跨げばそこは敷地外だ。
意を決してサルヴィアは境界線を跨ぐ。——そしてまたヒュッという音が聞こえたかと思うとサルヴィアの視界は暗転する。
・
・
・
——けたたましい起床ラッパの音が鳴り響く。
……まただ、またダメだった。しかし今回得たこともあった。
視界が暗転する直前、ヒュッという謎の音が聞こえた。おそらくあれがこのループの謎を解くカギに違いない。
……絶対だ、絶対にあの音の謎を解いてこのクソったれな士官候補生学校から逃げ出してやる……!
絶対に異音の正体を見破ってやるという新たな決意を固め少女は起床動作を行う。
——その日、少女は輪廻の牢獄に囚われた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!