————天井のスピーカーからけたたましいラッパの音が鳴り響く。
「はっ⁉ 何事⁉」
「おはよう、サルヴィアは昨日来たばかりだからわからないよね。これは起床ラッパ。最初はあたしもそうなったよ」
フィサリスがニコニコと笑いながら声をかけてくる
これが起床ラッパか……、こんなので毎日起こされるなんて最悪だな。
前いた世界にも自衛隊という組織がいたが、こんなので毎朝起こされてたのか、ほんとご苦労なことだ。
「じゃあ、とりあえず顔洗って食堂に行こっか。今までルームメイトがいなかったから一人で食べてたんだ。サルヴィアが来てくれてよかったよー! あっ……、あとこれ、学生のバッジこれを胸のところにつけといてね」
斯くして彼女たちは食堂へ向かう。
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「……あっ! サルヴィア、あそこのテーブル一人座ってはいるけどちょうど二人分空いてるよ!」
「うん、じゃああそこにしようか」
少女たちはちょうど二人分空いているテーブルを見つけ、そこで独り朝食を黙々と摂る小柄で可愛らしい少女に声をかける。
「すいません。二人なんですけど、ここ座ってもいいですか?」
「えぇ、別にいいわよ」
「ありがとうございます」
先に席に座っていた少女はサルヴィアとフィサリスを一瞥し食事を続ける。
「ありがと、あたしはフィサリス、この子はサルヴィア。部屋は違うけどよろしくね!」
「よろしく、ところであなた達苗字は?」
急に興味を持ったように、たいして興味の無さそうだった彼女の目が光る。
「私は生まれてからずっと孤児で、サルヴィアは記憶を失くしているところを拾われて孤児になったから二人とも苗字が無いんだよね」
それを聞いた少女は瀕死のネズミを見つけた猫のように意地悪く微笑む。
「そう、あなた達孤児なの。苗字が無いなんて可哀そ。ちなみに私は『シティス・ジェラニオム』以後よろしく。孤児さん」
厭味ったらしくそれでいて上品にシティスは自己紹介をする。その最悪な挨拶に対しフィサリスは意に返さぬかのように問いかける。
「よろしく、“シティス”。でも、
“苗字があるのにどうしてこんなところにいるの”?」
「うぐっ……、あ、あれよっ、家族のためにここに志願したの!決して家族に売られたとかじゃないんだから!」
「じゃあ、“家族のために”頑張らないとね。改めて同期としてよろしく」
「ふんっ、あんたたちのことは覚えておいてあげる。あたしの朝食を最悪にした奴らってね!」
そう言うとシティスはトレーを持って足早に返却品に行ってしまった。
「ちょっとむかつく奴だったね。でもまあ苗字持ちであることに誇りがあったみたいだしあれだけコケにされたら少しは懲りるんじゃないかな?」
「えっと……、うん、そうだね……」
怖っ、我が友人ながらおそろしいわ、フィサリスだけは怒らせちゃいけないやつだ絶対に怒らせないようにしておこう……。
その日少女は己が友人の秘めたる怖さに気づいたのだった……。
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——シックザール士官候補生学校 大講堂 1月1日 08:30
「ようこそ、シックザール士官候補生学校へ。
我々職員一同、諸君らを心より歓迎する。自己紹介が遅れたが私はこの士官候補生学校の学校長を務める『エカテリーナ・ウラジーミロヴナ・リヒトホーフェン』少将だ。今後諸君は士官候補生として————」
あの人最初にマーガレットさんと挨拶に行った人だよな……。まさか学校長だったなんて……、というか少将⁈ めちゃくちゃ階級高いじゃないか!
「————となる。気を引き締めて生活、訓練にあたってほしい。以上だ。」
少将は壇上から降り、入校式の司会を務める女性が代わりに壇上へと上がる。
「各員、先の組み分けにあった通りに順次起立、主任担当指導教官について退場せよ。では第101訓練飛行中隊起立!」
一斉に該当する生徒が立つ。そのまま担任について退場していく。
——ヤバイ、ボーっとしてたから自分がどこ所属かわからない……!
えっ、どうしよう!
サルヴィアが一人焦っている中次々と中隊が退場していく。
「——第113訓練飛行中隊、起立!」
すぐ横に座っているフィサリスを含む十数名が立ち上がる。
……がしかし一向に退場していかない。
「……第113訓練飛行中隊、起立!」
フィサリスが小声で話しかけてくる。
「ちょっと! サルヴィアはあたしと同じ第113中隊だよ!はやく立って!」
サルヴィアが慌てて立つと周りからクスクスという微かな笑い声が聞こえる。
……やってしまった、入校式から何たる失態! 穴があったら入りたいほどだ。
クソっ!
ちらりと周りを見回すと教官席に座るマーガレットさんと目が合った。誰がどう見ても不機嫌だ。コーヒー豆をダース単位で嚙み締めたかのような顔でこちらを見ている。自分が推薦した子供が失態を犯し、自分の顔に泥を塗られたから怒っているのだろうか?
……いや、なんか違う気がする。それにとてつもなく嫌な予感が——
サルヴィアがそんなことを考えているうちに司会の女性が口を開く。
「第113訓練飛行中隊、主任担当指導教官『マーガレット少佐』!」
「はっ!」
最悪だ……、よりによってあいつがうちの担任なのか……。
そういえばここに着いた日の学校長に挨拶をした後に自分が担当だみたいなこと言ってたな。
……クソっ! あの時はイライラしていて聞いてなかった……!
「第113訓練飛行中隊はマーガレット少佐について、第13ブリーフィングルームへ行くように」
クスクスという笑い声とともに第113訓練飛行中隊は大講堂を後にした。
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——シックザール士官候補生学校 第13ブリーフィングルーム
全員が整列する中、マーガレット、ガーベラ、アヤメが前に並んでいる。そんな静寂と緊張が支配する中マーガレットが口を開く。
「今日から貴様ら第113訓練飛行中隊の主任担当指導教官となったマーガレット少佐だ。こちらは貴様らの実技、戦闘訓練を担当するガーベラ少佐。そしてこちらは主に座学を担当するアヤメ少佐だ。」
そしてマーガレットさんは一度佇まいを正してもう一度口を開く。
「今朝までのんびりと生活し世間様と同じような生活を送っていた奴が大半を占めるであろうから言わせてもらう! 貴様らは蛆虫だ! いや、蛆虫の方がまだタンパク質として優秀なくらいだ! そんな蛆虫以下の存在をこれから使えるパイロットにまで育て上げやる! それ相応に辛いものだと覚悟しておけ! …………返事はどうした!」
「「はい!」」
「はいじゃない! “はっ”! だ、短く区切れ!」
「「はっ!」」
「まだ声が小さいが、よろしい。
……そんなことより、先ほど大講堂で大佐殿の呼びかけに応じず起立しなかった阿呆がいるな。……前へ出ろ! サルヴィア!」
あぁ、最悪だ、最悪だ、最悪だ! 何でこんなことになるんだ! いつもいつも!
「っ……。はっ!」
「貴様……、よくも中隊の顔に泥を塗ってくれたな!」
瞬間、軽快な音とともにサルヴィアの視界が右を向く
「痛っ!」
「何が痛いだ! 甘ったれるな!」
おいおいおい、ぶたれたぞ! 子供をぶつか⁉ 普通⁉
——親父にもぶたれたこと無いってのに‼
「申し訳ありませんでした! マーガレット“さん”!」
「……誰が、マーガレット“さん”、だ! マーガレット少佐だろうが! このたわけが‼」
再び軽快な音が部屋に響く。
「ぐっ……!」
二度もぶたれた……! クソったれ!
「ほう、今度は声を上げなかったな、それは誉めてやろう。
……だが罰としてグラウンド20周を命じる!」
「——ふっ、これだから苗字無しは……」
静かなブリーフィングルームに聞こえるか聞こえないかわからない程度の声が響くしかし、それを聞き逃さなかったマーガレット少佐は怒りの矛先をその声の主へと向ける。
「おい、貴様、今何と言った?」
「は、はっ! これだから苗字無しは。と言いました……!」
「ほぅ、貴様、名前は?」
「シティス……、シティス・ジェラニオムです! 少佐!」
「シティス・ジェラニオムか、苗字があるとはたいそうなことだ。では、シティス、私の名はなんだ? 言ってみろ」
「マーガレット少佐です!」
「そうだマーガレットだ。……苗字はない」
そこでシティスは己が失言を悟り、しまったと顔を真っ青にする。
「貴様は苗字が無ければたとえ教官であれ侮辱するというわけか……、随分と肝がすわった蛆虫だな‼」
「い、いえっ! 決して少佐を侮辱する意図で申し上げたのでは——」
シティスの発言を遮るようにマーガレット少佐が怒鳴る。
「そこに意図があったかどうかではない! 結果として私含め、ガーベラ少佐及び、アヤメ少佐を侮辱する結果になったと言ってるんだ! たわけ!」
「も、申し訳ありませんでした……」
「ハッ……、謝罪するくらいなら最初から言うんじゃない。それとこれは中隊全員に対しても言う。苗字があるやつはたった今から自分の苗字を捨てろ。自分で此処を受験した者、親に売られたもの、色々いるだろうが貴様らは今日から孤児として扱われる。ここではみんな平等に蛆虫として扱われるから覚悟しておけ!」
「「……はっ!」」
「では、シティスはサルヴィアと一緒にグラウンド20周だ! ほら! 早く私の前から失せろ! 他のものは自由時間だ。新年くらいは人として生活させてやるという学校長の温情だありがたく休日を楽しめ! 以上!」
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——太陽は傾き、朱色の光がグラウンドを包む中二人の少女が走っていた。
「……ぜぇ、はぁ、……あ、あと5周……」
あ゛ぁ゛ぁ゛、ヤバイ、めっちゃキツイ。大体これ一周何メートルあるんだ?だいたい500メートルくらいか? というかあいつを5回は追い抜いたぞ、ということはあいつはまだ十周くらいか。
苗字も捨てさせられてちょっと可哀そうだし一緒に走ってやるか。
「……ぜぇ、はぁ、……なぁ、シティス、今何周?」
「ぜぇ、……うぐっ、11周だけど……何? バカにしに来たの?」
「なぁ……? お前泣いてるのか?」
「……当り前じゃない! どうせ私は口減らしにここに売られた女よ!
嗤うんなら嗤えば⁉」
そうか……、こいつは自分で此処を受験したんじゃなくて親に売られたのか……、なおさら可哀そうになってきたなぁ……。
「ほら、私が先を走って風よけになるからピッタリ後ろをついてきて」
「なによ急に、恩を売ろうってわけ?」
「違う、同じ中隊だから少しは助け合ったほうがいいだろ」
「そう……、別に恩を売ったからってテストなんかで忖度したりはしないから!」
「別にいいよ、はなからそんなの期待してないし」
「そう、でも……、まぁ、ありがと」
その後二人は20周走り切り、サルヴィアは自分のベッドで泥のように眠った。
——その日少女は、友人を手に入れた。
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