——シックザール士官候補生学校 第13ブリーフィングルーム 12月30日
厳かな雰囲気の中マーガレット教官のよく通る声がブリーフィングルームに響く。
「今から第113訓練飛行中隊、航空徽章授与を行う! 名前を呼ばれたら前へ出ろ」
第113訓練飛行中隊の同期達がブリーフィングルームにずらりと並び、皆休めの姿勢をとっている。もちろんサルヴィアも例にもれずそこに並んでいる。ただ他と違う点があるとすれば頭に包帯を巻いていることであろうか。
何とか昨日退院し無事航空徽章授与式に間に合うことができたのである。
「フィサリス学生!」
「はっ!」
マーガレット教官に呼ばれ、威勢のいい返事とともにフィサリスが前へ出る。そしてマーガレット教官がフィサリスの制服の左胸に翼の意匠が施されたバッジをつける。
「これより貴官は少尉として任官することとなる。今後とも企業のために最善を尽くして軍務にあたれ。任官おめでとう」
「はっ! ありがとうございます!」
ビシッと敬礼をしてフィサリスはサルヴィアの横へと戻ってくる。次はサルヴィアの番だ。ようやく士官候補生学校を卒業となると流石に感慨深いものだ。
「サルヴィア学生!」
「はっ!」
前に出るとマーガレット教官の手によって自身の左胸に航空徽章が付けられる。それと同時にこれからは本当に軍人としてのキャリアを歩まねばならないという軽い絶望と、少なくとも一兵卒として前線で使いつぶされることはないという安心感が湧いてくる。
「これより貴官は少尉として任官することとなる。今後とも企業のために最善を尽くして軍務にあたれ。それに、先の戦闘における獅子奮迅ぶりは聞いている。よくやった。やはり貴官には才能があったようだな」
「はっ、過分な評価をありがとうございます!」
「ハハッ、こういう時は謙遜しなくてもいい。本当によくやった、そして任官おめでとう」
「はっ! ありがとうございます!」
その後は順当に航空徽章授与式が進行していく。中には嬉し涙で女の子がしてはならない程顔をグチャグチャにしている者もいたが、無事全員の授与が終わった。
最後の一人が元の位置に戻るとマーガレット教官が口を開く。
「以上、航空徽章授与式を終了する。次は勲章授与式に移る」
勲章授与式なんて今回のスケジュールには組み込まれていなかったぞ。とサルヴィアは訝しむ。チラリと周りを見るとみんな少々ざわついている。どうやら同期達も知らなかったようだ。
「では、サルヴィア少尉、前へ!」
「は、はっ!」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったため、多少うろたえつつも反射的に反応する。周りからは「おぉー」といった感嘆の声が聞こえてくる。
軍人としてキャリアを歩んでいくのはあまり気乗りしないが、自分のした仕事がしっかりと評価されるというのは、たとえどんな仕事に就いていたとしても嬉しいものである。
「では、騎士鉄星形勲章を授与する。また、この勲章よりも下位の勲章をサルヴィア少尉は所持していないため、騎士章とともに二級鉄星形勲章及び、一級鉄星形勲章も授与する」
士官としてのキャリアが始まって早々三等級の上の勲章が授与されるのは今後の仕事において有利に働くのは間違いない。これで今後が楽になることを祈りたいが、エースパイロットというのは常に前線に出されるものだ。今後のことを考えるとサルヴィアは喜ばしいような、嫌なような複雑な心境にならざるを得なかった。
「最下位の二級鉄星形勲章もそうだが、騎士鉄星形勲章を授与されるものとしては貴官が最年少だ。教官としても誇らしい限りだ」
普段見せないようなにこやかな顔でマーガレット教官はサルヴィアに話す。
「はっ! この勲章に恥じないような働きをいたします!」
マーガレット教官の手によって一・二級鉄星形勲章は先ほど付けたばかりの航空徽章の下に、騎士鉄星形勲章は首の位置につけられる。
勲章を付け終わると、サルヴィアはビシリと敬礼し、元居た位置に戻る。
「これにて、勲章授与式を終了する。本日より貴様らは蛆虫から立派な空軍士官となった。おそらくこれからは皆それぞれ別の隊に配属となるかと思われる。今のうちに別れの挨拶なんかを済ませておけ」
「「はっ! 今まで大変お世話になりました!」」
皆がそろってマーガレット、アヤメ、ガーベラの教官連に対し敬礼をし、謝辞を述べる。それに対しマーガレット教官はしばらく間をおいて口を開く。
「……あぁ、貴様らも今までよく頑張った。教官として安心して任官させることができる。ではこれにて第113訓練飛行中隊は解体となる。では解散!
……あぁ、言い忘れていたが、サルヴィア、シティス、フィサリスの中隊席次上位三名はこの後第113訓練飛行中隊教官室に来るように」
「「はっ!」」
いったい何なのだろうか、もしかして上位三人だけご褒美でもあるんじゃないか、教官室には誰が代表して一番に入るかじゃんけんで決めないかなどとサルヴィア、シティス、フィサリスの三人は談笑しながら教官室へと向かう。
そうこうしているうちに三人は教官室の扉の前にたどり着く。結局じゃんけんで負けてしまったシティスが代表して最初に教官室に入ることとなったため彼女は一度襟やネクタイを整えなおして扉をノックし、中から返事があったため扉を開けて口を開く。
「失礼します! シティス少尉以下二名、マーガレット教官の召還に応じ参りました」
その文言を聞いたマーガレット教官はニヤリと笑いながら話し始める。
「あぁ、入れ。……あと、もう私は教官ではないぞ」
「し、失礼しました! マーガレット少佐!」
相変わらず変なところで抜けているシティスをマーガレット少佐、アヤメ少佐、ガーベラ少佐は微笑ましげに見る。そんな教官三名の視線を受けながらサルヴィア達三人は教官室へと入り、促されたようにマーガレット少佐の対面のソファに腰を掛ける。
そして三人に対しマーガレット少佐は口を開く。
「では早速本題に入ろう。まずは任官おめでとう。そして貴官らの配属先はほかの同期達とは違ってもう決まっている。三人とも第144戦術戦闘飛行中隊配属となる」
「第144戦術戦闘飛行中隊と言えば、エレドア・クレマチス中尉のところですか」
「あぁ、サルヴィアは彼女に助けられたのだったな」
「はい、中尉達が来てくれなければ今自分はここにいません」
「そうか……。その第144戦術戦闘飛行中隊が先の戦闘にて壊滅的な打撃を受けてな、ちなみにこれはサルヴィア救出の際の被害ではないから安心してほしい。その結果、第144戦術戦闘飛行中隊は再編成されることとなった。そこで上は何を考えているのかわからんが中隊の全小隊を貴官ら新任少尉に任せようとのことらしい。実を言うと貴官らはかなり特殊なんだ。本来ならば幼年学校を経て士官候補生となるのに対しいきなり士官候補生として募集し、最年少で少尉として任官している。一応一連の小隊指揮の授業は済ませているが実戦ではセオリー通りに行くことは少ない、覚悟するように」
真剣な表情で話すマーガレット少佐を前に三人は覚悟を新たにする。そしてサルヴィアは自分を基地まで援護してくれたウィング05、ウィング06のことを思い出す。彼女らとは短い間ではあったが、サルヴィアが意識を失ってしまわないように会話なんかもしていた。
やはり、面識のある人間の死というのは少々くるものがある。
「では、そういうことだ。貴官ら明日まではここで待機、そして明日の朝09:00よりSf109メーヴェに乗って中隊と合流という流れになる」
「「了解しました!」」
「よろしい。では他に質問なんかはあるか?」
マーガレット少佐の問いかけに対しサルヴィアが質問する。
「マーガレット少佐、アヤメ少佐、ガーベラ少佐は訓練中隊解体後はどうなるのですか?」
おそらく三人とも気になっているであろうたいして重要でもない質問に対し、マーガレット少佐はやれやれといった様子で答える。
「私たちはこれから教導隊に配属となった。もしかしたら今後貴様らとも縁があるかもしれない。その時はアグレッサー部隊として貴様らをシバキ回すから覚悟しておけ」
ニヤリと笑うマーガレット少佐に対し、サルヴィア達は今度はアグレッサー部隊としてシバかれるの。と、苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後教官室を後にし、同期達と別れを告げ、身辺整理を済ませて今まで使ってきた部屋で最後となる睡眠に入ろうとしていたところ、フィサリスが話しかけてくる。
「ねぇ、私たち同じ中隊に配属になってよかったね。これからは中隊員としてよろしく」
「あぁ、よろしく。……でも中隊の全小隊の指揮を自分たち新任に任せるなんて、自分は不安しかないよ」
そんな不安げなサルヴィアに対しフィサリスはからかうように言う。
「いやー、最年少エース様が私たちを守ってくれるから私もシティスも安心だね」
「任せられるこちらとしてはプレッシャーでしかないんだけどなぁ」
そう苦笑いしながら返すサルヴィアに「ま、頑張ってねー」とまるで他人事のようにフィサリスが返す。どうやら最後の士官候補生学校での一夜は談笑のせいで長くなりそうだ。
——その日、少女たちは任官した。
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