——東部戦線 C-03地区後方拠点 太平暦1722年 12月31日 10:30
舗装されていない土むき出しの簡易滑走路に三機の戦闘機が順に着陸していく。そのまま誘導員の指示に従って機体を移動させ、サルヴィア、フィサリス、シティスの三人はその足で地上に降り立つ。地上要員に機体の格納、整備を任せた後三人は木造の長屋のような仮設中隊指揮所に向かう。
建付けの悪い扉を軋ませながら開けてサルヴィアらは中に入る。
中には一週間ほど前に自分を助けてくれたエレドア・クレマチス中尉を含め三人の女性が座っていた。飛行中隊の編成が本来十二機編成であることから考えるとあまりにも人数が少なすぎる。
それもそのはず、この第144戦術戦闘飛行中隊は数日前の戦闘で壊滅的な被害を受け、上層部が再編成のため一時的に解散、残ったのはクレマチス中尉率いる第一小隊のみなのだから。
サルヴィア達三人は試験的に中隊の主要構成員を新任のそれも幼年学校を経験していない士官だけで構成してみようといった上層部の試みで配属されたのだ。
そんなついこの前まで士官候補生だった三人に対しクレマチス中尉はどこか悲壮感を感じさせるかのような笑顔で話しかける。
「やあ、三人とも。ようこそ第144戦術戦闘飛行中隊に。まぁ、中隊と言っても今は君たちと私達計六名しかいないけどね……」
そんな中尉に対し、ビシリと敬礼してサルヴィアは口を開く。
「サルヴィア少尉、以下二名、ただいま着任いたしました!」
「……シックザールから遠路はるばるご苦労。とりあえず自己紹介と行こうか、サルヴィア少尉は知っているけど、二人のことは書類越しにしか知らないんだ」
中尉の発言を受けてフィサリスとシティスの二人も敬礼をして自己紹介を始める。
「フィサリス少尉、シックザール士官候補生学校第113訓練飛行中隊より参りました!」
「シティス少尉、同じくシックザール士官候補生学校第113訓練飛行中隊より着任いたしました!」
二人の自己紹介が終わると先任の三人は軽く敬礼をして返す。そして綺麗なウェーブのかかったオリーブブラウンのロングヘアを持つ大人な雰囲気をまとわせた女性が口を開く。
「私はカトレア、階級は少尉。第一小隊の二番機を務めているわ。年齢は十五歳で隊長の次にお姉さんだからみんなも頼ってね」
やはり戦場という極限状況は人を良く言えば大人に見せ、悪く言えば精神的に老けさせるのだろう。十五歳にしては随分と大人な雰囲気だ。
カトレア少尉が話し終わると今度は絹のように透き通った銀髪ボブヘアのクールな雰囲気の女性が自己紹介を始める。
「私はユーリカ・カサブランカ少尉、ユーリカでいい。同じく第一小隊の三番機を務めている。歳はもうすぐ十五になる。カトレアとは同期。……以上」
ユーリカ少尉が自己紹介を終えるとクレマチス中尉が自己紹介を始める。相変らずキリッとした整った顔で綺麗な黒髪のショートヘアだ。以前と違う点を挙げるならほんの少しやつれたくらいだろうか。やはり中隊が被害を受け再編成となって苦労が絶えないのだろう。
「では最後になるけど、私はエレドア・クレマチス中尉。気さくにクレマチス中尉と呼んでくれると嬉しい。年齢は十六歳、もう半年くらいで十七になるかな。この中隊の隊長を務めさせてもらっている。よろしくね」
先任の自己紹介が終わるとサルヴィア達三人は再度敬礼して今後お世話になるとのむねを伝える。
先任たちは「よろしく」と軽く返し、クレマチス中尉が口を開く。
「今日明日は元旦だから企業間の協定によって戦闘は一切ない。だから今日は親睦会を開こうかと思ってる。
ただ明日は朝から君たち新任の技能試験ということでそれぞれ模擬空戦をする。そして午後は君たちの部下となる者たちが到着することになっている。親睦会が終わった後に部下となる者たちの書類を配るから就寝前に目を通しておくこと」
中尉が話し終わるとカトレア少尉がサルヴィアに向かって話しかける。
「貴女って史上最年少で騎士鉄星形勲章を授与されたのよね?」
「はい。身に余る評価をいただいております」
「まぁまぁ、そんなに硬くならなくてもいいのよ。……それよりも明日の模擬戦が楽しみだわ。これほど若いエースなんて一人もいないだろうし……!」
クレマチス中尉は「はぁ」とため息をつきこめかみを抑える。そして何故中尉がそうなっているかユーリカ少尉が話す。
「……カトレアはこう見えて戦闘狂。明日の模擬戦は激しいものになると思われる。前に隊長とカトレアが模擬戦した時もカトレアが荒々しく戦闘機を使うから、機体に無理をさせすぎて、整備士からクレームがあった」
淡々と過去の出来事を語るユーリカ少尉に対しカトレア少尉は頬を膨らませて抗議し、言い合いになる。
「あれは私の機動についてこれなかった機体が悪いの!」
「しかし、機体性能の限界を把握できていないのは実戦でかなり不利になる。だから以前からあまり機体に無理をさせないように私は言っている」
「私だって実戦であんな無理な機動はとらないわよ! ……ただ、模擬戦ならちょっとはいいかなー? って思っただけ」
二人が言い合いになっているとクレマチス中尉が手を叩きながら仲裁に入る。
「はいはい、二人ともそこまで。新任の三人が軽く引いちゃってるじゃないか。
……まぁ、こんな二人だが、空戦の腕は私が保証する。これから三人とも新任少尉として初めて小隊指揮をすると思うけど、分からないことがあれば彼女たちに聞くといい」
まるで妹たちの喧嘩をなだめるお姉さんのようだ。——と言っても中尉はまだ十六歳。前世で言うところの高校一年生くらいになるだろうか。前世ではアラサーだったサルヴィアにしてみればまだ子供である。
しかしサルヴィア自身はまだ十一歳、本来であればまだ小学生である。それを改めて自覚し心の中で大きなため息をつく。
「「はっ、よろしくお願いします」」
サルヴィア達の返事を聞き満足げに頷いたクレマチス中尉は続ける。
「うんうん、新任達がまともそうな子たちでよかったよ。幼年学校を飛ばして、いきなり士官候補生学校に入って一年の速成教育で着任の特別な新任少尉たちだと聞いていたから、正直跳ねっ返りの強い子たちだったらどうしようかと心配だったんだ」
「もしも私たちの跳ねっ返りが強かったらどうなってたんですか?」
クレマチス中尉の言葉にフィサリスが質問する。
相変らず疑問ができたらすぐに質問しようとする癖と、平気で上官に質問できる肝の据わりっぷりは士官候補生学校の時から変わっていない。
「もしもそうだったら今頃シバキ倒してるかな」
「「——ッ!」」
士官候補生学校でさんざん味わってきたシバキという単語を聞いてサルヴィアとシティスは声にならない悲鳴を上げる。
それに対しフィサリスは別に意にも介していない様子だ。相変らずネジが外れているのか、単に肝が据わっているのか、純粋な天然なのかわからない。もはや頼もしさすら彼女に対し覚える。
「ヤバめの子だったらここでシバキを入れてたんだけど君たちがまともだから時間が余っちゃったね……。じゃあ、ちょっと早いけどもう親睦会兼新年祝いを始めようか!」
一歩間違えていたら三人そろってシバかれていたという驚愕の事実にサルヴィアとシティスは戦慄し、フィサリスは親睦会が長くなったということに喜んでいる。彼女らしいと言えば彼女らしいのだがあまりにの楽観的過ぎて親友のサルヴィアとしては心配にならざるを得ない。
そんな三者三様ならぬ三者二様な状況をよそに六人で親睦会兼新年祝いの準備を始める。
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割り当てられた一人部屋でどんぐりから作られた単に苦いだけで風味もクソもない代用コーヒーを飲みながら、渋い顔で明日到着する自分の部下となる者たち二人の書類に目を通す。
年齢の欄を見るとどちらも十三歳と年上である。肉体年齢が年上であるというのを考えると不安にならないこともないが、精神年齢に至っては事実上ほぼ三十歳という中隊最年長どころかマーガレット教官たちよりも年上なのだ。不安なことを表に出さず、ドシっと構えていればおのずと部下たちはついてくるだろう。
小隊指揮の経験はないが、前世では一応会社の後輩たちはいた。
——もっとも、二年もすれば皆辞めていったが……。
サルヴィアは自身に「大丈夫、大丈夫」と自己暗示をかけながらこの体になってからは初めての一人部屋でマズい代用コーヒーを口に含む。
——その日、少女は正式に軍人として着任した。
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