その少女、異界の空にて奮戦す

社畜のオッサン、女児になって戦闘機パイロットになる
稲荷狐満(いなりこみつ)
稲荷狐満(いなりこみつ)

第10話 その少女、空を飛ぶ 1

公開日時: 2023年3月7日(火) 13:31
文字数:3,649

——シックザール士官候補生学校 格納庫 4月1日 09:00


 第113訓練飛行中隊の面々が整列する中、ガーベラ、アヤメ、マーガレットの三人の教官たちが前に並んでいる。同期はみな緊張しているのであろう、皆、神妙な面持ちで不動の姿勢をとっている。


 そんな十秒が一分にも感じられるような空気の中、マーガレット教官が口を開く。


「今日から訓練飛行を始める。練習機を使っての飛行だ。しかし、当り前だが練習機でも地面に墜ちれば無論搭乗員は死ぬ。貴様らの補充は効くが練習機は高価だ。決して機体をダメにしないように努めろ。いいな!」


「「はっ!」」


 自分たちは幾らでも補充がきくが機体は高価ねぇ……、つまり自分たちよりも練習機の方が価値があるってことか……。

 まあ、子供なんて子会社の孤児院をあたればいくらでも手に入るのだろう。せいぜい機をダメにしないように、死なないように気を付けよう。


 自分たちの価値が練習機よりも低いということを改めて実感し、サルヴィアは自意識の中でため息をつく。


「では、貴様らに貸与する機体を発表する。機体番号と名前を続けて言うからその機体に乗るように。ここを卒業するまでの数か月その機体がお前らの相棒だ大切に使え。……では、一番機、フィサリス。……二番機、サルヴィア。……三番機、——」


 自分は二番機か、あの大きく2と書かれている機体が自分の相棒か。ゲームの中をのぞけば初めて航空機というものを操縦するが上手くいくのだろうか?

 ゲームと違い操縦はジョイスティックじゃなく操縦桿だ。不安しかない。

 

 これから世話になる自分の機体に近寄り、初めてサルヴィアは大きいと感じる。離れた所から見てもあまりわからなかったが自分が少女の身体であるというのも相まって、近くに寄るとやはりでかい。そんな練習機特有のオレンジの塗装が施された二番機にサルヴィアはタラップを踏みしめ乗り込む。


 地上要員たちの補助も受けて滑走路へと機を進める。ガタガタと機体は揺れながら滑走路にたどり着く。前には教官たちの機体と一番機であるフィサリスの機体、計四機が見える。あぁ、今から離陸するのか。なんて考えていると無線機越しのマーガレット教官の声がコックピットに響く。


《教官である私達から離陸する。離陸する際は呼ぶから呼ばれたら順次離陸しろ。シュミレーターで練習したとおりにすれば大丈夫だ落ち着いてやるんだ》

 

 無線が切れると教官たちが空へと上がっていく。離陸が終わった教官たちは上空で旋回し中隊員が上がってくるのを待っている。


《では、一番機、離陸せよ》


 無線が切れるとフィサリスの乗る一番機はスロットルを開き、エンジンの回転数を上げ加速していく。速度がある程度早くなると機体はふわりと離陸していった。

 そしてそのまま教官たちの後ろについていく。


《二番機、離陸せよ》


「はっ!」


 次は自分の番だかなり緊張するが、シュミレーターでやった感じ、思いのほかゲームと変わらない。しかしいざ実際に飛ぶとなるとやはり緊張する。


 サルヴィアは緊張しながらもスロットルレバーを押し込んでいく。少しずつ機体が速度を上げていっているのがわかる。ガタガタと揺れ、機体が軋んでいる音が聞こえる。ちゃんと飛べるのかという不安がピークになった頃、機体の速度は離陸可能速度となった。


 そしてサルヴィアは操縦桿をゆっくりと引く。ふわりという感覚が身を包むと同時に機体の揺れと軋む音が小さくなった。そのまま徐々に機首は上に向いていく、揺れと軋む音が完全になくなると、どんどん地上が離れていくのがわかる。

 無事離陸成功だ。


 その後次々に同期達が上がってくる。全員が空に上がり編隊を組むと再度マーガレット教官から中隊全員に向けた無線が入る。


《これから中隊を六機ずつ三分割する。1番機から5番機は私に、6から10番機はガーベラ教官に、11から15番機はアヤメ教官につけ》


 願わくばガーベラ教官が良かったが、致し方ない。しっかり操縦技術を学ばねば後悔するのは自分だ。わがままなんて言ってられない。


 その後は隊を三分割しての訓練が始まった。最初はラダー、エルロン、エレベータの使い方などシュミレーターでもさんざんしてきたことばかりであったが、実際にGがかかるとかなりきつかった。特に宙返りの練習なんかはシュミレーターとはまるで違い、かなりのGがかかる。全身の血液が下半身に集まっていくのがわかるほどで、一瞬意識が飛びかけた。


 技術水準が前世とほとんど変わらずスマホのようなものすらあるのに、この世界における戦争の技術というのはほとんど第二次世界大戦初期くらいしかなく、よくゲームなどで見かける対Gスーツというのはないらしい。教官に聞いてみたが


「そんな便利なもの聞いたこともないぞ、そんな夢物語を語るくらいならとっととGに慣れろ」


 と、一蹴されてしまった。あれがあれば幾分楽だったのかもしれないが無い袖は振れない。今は我慢するしかない。


 しばらく操縦練習をしたあとマーガレット教官からの無線が入る。


《そろそろ、本物の航空機を操縦するのには慣れたか?》


《一番機フィサリス、私は慣れました》


「二番機サルヴィア、自分も粗方慣れました」


《三番機、私も大丈夫です——》


 マーガレット教官は皆が慣れたことを確認する再度無線にて呼びかける。


《皆、慣れたようだな。ではこれから模擬空戦を始める。……が、いま貴様ら練習機は五機編成だ。二機で組んで模擬戦をしてもらおうかと思ったが、一人余る。……私と模擬戦したいというやつはいるか?》


……でたっ! 二人組になって余った奴は先生と組まされるという、おそらく誰しもが見たり経験したことがある地獄……!

……くっ! 自分の学生時代のトラウマがっ……!


……だが、操縦にもある程度慣れたし、教官の技術というのは是非見ておきたい。

もはや、軍人になるという運命からは逃れられないんだ。せめて戦場で上手く立ち回れるようにせねば。


 いくら死んでも戻れるとしてもこの死に戻りにも回数があるかもしれない。死ぬ回数を最低限に抑えておいて損はないだろう。教官の空戦技術を見て盗もう、今回だけですべてを身に着けることはできないだろうが。絶対に将来役に立つのは間違いない。


「……誰も申し出ないのでしたら、自分と模擬戦をしていただけませんか?」


《……ほう、いいだろう。では、サルヴィア以外の者は残りでペアを組め。相手の後ろに二秒ついたら勝ちとする。以上、各々模擬戦に励め》


 教官の操縦技術とはどんなものなのだろうか? せめて自分にも再現できる程度であるといいが。


《じゃあサルヴィア、始めるぞ。貴様は高所からのスタートでいい、ハンデってやつだ》


「了解」


 随分となめられているようだ。前世のゲームの知識のおかげである程度操縦には自信がある。もしかしたら今のところ同期の中では一番上手いくらいじゃないだろうか? ……よしっ、やってやる!


 斯くしてサルヴィアとマーガレットの模擬戦が始まる。

 やはり高所をとっているサルヴィアの方が有利である。高度を速度に変換し教官機に追いつく。しかし、流石にピタリとは後ろにつかせてくれない。最低限の回避機動で上手く逃げている。


 そして教官機が急速に速度を落としたかと思うとクルリと回り後ろにつかれる。

流石だ、一瞬のうちに立場が逆転してしまった。

 今度はこちらが逃げる番だ、何回か旋回しつつ速度を徐々に落としてく。そしてスロットルレバーを引き、急速に速度を落とす。一気に操縦桿を引き、機首を一度上げてすぐに操縦桿を押し込んで機首を下げる。教官機が前に出てくる、再度後ろをとることができた。


 しかし、その後またしても後ろをとられ、旋回戦時のGに耐えかねて旋回を途中でやめてしまったサルヴィアは教官に敗北した。

 何回か模擬戦が終わった後、無線機越しにマーガレット教官が中隊全員に呼びかける。


《よし、以上だ。皆、次は着陸だ。飛行機というのはいずれは地に戻らねばならん。故に着陸からは逃れられん。シュミレーターどうり落ち着いてやるんだ、離陸よりも圧倒的に難易度が高いから注意するように。では一番機から順に着陸せよ》


「「了解!」」


 フィサリスの乗る一番機が着陸していく。何度かバウンドして無事着陸する。

今度は自分の番だ。速度を落としランディングギアを下ろし、フルフラップで着陸する。

 着陸寸前機体を水平にしなくてはならず、地面が見えずとてつもなく怖い、そしてランディングギアが地面に触れた途端機体がガタガタと揺れる。そして速度が落ちると後輪が地面に触れ、徐々に速度が落ちていく。そして誘導員の誘導に従い格納庫近くまで機体を進め、完全に停止する。


 キャノピーを開いたとたん春の新鮮な空気がコックピットに流れ込んでくる。

息の詰まるコックピットから降り、あとは整備員たちに機体を任せる。

 自分は今日空を飛んだのだ。模擬戦では負けたが、幼い頃の夢がこんな形ではあるが叶ったのだ。


 サルヴィアは清々しい気分で同期達が帰ってくるのを眺める。



——その日、少女は空を飛んだ。



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