——太平暦1723年 1月1日 C-03地区後方拠点 15:30
長く綺麗なプラチナブロンドの髪を大まかに後ろで束ね士官服に身を包みサルヴィアはこれから自分の部下となる二人の少女の元へと向かう。
相変らず建付けの悪い中隊指揮所の扉を開けると二人の少女がこちらに向かい敬礼してくる。そんな二人にサルヴィアはできる限り堂々とそれでいて淡々と声をかける。
「お前たちが第二小隊の補充要員だな?」
「貴女は? 私たちと同じ第144戦術戦闘飛行中隊ですよね?」
ショートヘアで謙虚そうな少女がサルヴィアに問いかける。大方、自分よりも年下に見えるから同じ階級だと思っているのだろう。
一方で茶髪で髪をまとめている方の少女はサルヴィアの階級章を一瞥し困惑した表情を浮かべる。
「あぁ、同じ中隊で、お前たちの小隊の小隊長を務めることになったサルヴィア少尉だ」
「しっ、失礼しました! 少尉!」
謙虚そうな方が先ほどの態度を謝罪し、慌てて敬礼をする。
まるで士官候補生学校に入校したての頃の自分たちを彷彿とさせるような彼女たちに対し、ほんの少し前までは自分たちもこんなだったと過去に思いをはせ、マーガレット少佐が自分たちに対しどんなふうに教官としてふるまっていたかを参考にしようと思い出す。
サルヴィアがマーガレット少佐の立ち振る舞いに関して思考を巡らせていると二人のうち片方の金髪で綺麗に髪をまとめた少女が自己紹介を始める。
「カミラ・ミハイロヴナ・シィプレ伍長、シュタイン・シュタット航空学校より着任いたしました!」
航空学校からの着任となると、どうやらシィプレ伍長は自ら航空学校を受験してここに来たようだ。名前にミドルネームがあることから考えるに、わざわざ軍人にならずとも十分暮らしができるほど裕福な家庭の出身であるとなんとなく予想できる。
にもかかわらずここにきているということはパイロットに憧れがあるか、ただの死にたがりかのどちらかだろう。
そんなことを考えながらサルヴィアはもう一人のオレンジがかった暖かな髪色でショートヘアの方の少女に自己紹介を促す。
「そちらは?」
「はひっ、はいっ! ストレリチア伍長です! ドルフ・シュタット孤児院付属航空学校より参りましたっ!」
ストレリチア伍長はシィプレ伍長とは違い孤児出身のようだ。
となるとサルヴィアと同じように本人はたいして軍人になりたいわけじゃないのかもしれない。
自分と同じ境遇なのかもしれないということを考えサルヴィアはストレリチア伍長に問いかける。
「貴官は自分から志願して軍に入ったのか? ……別に企業に対する忠誠心を聞いてるわけではない。純粋に私が気になったから聞いているだけだ。返答によって今後の貴官に対する扱いが悪くなることはないと誓おう。安心して答えてくれ」
「い、いえ……。恥ずかしながら、孤児院で行われる適性検査に合格して入隊義務が課せられたので入隊いたしました……」
「ふむ、なるほど。答えにくい質問に答えてくれて感謝する。そして一軍人として貴官の義務に対する態度には敬意を示そう」
「……あ、ありがとうございます!」
どうやら彼女も志願して軍人になったわけではないようだ。それを聞いたサルヴィアは少々ストレリチア伍長に同情する。
チラリとシィプレ伍長に視線を移すとストレリチア伍長が徴兵によって入隊したことを聞いたシィプレ伍長は横目に彼女を軽蔑して見ている。自分は志願してきているのだ、多少なりともストレリチア伍長を下に見ているのだろう。サルヴィアとしてはあまり気分がいいものではない。
そんな感情を無視して一応シィプレ伍長にも質問する。
「シィプレ伍長、貴官は航空学校卒といったな?」
「はっ! 自ら受験し入学させていただきました!」
自信満々にそれでいてストレリチア伍長への当てつけかのように胸を張って答える。その回答に対しサルヴィアはさらに質問を重ねる。
「一応聞くが、貴様は何故軍に入った? 本心を答えたまえ」
「はっ、小官は企業の勢力拡大の一助となれるよう志願いたしました。企業のためであれば死も恐れません!」
軍人としては模範解答なのだろうが自分を棚に上げ同期のストレリチア伍長を蔑視するのはあまり良いものとは言えまい。人を決めつけるのはあまり良いことではないが、それにこの回答も大方嘘であろう。まるで自分が前世の就職面接のときに答えたかのような回答だ。
「貴様は死を恐れないのか。……ならば危機的な状況の際、貴様であればどうする?」
「はっ! 命を賭して一機でも多くの敵を道ずれにします!」
旧日本軍であれば花丸をもらえるほどの模範解答だろうが、その思想がどれほど多くの優秀な人材を浪費させてきたかは神風特別攻撃隊然り、歴史が物語っている。そして往々にしてこのような考えは周囲のまともな者にも被害を出しかねない。
「そうか、仮に死ぬのなら勝手に死んでくれ」
「はっ?」
「要するに私やストレリチア伍長を巻き込むなと言っているんだ。……敵を道ずれにする余力があるのならその状況を打破し、生き残れるよう死力を尽くせ」
「りょ、了解致しました……」
自信満々に答えただけに悔しいのだろう。シィプレ伍長は苦い顔をして了解の意を示す。一方で軍隊でこのように死に対して消極的な士官が意外なのかストレリチア伍長は目を丸くして驚いている。
そんな二人をよそにサルヴィアは口を開く。
「まずは着任ご苦労。移動で疲れているかと思うが休戦期間は今日までだ。故に今日中に貴官らの実力を測るために模擬戦を行う。私も一緒に飛ぶが、貴官ら二人で模擬戦をしてもらう。相手の後ろに二秒ピタリとつけば勝ちだ。では準備に取り掛かってくれ」
「「はっ!」」
・
・
・
斯くしてシィプレ伍長とストレリチア伍長の模擬空戦が始まる。
模擬戦開始の合図を送ると二機は互いに向かい合う形で距離を縮めていく。そして二機が交差するとそのままもつれ合うように互いの背後を狙って動く。
まだ決着はついていないが二人の動きから見るに腕はシィプレ伍長の方が上のようで、ストレリチア伍長は回避に精一杯といった感じだ。
急速な機動についていけなかったストレリチア伍長の背後にシィプレ伍長がつき二人はそのまま旋回戦に移る。そしてついにGに耐えかねたストレリチア伍長の背後にシィプレ伍長がピタリとつき勝敗が決する。
「そこまで。勝者はシィプレ伍長だ。ご苦労だった」
空戦で熱くなっているのかシィプレ伍長が興奮気味にサルヴィアに対し無線を飛ばす。
『サルヴィア少尉、良ければ私と一戦模擬戦をしてくださいませんか? 最年少でエースとなった少尉の実力を見てみたいのです』
ストレリチア伍長に勝っていい気になっているのか、サルヴィアに勝って心の中で馬鹿にしてやろうという意図がもろに出ている。
こうなってはサルヴィアも受けて立たざるを得ない。
「……ふむ、まぁまだ時間はあるし一戦だけならばいいぞ。しかし貴様はつい先ほど模擬戦を終えたばかりだ、貴様は私の後ろ上方からの開始だ。いいな?」
『私としてはハンデなんていらないのですが、了解しました。ありがとうございます!』
こうしてサルヴィアとシィプレの空戦が幕を開ける。
シィプレがサルヴィアの後ろ上方からの開始というシィプレにとってかなり有利な状況から始まる。シィプレはサルヴィアの機体めがけて勢いよく突っ込んでくる。
どうやらこの状況ならたとえエースであっても負けないというような自信があるようだ。そんなシィプレに対してサルヴィアはほとんど回避機動をとらない。
どんどんシィプレが速度を上げサルヴィアの駆る機体に近づいてくる。そしてシィプレ機がサルヴィア機の背後にピタリとつく瞬間、サルヴィアは急減速しながら操縦桿を一気に引き、今度は前に倒す。サルヴィアの得意技のコブラ機動もどきだ。
その急な機動についていけなかったシィプレ機はそのままサルヴィア機の前へと躍り出る。——勝負ありだ。わずか一分にも満たない時間で勝敗は決した。
「よし、満足したかシィプレ伍長?」
サルヴィアの問いに対して鼻息の荒いシィプレ伍長の声が無線機越しに聞こえる。
『もう一戦……! もう一戦お願いします!』
「……はぁ、私は一戦だけだと言ったはずだが?」
『——ッ! ……わかり、ましたッ……!』
「よろしい。では帰るぞ」
斯くしてサルヴィア率いる第二小隊は基地へと帰還する。
・
・
・
今夜も一人部屋で風味の無いただ苦いだけの代用コーヒーを啜りながらサルヴィアはため息をつく。
「……はぁ、部下の一人は謙虚そうで良さげだが空戦の実力は並み以下、もう一方は性格は悪く、自信過剰だが空戦の実力は並み以上。何とも微妙な部下たちだ……」
もう一口代用コーヒーを啜った後サルヴィアは続ける。
「わがままを言えばもうちょっと二人の中間くらいの部下が欲しかった。……わがままを言ってもしょうがないな、とりあえず彼女らを使える部下まで育て上げよう。
…………それにしてもこの代用コーヒーはクソマズいな、今度から紅茶にするか? いや、紅茶はもはや渋いだけのお湯だという評判もあるしこのコーヒーで我慢するか。……はぁ」
代用コーヒーに文句をたれながら部下たちを今後どうするかサルヴィアは考える。
——その日、少女は部下を持った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!