——太平暦1722年 12月31日 シックザール士官候補生学校 学生舎内
「ここが今日から貴様が過ごすこととなる部屋だ。ルームメイトは一週間前に着いている」
マーガレットさんもとい、マーガレット少佐に連れられリノリウムの床を踏み鳴らしある部屋の前へとたどり着く。
「私は仕事があるから教官室に戻る。此処の詳しいことはルームメイトにでも聞け」
そう言うと彼女は今来た道を引き返して行ってしまった。
…………あぁ、クソっ! 確かにホイホイついてきた自分も悪いが、詐欺まがいの勧誘、それも逃げ道をつぶす徹底ぶり……。ヤバすぎるだろ、あの詐欺師。
今ここで死ぬか、死ぬかもしれないの二択だったら誰もが後者を選ぶだろう。
……はぁ、これでルームメイトまで最悪だったらどうしようか?
鉛のように重く感じる扉を開けサルヴィアはほぼ同い年の綺麗な赤髪の少女と邂逅する。
「こんにちは! あたしは『フィサリス』。明日が入校式だってのに来ないから、あたしだけルームメイトがいないのかと思ってたよー」
「……え、あぁ、私はサルヴィア、よろしく。いきなりなんだけど質問いいかな?」
「いいけど……、何?」
「何で君はそんなに明るく振舞えるんだい? 君も詐欺まがいの勧誘に遭ったんじゃないのか?」
「いや、私は生まれた時からR&Hインダストリーの子会社の孤児院にいて、そこのテストでいい成績をとったからマーガレット少佐に推薦していただいたの」
どうやらこのフィサリスという少女は自分の意志でここに来たようだった。
「ほかにも自分からここを受験した子や、家族に行かされた子なんかもいるみたい。どうも子供が士官候補生学校に採用になるとまあまあのお金がもらえるみたいよ」
家族が子供を⁉ 身売りが合法なのか、この世界は⁉
「ちなみに貴女は何でここに来たの? やっぱりパイロットになりたくて?」
「いや、私はマーガレットさんにほとんど騙される感じで連れてこられた」
「そう……、それは災難だったわね」
「ほんと、災難だよ神なんていないんじゃないかって思える程に——」
そう話した瞬間、部屋の空気が凍り付き、フィサリスは顔を真っ青にして怒鳴る。
「冗談でもそんなこと言っちゃダメ! 誰かに聞かれたらどうすんの⁈」
「えっ……」
つい宗教というデリケートな話題に触れた自分も悪いが、そこまで怒鳴るか?
というか誰かに聞かれたらまずいのか?
「神様の存在否定は絶対にしちゃダメだって習わなかったの⁉」
「いやっ、私は生まれた時から数日前までの記憶が無くて……、この世界ではそんなに神様が大切なの?」
「……そう、なら仕方ないね。じゃあ、一から教えてあげる」
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フィサリスに教えてもらったことをまとめると……。
今から約70年前この世界には神の存在を虚構として見世物の戦争を止めようとした運動『虚構革命』が起こった。しかし当時の企業連合体制が崩壊することを恐れた企業連は革命を鎮圧、結果として民間人にも大きな被害が出てしまい、それ以来神の存在否定をするものは危険分子として処分されてしまうのだという。
ちなみに、見世物の戦争を止めればもっと平和なんじゃないかと聞いてみたが、神の言葉を記した聖典には
“大闘争とならぬよう適度に争い、己が闘争心を満たし、互いを間引き、繁栄せよ”
という言葉があるらしくこの世界の人間はその言葉を馬鹿正直に守っているようだ。
——確かに言わんとすることは分からなくもないが、戦争を勧めるのは神じゃなくてもはや悪魔なんじゃないか……?
「ちょっとはこの世界のことわかった?」
「あぁ、うん、ある程度は分かった。わざわざ教えてくれてありがと」
「気にしないで、……ここだけの話、あたしもあんまり神様の存在は信じてないの」
「えっ、……なんで? 信じるのがこの世界では普通なんでしょ?」
「だって、神様がいたら私は生まれてすぐに捨てられず、生まれた時から孤児だなんてことないでしょ? それにあなたみたいに不運な目に合う人だっている。ほんとに神様が万能の存在ならこんな残酷な世界作るわけないもん」
「そっか……」
——フィサリスのあまりに悲痛で的を得た発言にサルヴィアは言葉を失う。そんな悲痛な発言が嘘だったかのようにフィサリスは明るい顔で付け加える。
「このことは二人の秘密ね、密告とかしないでよね!」
「もちろん! これは二人だけの秘密だ!」
「じゃあ、これからはルームメイト兼、友達としてよろしくね!」
二人だけの秘密か……、いいものだ。
大学でも友人なんて数えるほどしかいなかったし、社会に出てからは友人なんてそうそうできるものじゃなかった、友人ができるのなんて何年ぶりだろうか? ——“友達”か、いい響きだ……。
「ははっ、じゃあ、これからは友人としてもよろしく、フィサリス」
「うん、よろしく。にしても、サルヴィアって男の子みたいなしゃべり方だよね。……実は男の子だったりして」
「えっ、まぁこっちのほうがしゃべりやすいし、なんかしっくりくるんだよ」
「そうだよね、そんなお人形さんみたいに綺麗なブロンドの髪と蒼い眼の男の子なんていないよね」
「そこまで綺麗じゃないと思うけど」
「いや、本当にお人形みたい。パイロットって皆の憧れの的として放送されたりするからサルヴィアはパイロットに向いてるんじゃない?」
「そんなに褒められると照れるけど、ありがと」
パイロットには容姿もいるのか……、幸い自分は容姿も良いみたいだし、どうせ軍人になるんならパイロット目指してみようか。
——ほんとはこんなとこからおさらばして普通の暮らしをしたいものだが。
「じゃあ、明日は入校式が八時半からあって六時に起きなきゃいけないみたいだから早く寝ましょ」
「分かった。じゃあお休み、フィサリス」
「お休み、サルヴィア」
——そして彼女たちは明日あるという入校式に備え眠る。
その日、少女は久方振りに友人というものを得た。
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