——シックザール士官候補生学校 第113訓練飛行中隊教官室 4月1日
今は昼休みで自由時間だ無論教官たちにも休み時間というのは必要だ。
まぁ大抵の場合次の授業の準備や書類仕事などに潰されるのだが。
しかしこの日は午前中をすべて使っての訓練飛行があったため学校長の計らいもあり第113訓練飛行中隊の教官たちは少し長めの(といっても一時間程度だが)昼休みとなっていた。
アヤメは相も変わらず真面目で次の授業に関する本を読んでいる。逆にガーベラはソファに横になってお気に入りのマンガを読んで笑っている。
そして当のマーガレットはというと、ある生徒のことについて考えていた。
先の模擬空戦にて初心者としてはありえない程の空戦機動をしてみせた少女だ。
道端で初めて会った時から子供にしては大人のように濁った眼をしているとは思っていたが、せいぜい今まで壮絶な人生を歩んできたのだろうとしか思っていなかった。
しかし、なんだあの空戦機動は、いくらシュミレーターを使ったとはいえあの動きをいきなりできるなんて思えない。
……だとしたら、もしかすると彼女は——
「おいおい、マーガレットさっきから何考えこんでるんだ? 折角休みもらったんだからよぉ、なんか好きなことでもすりゃあいいのに」
「え、あぁガーベラ。ちょっと気になる生徒がいてね……」
「そりゃサルヴィアのことか?」
「そうね。あの子はほかの同期と違ってかなり異質よ」
本を読んでいたアヤメも読むのを止めこちらの会話に加わる。
「そうですね。彼女は異常です、異常なほどに聡明で年の割には賢すぎます。それでいて、こう……、達観していると言いましょうか、そんな方ですね。そしてまるで——」
「“先を読んで行動してる”……ってか?」
「ええ、彼女は授業中私の考えていた模範解答をほとんど言い当てました。あれはかなり驚きましたね。かなりの逸材です、マーガレットが詐欺まがいの勧誘をしたのも頷ける気がします」
苦笑いをしながらアヤメはマーガレットに対し話す。しかし詐欺まがいの勧誘をしたことについて反対ではないようだ。むしろこの反応から見るに賛成なのだろう。
「えぇ、最初会ったときは普通に勧誘しようと思ったのだけど、話をしているうちに彼女の年の割にいきすぎた聡明さが目立ってね、絶対に逃さないように考えていたらほとんど詐欺な勧誘になってしまったわ」
「ハッ、サルヴィアにとっては災難だよなぁ、孤児院だと思ってついてきたら士官候補生学校でしたなんて。アタシだったらマーガレットをぶん殴ってるね」
そう言い豪快に笑いながら殴るふりをしている。勧誘したサルヴィアが彼女のような単純な思考じゃなくてよかったとマーガレットは思い、笑う。
「…………でもみんな考えていることは同じなんじゃない?」
一気に三人の表情が真剣になる。
「あれはこの均衡した戦線を動かすカギになる」
マーガレットのその一言を聞き二人とも頷く。どうやら三人とも考えていることは同じなようだ。では次に考えるのは彼女を今後どうしていくかだ、まずは上官に報告すべきだろう。
そのためにも書類をまとめなくてはならないがそれは卒業後の実地研修で書類作成の有無を決めよう。まだ彼女が本物の逸材か否か判断するには早すぎる。しかし注目に値するのは事実だ、今後とも注目しておこう。
そう考えているうちに休み時間の終焉を告げるチャイムが鳴る。また忌々しい書類仕事に戻らなくてはならない。
「かーっ! まだマンガ読み終わってねぇってのに。……クソっ、次は近接戦闘訓練か、アタシ急いでいかねぇと間に合わねぇじゃん!」
「ガーベラ、貴女がスケジュールを見て、前もって動かないのが悪いんですよ。
せいぜい生徒たちの前で遅刻して醜態をさらさないようにしてください」
「るっせぇ、アタシはお前みたいにお固い生き方してねぇんだよ」
そう言いながらガーベラは走って教官室を飛び出していく。実に彼女らしい。
そんな彼女をやれやれといった様子でアヤメも送り出す。士官学校の時と変わらず微笑ましい光景だ。
そんなこと風景を横目にマーガレットは忌々しい書類仕事に戻る。そして考える。
……あぁ、ずっと空を飛べたらいいのに、と。
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——同所 滑走路上の練習機 機内 4月5日 09:00
ガタガタと機体が揺れる。そしてふわりという感覚と共に機体は上がっていく。
流石にもうこの感覚にも慣れてきた。しかし自分が大好きな空を飛んでいるという事実はサルヴィアを興奮させる。
中隊全機が空に上がった頃マーガレット教官からの無線が入る。
《いつも通り五機に分かれての模擬戦だ、以上》
その無線が終わるとみんな割り当てられた教官の元に向かう。
さて、ここからは模擬空戦のお時間だが今日は誰としてみようか、たまには教官以外とやってみるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると唐突にマーガレット教官からの無線が入る。
《サルヴィアは私と組め、それ以外は各々自由にペアを組め。いっそ二対二でチーム戦をしてみてもいいぞ》
あぁ、畜生、自分もチーム戦やってみたかった。絶対楽しいだろうに、クソっ。
《ではサルヴィア、今回も始めるが今回は互いに同じ高度からのスタートだ。要するにハンデ無しで行く、死ぬ気で喰らいついてこい!》
「了解」
ついにハンデ無しか、自分の実力が認められたのだろうか? ……いや、それはない。今まで教官に模擬戦で勝てたことすらないのだから。おそらくコテンパンに負かして鬱憤を晴らしたいだけだろう。……合コンで失敗でもしたのだろうか?
そんなことを考えていると模擬戦が始まる。最初はあっさりと背後をとられた。しかしそこで諦めるほどサルヴィアもやわじゃない。一気に速度を落とし、機首を上げて戻す。マーガレット教官の機体がサルヴィア機の前へと躍り出る。さんざん前世のゲームでやってきた機動だ。確かコブラ機動と呼ばれる空戦機動だったはずだ。
しかしそこでやられてくれるほどマーガレットの腕は低くない。クルリクルリと回避しながら照準器に収まってくれない。あと少しなのに。
かと思ったら急に上昇を始める。しかしそれにも何とかサルヴィアは喰らいついて行く。
教官機は上昇中もギリギリのところで回避していく。あと少し、あと少しと追っていくと、途端にふわりとした感覚がサルヴィアを襲う。——失速だ。ゲームでもこれには気を付けていたというのにいざ実際に獲物を前にすると欲が出てしまっていた。
その後はなすがまま負けてしまった。あそこで深く追っていなければ、否、追わされていなければもしかしたら勝てたのかもしれない。しかし今回の模擬戦はいい勉強になった。これは実戦で使わせてもらおう。
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未だに恐怖心がぬぐえない着陸を行う。幾分慣れてきたとはいえ、やはり地面が見えなくなるというのは恐ろしい。ガクンという接地時の衝撃の後、ガタガタと機体が揺れる。先ほどまで風の抵抗しかない世界にいた分、摩擦の気持ち悪さを感じる。
そしてキャノピーを開き、地面に降りる。つい先ほどまで激しい模擬戦をしていたため少し足元がふわふわする。
そんなことを考えているとマーガレット教官がこちらに向かって歩いてくるのが横目に見える。相変わらずパイロットスーツがよく似合っている。
「サルヴィア、今日の貴様の模擬空戦のことだが……」
かなり真剣な表情だ。なにか怒られるようなことでもしてしまったのだろうか?
思わず全身に力が入る。せめて罰があるなら、グラウンド五周くらいで済ませてくれると嬉しいのだが……。
「あの空戦機動、貴様はどこで習った? 初めて模擬戦をした時もあの技を使っていたが、私は教えた覚えはないぞ」
ヤバイ、あの技はもしかして危なすぎたりするのだろうか? 一応前世でのゲームの真似をしているに過ぎないんだが。
「あの技と言いますと、急速に速度を落とし、機首を上げて戻す技でしょうか?」
「ああ、そうだ」
流石に前世のゲームでの知識だなんて言っても信じてもらえないだろうしなぁ
いい感じにごまかすか。
「あの技は……、なんとなくこうしたら敵機が前に来るかなと考えてやってみた技です」
「つまりは、自分考案の技であると」
「はっ! そういうことになるかと思います」
「なるほど、わかった。……このことはいずれ上に報告しておく」
そう言い残すとマーガレット教官はスタスタと足早に帰ってしまった。
……マズい、あれは自分考案だなんて言ってしまったが、もしかして考案者が他にいるのだろうか? いや、いるに決まってるだろ! 一応戦闘機というものがあるんだ。格闘戦のノウハウは絶対にある。……あ゛ぁ゛、しまった、これから上層部に他人の功績を自分の者にしようとする卑怯者として報告されるんだぁ……。
そう絶望しながらサルヴィアはとぼとぼと学生舎に向かう。本当は自分がどのように評価されているかも知らず。
——その日、少女は自分の将来を心配した。
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