その少女、異界の空にて奮戦す

社畜のオッサン、女児になって戦闘機パイロットになる
稲荷狐満(いなりこみつ)
稲荷狐満(いなりこみつ)

第6話 士官候補生として精進す 2

公開日時: 2023年3月3日(金) 17:17
文字数:4,169

——シックザール士官候補生学校 多目的グラウンド 1月5日 08:00 

 

 皆さんお元気ですか。友人の皆は今頃社会の歯車として、あるいはその歯車を動かす者として大成していらっしゃるのでしょうか?

 父と母は今頃のんびりとした老後を送っているのでしょうね。息子としては安心です。


 ちなみに私ですが、サルヴィア士官候補生としてクソったれな毎日を送っております。毎朝起床ラッパにたたき起こされ、二分で寝具を片付け着替えて部屋前に整列。点呼が終われば朝のランニング、グラウンド十周。


 普通のランニングでしたら健康的な生活なのかもしれませんが、陸軍さんからの

お下がりのライフル銃(約4キログラム)を抱えてのランニングなのです。

 毎朝私含め私の同期はその小さな肩を上下させ、呼吸が荒いまま朝食に向かいます。


 願わくば前世でのうのうと普通の生活を送っていっらしゃる皆様をこのクソみたいな世界に引きずり込んで道連れにしたいのですが、そんなことを考えても致し方ありませんね。


 では、私はこれから近接戦闘訓練があるので平和な毎日を享受する前世の皆様にもせめて些細な不運があることを祈っていますね。


…………何で自分だけこんな目に遭うんだクソったれめ!


 そんなことを心の中でぼやきながらサルヴィアは近接戦闘訓練に励む。その日の近接戦闘訓練では見本としてサルヴィアが指名されガーベラ教官に投げられまくったり、締め技をキメられたり、何ともサルヴィアにとってツイていない一日であった。



——同所 第13号教室 同日 13:00


 サルヴィアの身体は悲鳴を上げていた。一時間目の近接戦闘訓練の時に投げられまくったせいで腰が痛い。黙って座って授業受けてるだけでも辛いくらいだ。……保健室にいくか? とも考えたが授業が実戦での生死に直結するため迂闊に授業を抜けられない。


「——であるからして、自機と敵機の位置関係がこのような場合…………」


……ん? なんでアヤメ教官は何も言わないんだ?


 チラリとあたりを見渡すと小柄な少女、シティスが可愛らしい寝顔で寝ているのを発見する。これが昼休みや普通の学校であれば微笑ましいだけで済んだが、しかし今は授業中。クラスが凍り付くのがわかる。


 アヤメ教官はシティスのそばまで行き、持っている教鞭で容赦なくその背中を打つ。


「痛っっっっ!」


「シティス学生、貴女は確かに学業優秀で座学に関しては中隊で次席ですね……。

しかし! だからといって授業中居眠りをしていい免罪符にはならないのですよ! せめて居眠りがしたければ主席になってからにしなさい!

……まあ、主席だからと言って居眠りは許しませんが」


「申し訳ありません! アヤメ教官!」


 あーあ、可哀そうに、あれはかなり痛いなぁ、ミミズ腫れになるだろ。

……よしっ、自分は居眠りしないようにしなくては。ただでさえ腰が打撲で痛いんだこれ以上痛いのはごめんだ。


「では、空戦において今解説している状況の際どのようにするのが最適か居眠りをする余裕のあるシティス学生…………ではなく、主席のサルヴィア学生に聞くとしましょう。ちなみにサルヴィア学生が答えられなければ二人そろって体力錬成に励んでもらいます」


 はぁ⁉ なんで自分が⁉ クソっ! 今日は全身打撲まみれのせいでいまいち授業に集中できていないぞ!


 歴史や数学その他の教科なら確かに主席だが、それは単純に前世の記憶や、この世界の歴史が途中まで前世にそっくりだからなんとなくわかって勉強しやすいというだけにすぎない! 空戦の授業なんて今日が初めてじゃないか! それなのに主席もクソもあるか!


「……っ、えーっと、そうですね……」


「サルヴィア学生、時間は有限なのです。ほら、早く答えてください」


 ヤバイ、本当にわからない……! だが何か考えなければ。

 黒板の図を見る感じ自機は下方、敵機は上方に位置している……。であればこの状況で上昇するのはたとえエンジンパワーが勝っていてもリスキーだ。ならば下に逃げるしかない。


 うん。それでいこう。あとは良い感じにそれっぽいことを言ってごまかそう。何とかなってくれるといいが……。


「敵機は自機よりも高位置にいますからこの状況で上昇するのはエンジンパワーが勝っていても自殺行為です。ですので、回避機動をとりながら低空に逃げます。そしてツリー・トップ・レベル、すなわち超低空で最低限の回避機動をとりながら、あとはエンジンパワーに物を言わせて逃げ切ります。」


「……なるほど、まぁ、悪くはない回答です」


 よし! ゲームで得た知識だけで答えたが、何とかうまくいったか? 悪くはない反応だぞ……!


「しかしちゃんと私の話を聞いてましたか? 私は『最適解』を聞いたのです。サルヴィア学生、貴女は戦闘における前提条件を見落としていますね。これは一対一の空戦ではありません。敵味方入り乱れる乱戦だと始めの方に話したはずですが?」


 あぁ……! クソっ! そりゃそうだよな、そんな上手くいくわけないよな……!

……畜生め!


「では、次はサルヴィア学生のルームメイト、フィサリス学生に聞くとしましょう。では、フィサリス学生、答えなさい」


「はっ! 私も途中まではサルヴィア学生と同じような回避機動をとります。しかし無線で友軍機に援護を求め、可能な限り背後の敵機を孤立させるよう立ち回り、友軍と共同で敵機を撃墜、もしくは撃退いたします」


「よろしい。良い回答です。フィサリス学生は合格といったところでしょうか。

しかし私であれば可能な限り高度を落とす選択肢はとりませんね。あまり高度を犠牲にしない回避機動をとりつつフィサリス学生が言ったように友軍に支援を求めるでしょう。しかし相手が二機以上の時は超低空まで逃げます」


 あぁ、よかった、フィサリスに助けられた。アヤメ教官の怒りも収まったみたいだ。いやー、やはり持つべきは良いルームメイトだな!

 ビバ・ルームメイト!


「フィサリス学生は良いですが、シティス学生、サルヴィア学生はすべての授業が終わったらグラウンドに集合してください。グラウンド二十周を命じます。……あと、小銃も持ってくるように。ハイポートを行ってもらいます」


……は? いまなんて? グラウンド二十周、それもハイポート⁉

また小銃持って駆け足か⁉ 

……最悪だ、最悪すぎる……。クソっ……。



——小銃を火器保管庫に収め、少女たちは未だ整わぬ息の中、談笑し歩く。


「ぜぇ……。今日も今日とて最悪ね」


「ほんと……、やってらんないよな」


「にしてもあんたって、最初にグラウンド二十周した時もそうだったけど、男みたいなしゃべり方よね」


「え? あぁ、それフィサリスにも言われたんだよね……、自分じゃあこっちのが楽なんだけど、……やっぱり変?」


「変ね。パイロットは全少女たちの憧れの的なんだから可愛らしく振舞わなきゃいけないの」


……ちょっと、いやかなり抵抗があるがやはり可愛らしく振舞わなければいけないのか? 正直精神的にいろいろと削れそうな気もするが、やるしかないのか……。


「じゃあ、ちょっとやってみるか? コホン。

私のぉ~名前はぁ~、サルヴィアって言いますぅ~。好きな食べ物はぁ~、イチゴのショートケーキですっ!」


「うわ、きっつ……。やっぱり元のままでいいわ……」


 はぁ⁉ せっかく頑張ったのに「きっつ」の一言で切り捨てやがったぞこいつ⁉ あぁー、なんかいろいろと摩耗した気がする。主に人間性という点で削れた……。

 もういい、二度としてやるもんか。


「にしても、こんな日々がいつまで続くんだろうな……」


「ほんとね、まぁ私は辞めたって帰る場所なんか無いからここに残り続けるしかないけど、アンタはきついなら辞表出せばいいんじゃない?」


「それがここに来るまでに目隠しされてなかったからここに残るか銃殺刑の二択なんだよね……」


「アンタも大概運がないわね……。……じゃあ、逃げちゃえばいいんじゃない?」


……はぁ? 

 いや、でもこのクソみたいな環境から抜け出すにはそれしかないんじゃないか? あぁ! そうじゃないか、この施設の周囲は森、夜の闇に紛れれば逃げ切れる可能性は大いにある。


 今まで忙しすぎて考えもしなかった。逃げた後はどこか遠くの小さな孤児院なんかに行くか、どこかで雇ってもらおう。幸い前世での知識がある。かなり大変な人生になりはするがここよりはましだ。それにまだ自分は子供、やり直しはいくらでもできる。


 サルヴィアが思索にふけり、歩いていると何かにぶつかる。


「やぁ、君たち、あまりぼーっと歩くものじゃないよ。そんなじゃあ戦場ですぐに殺されちゃうよ。まぁ、寝起きでぼーっとしてた僕が言うのもあれだけどね」


 ボーイッシュなかんじだがどう見ても女性だ。にしても眠そうな顔だ、今さっき起きたばかりなんだろう。肩の階級章から判断するに中尉か。

……つまり上官じゃないか⁈ というかここには同期以外皆上官じゃないか! 何ぼさっとしているんだ自分は、マズい、早く謝罪せねば!


「っ、申し訳ありません! 中尉殿! お怪我はございませんか⁉ 自分が思索にふけり前方注意を怠っていたために衝突してしまいました。本当に申し訳ありません!」


 サルヴィアは敬礼しながら謝罪し、シティスは黙って敬礼したまま直立している。

先ほどまでの和やかな雰囲気は完全に霧散していた。

 しかし、当の中尉は和やかな雰囲気を身にまとい口を開く。


「まぁ、寝起きだからと言ってぼけーっと歩いていた僕も悪いからね、気にしなくていいよ。お詫びと言っちゃあなんだけど、“飴ちゃん”あげるよ。……ほら」


「「あ、ありがとうございます!」」


 飴を渡したあと中尉は行ってしまった。


「変な人だったね。階級が上でこっちが悪いのに怒りもしないなんて。

……というかアンタしっかりしなさいよ! あれがマーガレット教官とかだったらまた走る羽目になってたじゃない!」


「あぁ、ごめん今後は気を付けるよ」


 変な人だ、普通階級が上なら殴られても文句は言えないのに……

 それに、もう夕方だ寝起きと言っていたが夜勤か何かか? もしかして見回り要員だろうか? だとしたらかなり脱走の障害になりえる。しかし、今日まで見回りなんていなかった。深夜にトイレに起きた時だって気分転換に外に出れたくらいのざる警備だ。大丈夫、いけるはず。


 同期の注意を半分聞き流しながらサルヴィアは脱走の計画を考える。


——その日、少女は脱走を決意した。

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