爆死まくら

ガチャで爆死したおっさん、ゲーム世界に転生する。運0で乗り切る異世界ライフ
島 一守
島 一守

別れ

公開日時: 2021年4月26日(月) 18:05
文字数:2,969

 目をつぶったのは一瞬だ。しかし彼には、長い長い一瞬だった。

とっさの判断でうずくまったものの、それでどうにか防げるような攻撃ではなかった。

彼もそれは重々承知していた。


 だが、いつまでたっても痛みなど来ない。

あの氷柱が刺さったのなら、そのあまりの冷たさに全身が凍えるように寒さを感じたりだとか、もしくは余りの冷気にドライアイスを触った時のように熱さを感じても不思議ではない。

頭の隅では、妙に冷静な思考がめぐっていた。


 もしや何の苦痛もなく、そしてあっけなく逝ってしまったのだろうか。

彼がそのように考えたのも無理はない状況だった。

ただ、それならばなぜいつまでもこの状況を冷静に考察できているのか、それが疑問でならなかった。


 そして彼はおそるおそる、ゆっくりと目を開く。

彼が目にしたもの、それは大男の背中だった。



「慶治……?」



 ただ一言、その仁王立ちする男の名を呟く。

しかし返答はない。


 見ればその男の背には、なにやら棘のようなものが数本生えている。

そしてその棘の先からは、赤い雫が滴っているのだ。


 彼は理解できなかった。いや、理解を拒否したのだ。その意味を。



「ここかっ!!」


「れっ、レオンさん!!」



 その声にハッと我に返る。

そして声の主を視界に入れるが、そこにもまた不可思議な何者かがいた。

その声の主は黒い鬣を持つ獣人、レオンである。

再び迷い込んだ者を助けるため彼もまたやって来たのだ。


 そして“敵”まで走り寄り、数歩手前で踏み込みジャンプする。

そのまま普段は隠している彼の鋭利な足の爪で、その大きな宝石を切り裂いた。



「鬼若! 無事か!?」



 獣人は、仲間の無事を確認しようと振り返る。しかしそこには見慣れぬ人影。

昔の名で呼んでしまった事にしまったと思うが、その声が届いているはずもなかった。

彼には目の前の“大切な友人”の危機に、それ以外の事を考える余裕などない。



「慶治……! 慶治……! 返事しろよ! おい!!」



 立ったまま黙りつくす友人は何も答えない。

ただただ刺さった氷の矢と、その口元から赤く熱い水を流し、その足元に痛々しい水たまりを作るだけだった。



「なんでだよっ……! どうして俺なんかのためにっ……!」



 立ち尽くし、その命を散らそうとする友人に縋り付き涙する彼。

その姿に、涼河は自らのなすべき事を思い出す。頼れる局長ナビゲーターは居ない。

俺がやるしかないんだ。そう自らを奮い立たせて。



「先輩! まずは応急処置を! レオンさんも手伝って!」


「もう……、だめだ……」



 どんなに絶望的であっても、何らかの対応を考えるであろう先輩がそう言う姿に、戸惑いを隠せなかった。

けれど、それでも諦めるわけにはいかない。レオンに助けてもらったあの時、今度は俺がここに迷い込んだ人を助けなければ、そう心に誓ったのだ。



「まずは寝かせて傷口の確認……」



 その言葉は途中で途切れた。どう見ても助からない、先輩の言葉の意味が彼にも理解できたのだ。

放たれた矢は、大男の胸を……、心臓を貫いていたのだ。

そして周囲に広がる水たまりは、その男の命が流れ切ってしまった事を示すほどに広がっていた。


 その中で、あの頼もしかった先輩は、自らを赤く染めながら泣いていたのだ。




 ◇ ◆ ◇ 




「事の顛末は以上だ」



 レオンの報告に、重い沈黙が会議室を支配した。

その中には世界を渡った者たちともう一人、堀口涼河の姿があった。



「……で、くらちんは?」


「お兄ちゃんは家に籠ってます……」



 あのセルですら、一言二言で済ますほどに、その場は誰も、何も言い出せる空気ではなかった。

それでも最年長者である三田爺は、何らかの道を自らが示さねばならないと、一つ提言をする。



「もう一度、記憶操作を試してみたらどうだ?」


「いえ、先の改ざん時に、かなり深くまで魔力を流し込みましたが、それで不可能となれば……」


「だからって何もしないわけにはいかないだろ? 辻褄が合わなくなるぞ?」



 辻褄、それは鬼若の死に関してだ。

普通ならば誰かが亡くなれば葬儀をする。それが今回執り行われることはない。

なぜならば彼の死は、その後事態を知り駆け付けた者たちによって隠蔽、そしてチヅルによって異世界へと転移させられたからである。



「ちづるんの能力なら、ニィちゃんは大丈夫だと思うけど……」


「しかし、私が言うのもなんですが……、送ることはできても無事かどうか確かめる術はありません。

 それに無事だったとして、本当にこちらに帰ってこられるのかも……」



 チヅルは重々しくそう告げる。彼女とて、送る事はあれど迎える事は今までになかったのだ。

ならば本当に帰ってこられるのかどうか、それを疑問視するのも無理はなかった。



「それに関しては、そう悲観的になる必要もありませんわ」


「え? どうして?」



 アリサの一言に、カオリは疑問を返す。

カオリも大丈夫とは信じたかったが、信じきれないでいたのだ。



「チヅルさんの能力だけ、妙に説明が詳しすぎたと思いませんこと?

 わたくし達の能力に関して、あの神は“できる事”しか言いませんでしたわ。

 わたくしに対してなんて“財力と影響力がある”としか言いませんでしたのよ!?

 なのに、わざわざチヅルさんの能力に関しては、“転移させる事ができる。そして転移後は条件を満たせば帰ってこられる”とまで言いましたの。

 明らかに贔屓じゃないですの!!」



 若干おざなりに扱われた事への恨み節も入っているが、彼女が大丈夫と言い切った理由がそれによる神の発言をしっかりと覚えていた事であるから、その点を指摘する者など居なかった。

むろん、指摘できる雰囲気でもなかったのだが。



「……冗談はともかく、信じるしかありませんもの。

 それよりも、あの熊の方が問題でなくて?」


「うん、そうだね。でも、どうして記憶操作ができなかったのさ? もしかして、覚醒してる?」


「その可能性もありますが、もう一つの可能性に心当たりがあります」



 セルのもっともな疑問に、ベルが一つの可能性を示唆した。



「セル様も覚えておられると思いますが、クリスマスの森での出来事を思い返してください」


「クリスマスの森? ちづるんと4人で行ったあれのこと?」


「えぇ。その時初めてメシアなる者と会ったのは、覚えていますか?」


「もちろん。あんな強烈なヒト忘れられないよ。人なのかアヤシイけど」


「彼女はおそらく神か、神に準ずる者かと。

 こちらに転移する前、神がメシ姉と慕っている様子でしたので」


「うんうん。で、それが今回の話とどう繋がるの?」



 その時チヅルは気づいたようで、ハッとうつむき気味の顔を上げ、言葉を発する。



「確かあの時、まくら様は彼女の魔法……? をはじき返しておりました」


「そうです。チヅル様の言う通り、魔法を無効化できる能力が元々ある、そう考えるのが妥当かと。

 そして、神に準ずる者のそれを無効化できるのだから、我らがどうこうできるはずもありますまい」


「たしかそれって、なんだっけ? メシアさん? は“お父様の加護”とか言ってたっけ?」



 3人しか知るはずもなかった情報に、会議室に居る者たちは戸惑いを隠せなかった。

そして一人、その話の本質を突くものが居た。



「それじゃあ、鬼若さんが身代わりにならなくても、先輩は無事だったんですか……?」



 それはこの場の誰もが思ったことだった。

けれど、鬼若という存在を知っているならば、彼がそれ以外の選択肢を取らないであろうこともまた、皆が理解していた。

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