かすかな甘い香りと、頭に当たる柔らかな感覚。それに気付いた俺はゆっくりと目を開く。
その目線の先には、優しい木漏れ日の下、透き通るほどに柔らかで白い肌の美女の寝顔があった。
(ベルフェゴール……?)
俺は「スゥスゥ……」と寝息を立てる彼女を起こさぬよう、小声で呟く。
それに反応するように身じろぎをする姿に、「しまった」と思ったが、彼女が起きる様子はなかった。
周囲を見回すと、ゲーム画面と同じ「多目的広場」がそこにはあった。
その様子は、草木が取り除かれたグラウンドのような場所で、まわりには数本の日差しを避けるに適した木々がある。
公園と違い遊具などがないため、子供達がボール遊びをするにも、おじいちゃん達がゲートボールをするにもちょうどいい、まさに多目的に使える広場である。
ただし、この世界におけるこの広場の目的、それはベルフェゴールや鬼若といったキャラクター、彼らは異世界から来た「来訪者」と呼ばれる存在なのだが、その来訪者達が戦闘を繰り広げるためのスペースである。
秋晴れの空と、少しの肌寒さを運ぶ優しい風が頬を撫でる。
季節は元の世界と同期しているのだろうか? 10月らしい秋の気候はとても気持ちがいい。
夏の暑さも、春の花粉症や黄砂も、冬の寒さも俺は苦手だからな。
そして、その広場の周囲にある木の根本に座り、幸せそうな寝顔を見せるベルフェゴール。
その腕に収まる俺は、まるで幼女に抱きしめられる、クマのぬいぐるみのように見えるんだろうな。
(本当に俺、転生したのか……?)
闇の中、自称神様の言っていた事をゆっくりと思い出す。
確かに俺の前には、文字通り夢にまでみたベルフェたんがいる。
そして俺は彼女に抱えられ、そのふくよかで包容力のある、温かな胸の膨らみに体を預けている。
しかし、どうにも違和感があった。最も気になる所と言えば、サイズ感の違いだ。
俺は、彼女に抱えられるほどに小さいだろうか?
いや、もちろんベルフェゴールというのは悪魔が元ネタになっているのだから、人間よりかなり大きいという可能性は否定できない。
なにせ、俺の頭を包み込まんとしている双丘は、ゲーム画面に映っていた頃から明らかに人間のものより大きい。だから、身体自体が大きい可能性は否定できない。
……まぁいいか。とりあえず現状に不満はない、身体自体が大きくても、胸の膨らみさえ堪能できれば、今は十分だ。
というより、このふかふかでこのまま押しつぶされてしまいたいと願うほどだ。
もしくは、別の可能性として考えられるのは、俺が小さくなっているというパターンだ。
自称神……、という呼び方はしっくり来ないので、本人が宣言していた“ガチャ神”とでも呼ぼうか。
ガチャ神は俺を、「お気に入りキャラへ転生」させると言っていた。
つまり転生の部分を考えれば、子供に戻っている可能性がひとつ。
もうひとつは、お気に入りキャラの部分だ。このゲームには身長の低いドワーフや、妖精のようなキャラも存在する。
または子供の姿のみが用意されているキャラ等、候補としてはいくつかある。
(でも“お気に入りキャラ”に小さい種族は居ないんだよなぁ)
まさか俺の深層心理は、小さい子を欲していたのだろうか? いや、それは無いと願いたい。
なぜならベルフェたんとは真逆の属性だからだ!
俺はベルフェたんへの愛を貫くために、決して幼女にはなびいてなどいない事を証明せねばならんのだ!!
確固たる信念の再確認「ヨシ!」だ。
さて、もうひとつの違和感。それは俺が頭を動かさずに周囲を見ることができている点だ。
なんとなく「見たい」と思った方向に意識を向けるとそちらの様子が見える。
おかげで動く事無くベルフェたんの寝顔を堪能できたし、周囲の様子を窺うこともできたのだが、今までできなかった事ができるというのは違和感がある。
ゲームの世界だからこういうものなのだろうか。
とりあえず視力としては申し分ない。千里眼のように全てを見通す事はできずとも、かなり遠くに居る人物の姿を捕らえる事ができたからだ。
ん? さすがに遠すぎて、ぼんやりとしか見えないのだが、なんだか見覚えのある人の気がする。
その人影と一瞬目が合ったような……? いや、目が合ったかどうかなんて、俺には遠すぎてわからないんだけれど、少なくともあちらは俺の事を認識したのか、こちらへ向かってきているようだ。
しかも全力疾走で。嫌な予感がする。
「見つけたぞ! 人攫いめ! 我が主を返してもらおう!」
鬼若の一声から始まった言葉の応酬は、俺が口を挟む隙を見せる事はなかった。
というか「ベルフェゴールはガチに悪魔なんだな」って理解させられたね。
あの威圧感に俺は口を閉ざしてしまっていたし。
俺は胸の圧迫感があれば十分だったのに……。知りたくない一面を知ってしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……と、ここまでが今まであった事のあらましだ。
うん、理解が追いつかない。どうしたものか。
ともかくだ。どうやら鬼若は俺の事を知っているようで、ベルフェゴールは何のことだかさっぱりという態度を取っている。
キミの抱えてるのがそれなんだよー? と言ってあげれば済む話ではあったが、仮にもSSRの言い争いだ。Nにすらなれそうにない、一般人の俺が仲裁などできようか。
とりあえず今のところは、タイミングよくメンテナンスに入ったため、ゆっくりとこれからの事を考えるとしよう。
このタイミングの良さは誰の幸運なのだろう? 少なくとも俺でない事は確かなんだけど。
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