なんと表現するべきか……。黄色い岩でできた通路と壁、それを照らすのは簡素な棒切れに灯る炎。
石の種類なんかは分からないけれど、ピラミッドに使われている石のように見える。
もちろんピラミッドなんてテレビで見た事しかないけれど、テレビ越しに見るそれの内部のようだと感じた。
通路はそこそこ広く、幅は目測5メートル程度か?
明かりに松明があるので見通しは悪くないけれど、先は丁字路のようだ。
道が左右に分かれていて、先に何があるのか見通せない。
「いやいや、冷静に観察している場合じゃないな」
誰かに話しかけるわけではないが、言葉にすることで少し落ち着けた。
俺は元来た道を帰ろうとクルリと、キレの良いダンスのごとく回れ右をした。
「あぁ、うんうん。パターンだよね、ゲームとかでは。
いやちょっとまて! なんで通ってきたドアがないんだよ!!」
今度の独り言も落ち着くためだったのだが、むしろそれは現実の再確認になってしまい失敗に終った。
一人ボケ一人ツッコミ、そういえば漫才をボケとツッコミ一人ずつに分けて放送する番組があったな。あれ面白い時と、意味不明な時があるんだよな。
などという現実逃避も、今はあまり有効とは言いがたかった。
戻る事ができない。ならば進むしかあるまい。
ゆうに10分ほどウロウロとその場を小さく回りながら考えた結論は、誰もが思いつくものだった。
まぁ、俺が天才的な発想に至るとは俺自身思っていないのでそれはいい。ただ10分も考えるフリをしていたかっただけなのだから。
そう、それは高三の進路調査の時に真っ白な調査票を放置して、ネットで情報収集していた時と同じだ。
なんで俺がこんな目に、なんて呟きながらもとりあえず進む事にしたが、この先がどうなっているかは分からない。
とりあえず松明を1本抜き取って持っていこうと思い立つ。
最近やっているゲームでも松明は重要だったからね。
松明に手を伸ばしたとき違和感に気付く。この炎、熱くない。
考えてみればおかしい。こんな密閉された空間に、松明が見えるだけで8本ほどあるのだ。
ならばこの部屋はストーブを焚いたように暑くなるはずだし、何より空気が薄くなっているはずだ。
なのに炎は消えるどころか、息苦しさを感じる事もない。
『見覚えの無いドアがあってね、それをくぐると遺跡に繋がってるんだって。
それで、そのまま迷って行方不明になった人が、例の神隠し事件の被害者なんじゃないかって噂なの』
ふと昼時に来た女子高生の噂話を思い出す。
例の発育のいい子ではなく、その友人で声の良く通る子が言っていた噂話。
ドアをくぐると遺跡、そして最近よくネット小説のネタにされる、神隠し被害者が異世界で冒険する内容。
いや、まさか……。そう言いたくなるが、今まさにその状況だ。
もしその噂が事実だったとしたら、それは俺が異世界に迷い込んでしまった事になる。
そして、この熱くない松明は魔法の松明?
魔法で照らすなら、松明よりランプ型の方が使いやすそうなのに……。雰囲気重視なんだろうか。
「考えても仕方ないか」
諦めと松明を握り締め進む事にした。
最初の丁字路、右に曲がるか、もしくは左?
その前に、ここが異世界だとするならば、モンスターの出現なんて事もあるよな?
ここは警戒して、そっと壁の影から先を覗いてみよう。
そ~っと顔を出した先、右へと続く通路には同じように松明が等間隔に並べらていた。
とりあえず敵らしきものは居ないようだ。
ってよく考えたら、頭を出せばそこを撃たれるのがFPSゲームの常識だろう。
鏡で確認するとか、もしくは一瞬だけ顔を出して引っ込めるのが、ゲーマーとしての最適解のはずだった。
今回は運が良かったので助かったけれど、今後はもっと気をつけよう。
では次は左側……、と後ろを振り向いた時、ソレはすでにこちらに向かってきていた。
黒い髪、金色の瞳。そしてガッチリと筋肉で覆われた太い腕。
それだけでなく、上下皮製であろう服越しにも分かるほどの全身の筋肉。
例えるならレスラーのような体型。もちろんレスリングを生で観た事がないので、テレビ情報だ。
その男、いや多分男? 男だと思うけどどうなんだろう?
ともかくそれは、のっしのっしとこちらにゆっくり近づいてきている。
なぜ男かどうか悩んだか、それは彼? おそらく彼? 多分十中八九彼と呼ぶべきソレが、ハゲ知らずな頭髪と同じく、立派なタテガミを生やし、かつ鼻と口の部分の骨格が出っ張って……、いわゆるマズルと呼ばれるそれになっている。
そして、耳は側頭部より少し上にぴょこっと出ているのだ。
分かりにくいな、つまりは獅子型の獣人であるって事だ。
はじめからこう言えばよかったんだけど、異世界疑惑があるとは言え、いきなり「わ~! 獅子獣人さんだ~! もふもふさせて~!」なんてなるわけがない!
あっ、獅子型ならば、タテガミがある時点で男確定か。
その金色に輝く目は俺を完全に捉えており、あと十数メートルという所まで迫っていた。
この場合、俺がとるべき行動はどれか。
1番、友好的である事を信じて助けを求める。
2番、「食べないでくださ~い」と懇願してみる。
3番、逃げる。
…………。うん、3番しかないでしょ!
俺は現実逃避の三択クイズを早々に切り上げ、全力で右の道へと走り出す。同時に獅子獣人は追いかける。
そりゃそうだ、完全に俺をロックオンしているのだから、逃げたら追う、それが自然というものだ。
つまり俺は、今日の晩御飯にぴったりだと認識されているようだ。
道は幾度か折れ曲がっており、その先もずっと松明が用意されていて明るかった。
地面も障害物やデコボコが無く走りやすい。
これで宝箱があって、さらに追いかけられてる状況じゃなければ楽しめただろうな。
そんなことを考えるのも辛くなってきた。
高校卒業してからは部活もなくて、家でゲーム三昧だったから、かなり体が鈍っていたようだ。
いまや神速の堀口なんて呼ばれた頃が懐かしい。
そんな俺を追う獣人もかなり足が速いようで、じりじりと差を詰められてしまう。
しかし小回りは効かないようで、通路を曲がる時に若干減速するおかげで追いつかれずにいる。
それにしても、あの筋肉質で見るからに重そうな身体なのに、なぜもここまで速いのか。
それが獣人というものだと言われればそこまでだが……。
しかし、このままではいずれ疲れて走れなくなる。
そうなれば俺はあの獣人の晩御飯、つまり胃袋へ一直線だ。
何か逃げ切れる方法を……。
そうだ! こういう遺跡って言うのは罠や隠し通路がつき物だよな!
どこか怪しそうな場所、壁にある隠しスイッチとか何か無いのか!?
走りながら壁を見るも、何かそれらしき物は見当たらない。
そりゃそうだ、隠しスイッチが見ただけで分かるなら、それは隠しスイッチじゃないしな!
とりあえず行動あるのみ! 手当たり次第触ってみよう! 鬼が出るか蛇が出るか!
この言い回しって、どっちにしろダメっぽいけどな!
触れた先、石積みの中のちょうど手のひらに納まりそうな、少し膨らんでいる石。
男ならなんとなく惹かれてしまう、控えめな膨らみを持つ石だった。
その石に触れれば、青白い光を放ち、周囲の石積みが人一人入れる程度の範囲でゴロゴロと音をたて崩れ去った。
先は松明もなく全く見通せない。先に何が待ち受けるか、それを考えると足がすくむ。
けれど、このまま進まなければどの道アウトだ。俺はそこに何か解決の糸口があると信じ、飛び込んだ。
暗い遺跡の中、それは今までとは打って変わって地面は苔生し、壁は一部崩壊して石が転がっている。
とても走れるような環境ではなかった。けれど進むしかない……。
できる限り先まで見通せるよう、松明を掲げ進む。
「そういえば、ゲームでは明るい所には敵が沸かないけど、暗いところは敵だらけだったりするんだよな」
そんな思考を読んだのか、もしくは「ご要望にお答えしてお相手しましょう」などと考えているのか……。
何かがこちらへとやって来るのが、松明の明かりにぼんやりと浮かび上がる。
それは白く、カランカランと音を立て、ゆっくりとこちらへ向かってきた。
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