前回のあらすじ
『サンタの爺さん演説会』
外注さんの今日のひとこと
『誰の願いが砕かれたのか』
アイリの暴走によって、一度はどん底に叩き落された会場の雰囲気は、サンタの爺さんによって持ち直され、最悪の事態は免れた。
しかしその中に一人、まだ地の底を這うように暗い顔をする者がいた。カオリだ。
クロの純真無垢な「カオリと共に居たい」という発言は、この世界をまもなく立つカオリにとっては、この上なく苦しい言葉だった。
そして今、それを伝えようとしている。
カオリはクロと視線を合わせるよう膝を付き、できる限りの笑顔で……。
今にも泣き崩れてしまいそうなのに、それでも別れは笑顔で言いたいと、必死に涙を押さえつけるような、痛々しい笑顔でクロに語りかけるのだ。
「ごめんね、クロ。私は……、元の世界に帰らないといけないの……」
「どっ……、どういう事ですか!? “元の世界”はないんじゃないんですか!?」
「えっと……、それはね……」
クロは“元の世界”が、どこのことか分かっていないようだった。
来訪者であるクロにとっての“元の世界”とは、ゲームの設定にしか存在しない場所だ。
なので、カオリの“元の世界”も存在しないと考えているのだ。
そしてカオリも、それをどう説明すべきか言葉に詰っていた。
「クロ、カオリの言う元の世界ってのは、この世界を作った奴の居る世界だ。
そして俺も、その世界からここへやって来た一人だ」
「この世界を作った人……? 神様ですか?
ということは、ごしゅじんもまくらさんも神様なのですかっ!?」
「えっ……。いや……、うーん。
神様じゃないけど、今の説明だとイメージ的にはそうなっちゃうのか?」
中途半端な説明に、俺自身が混乱しそうになっている。
もうちょっと良い説明はないものか……。
「ともかく、アイリの居る世界が、俺達の元居た世界なんだ。
そこから、俺とカオリはこっちへ来たんだ」
「では、主様も元の世界へ……?」
「いや、俺はワケアリでな。戻らないよ」
それを聞いた鬼若は、少しほっとしたような顔をしたが、すぐに戻らないという意味を認識したようで、説得してくる。
「主様、この世界に残るという意味を、わかっていらっしゃるのですか!?」
「もちろん」
「主様はカオリ様と共に元の世界へと帰るべきです!
俺達のように、無から生まれた存在とは違うのですよ!?」
「それは卑下しすぎだ。
俺はたとえ鬼若達がどういう存在であっても、今ここに居るのだから、俺と何にも変わらないと思ってるさ」
「……主様、俺達に遠慮しているのなら、そんな必要などないのです」
「あーっと、そういうワケじゃなくてだな……。
言い方が悪かったな。俺は帰れないんだよ。だから気にすんな」
「しかし……」
「これは決定事項だ。覆らないし、覆せないさ。
それに、今はカオリの事だ」
鬼若はまだ何か言いたそうにしていたが、ふと我に返りクロへと目をやった。
鬼若も気付いたのだ、自分と同じように主を想うクロが、カオリとの別れを受け入れられはしないだろうと。
しかし、そんな俺達の心配とは裏腹に、俯いた顔を上げたクロは、満面の笑みで言ってのけたのだ。
「ごしゅじんはおうちに帰れるんですね! それはとっても良かったのです!
クロも嬉しいのです!」
「クロ……。ごめんね……、ごめんね……」
クロをしっかりと抱きしめそう言うカオリの瞳は、必死に堪えていたが、その抵抗むなしく、大粒の涙が溢れ出した。
ぽろぽろと零れ落ちるそれを指でぬぐいながら、クロは続けるのだ。
「あやまらないで下さい。クロは大丈夫なのです。
鬼若君やベル姉さん、アルダさんやセイヤさん……。
いろんな人が居るので、寂しくなんてないのですよ。
ごしゅじんが居なくても、クロは大丈夫なのです」
泣きじゃくるカオリの背を撫でながら、そう言うクロの姿は、子をあやす母のようだった。
いや、実際にカオリがこちらにやって来てから10年、その間ずっとクロはカオリの親代わりだったのだろう。
しかしその姿と発言に、俺は違和感を覚えたのだ。
クロがカオリをあやしている、その事自体ではない。
クロは賢い子だ、先の発言も、俺とカオリの契約者の名を上げたが、俺の名は出さなかった。
それはおそらく俺を帰す方法を探そうとする鬼若を思ってであり、俺が帰りにくい雰囲気を作らないための配慮だろう。
それに何より……。
「クロ、本当にそれでいいのか? それがお前の本心なのか?」
「なっ、なんですかまくまさん……。
クロは本当に、ごしゅじんが帰れるのを喜んでいるのですよ?」
クロは最後まで、カオリのために笑って送り出そうとしている。
カオリが悲しまないように、何も思い残す事無く旅立てるように。
けれどそれは、二人にとって良い選択だと俺は思えない。
お節介だと解っていても、俺は口を挟まずにはいられない。
クロのために、そして誰よりカオリのため……。
俺の願いで帰る事になった、カオリのために。
「クロ、こんな時まで“いい子”でいる必要はないんだ。自分の気持ち、誤魔化さないでくれ」
「クロは本当の事しか言ってないのですっ!
まくまさんに言われる筋合いはないのですよっ!!」
「そうだなクロ。けどお前は、みんなが居るから寂しくないって言ったよな。
でもそれは……、カオリが居なくても寂しくないって事なのか?」
「っ……!」
何も言えず俯いてしまう。クロは嘘などついてはいない。
けれど本当の事も言わなかった。「カオリが居なくても大丈夫、みんながいるから寂しくない」それが「カオリが居なくても寂しくない」と同じではない。
その事にカオリが気付くかは分からない。
けれど俺は気付いてしまったから、ちゃんとクロの本心をカオリに聞かせてやりたかった。
そしてクロに言わせてやりたかった。
言いたいことがあったのに、言えなくなってしまう。
それが分かっているのに、後悔を残すなんて寂しすぎるからな……。
「クロだって……、クロだってこしゅじんが居なくて寂しくないわけないですよっ……!!」
今まで必死に押さえていた本心が、ダムの決壊のようにあふれ出す。
わんわんと泣き出し、カオリと二人、会場を涙の海に沈めんとしていた。
その中に、誰よりもその姿を哀れみの目で見つめる者が居た。
「クロよ……」
ただ一言そう発したものの、続く言葉などなかった。
未だ正体を明かしていない“俺の妹”は、ただ見ているしかなかったのだ。
何より、クロに必要な言葉は、彼女から発せられるはずはない。
「クロ……。お願い、嘘はつかないで……。言葉だけじゃない、自分の心に……」
泣きながら、詰りながらのその言葉は、サンタの爺さんのようにうまく練り上げられたものではなかった。
けれどクロにはそれで十分だったのだ。
「クロは……、ずっとずっとごしゅじんと一緒に居たいのですっ……。
ううん、ごしゅじんだけじゃなく、まくまさんとも……。
他のみんなとも、ずっとずっと仲良くしてたいのですっ……」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、クロはやっと本心を漏らした。
そして、その本心は、思わぬ方向へ飛び火するのだった。
「なのにっ……! なのにカミサマは……!
クロの願いなんて、聞き届けてはくれなかったのですっ……!!」
「クロ……、健気なんだぜ……」
『クロは、アイルランド系ヘル★ハウンドやからな』
「色々気になるけど……、その★はなんなんだぜ?」
『かわええやろ?』
「ヘルハウンドに可愛さを求めるのは、常軌を逸してるんだぜ」
『それ今さらやん』
「で、その情報はどこから仕入れたものなんだぜ?」
『設定集っす』
「前回に続き、最も出してはいけないシロモノな気がするんだぜ……」
『明石っくれこーどみたいなもんやしな』
「明石っく?? まぁいいんだぜ。それよりも気になる事があるんだぜ」
『知りたいこと何でも教えよう(設定集調べ』
「そこには、私の設定ももちろんあると思うんだぜ。それを教えて欲しいんだぜ」
『ツッコミなかった……。まわええわ、何でもと言ったし教えたろか』
「ちょっとドキドキするんだぜ……」
『えぇと……。“世界を正す者”らしいよ』
「えらくざっくりしてんだぜ!?」
『運営の代わりに世界を管理する者、って事なんかな?』
「うーん……。一応そのまんまな意味っぽいんだぜ」
『まぁ、だからこそアイリに管理権限渡った時点で、御役御免になってこっち来たんだし』
「そう言われてみればそうなんだぜ」
『満足?』
「ちょっとひっかかるけどいいんだぜ。
次回もゆっくり読んでいってね!!」
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