「ってことで、私たちが突入して、儀式をぶち壊してやったってワケなのよ!」
「ふ~ん……」
適当に話を聞き流しながら眺める週刊誌には『元婦警大手柄! カルト団体を一網打尽!!』という見出しの特集記事が書かれている。
目の前でじゅうじゅうと音をたて、香ばしい匂いを漂わせる焼肉の油が、時折その週刊誌の文字を滲ませた。
「ってちょっと待って!? その突入した時の話は!? そこが一番大事っしょ!?」
「それがね~、必死すぎてよく覚えてないのよね~」
母はトングで網の上を肉をリズミカルに、躍らせるようにくるっくるっとひっくり返しながら、しらばっくれるような言葉を口にした。
「いやいや、ナトさんてばすごかったんだよ? 悪党どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
そりゃもう霊長類最強のレスリング選手とも渡り合えるんじゃないかって感じで、凶器持ってる奴らを伸してったんだから!」
「ちょっと! それはさすがにオーバーに言ってるでしょ!?」
「さて、どうでしょう?」
うーん、なくはないな、と思ってしまう。
いわゆる反抗期だった俺に対して、朝起きない時にかけてきた逆エビ固めは今でもトラウマだ。
そのまま二度寝が永眠になることを覚悟したのだから。
そんな本当の意味で痛々しい思い出に浸らせた発言をしたのは、父の後輩に当たる森口さんだ。
その向かいで、俺の対角線上には口数の少ない赤目さんも居る。彼は森口さんと高校以来の友達なんだそうだ。
なぜこの四人で焼肉を食べているかと言えば、カルト団体の一件で、森口さんと赤目さんが計画していた、焼肉に行くという予定がその後のゴタゴタで流れてしまったため、やっと落ち着いた今日実行する事になったのだ。
そして、母はその事件を解決に導いた功労者として臨時ボーナスが出たため、そんな二人にご馳走しようと言い出した。
俺は完全においしいトコだけを貰う形になったのだが、元々森口さんとは顔見知りだし、赤目さんとは初対面だけど、人見知りをするタイプでもないので、高級焼肉に釣られてまんまとやって来たわけだ。
それぞれのテーブルが個室になっていて、皿に盛られた肉には部位の名前が分かるよう小さな札が添えられているような、かなり高級な焼肉店だ。
このチャンスを逃せば、次いつ来られるか分からないほどの高級店。そのお誘いを断れるわけないよね。
ちなみに父は仕事に追われているため参加できなかった。
いや、最近の態度を見るに、むしろ自分で仕事を抱え込んだようにも思う。
母が手柄を立ててしまったのだから、現役警察官としては意地を見せたいのだろう。
「でもまあ、母さんも皆さんも怪我が無くて何よりです。そんな無茶するなんて、どうかしてるよ」
「だって、あの現場を見たら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」
「まぁ……、そうかもね。でもさ、母さんが自分から事件に首を突っ込むなんて珍しいよね」
「えっと、それがね……。なーんか変なのよ」
「変? 何が」
母は首をかしげ、左手を頬に当てながら、トングで宙に小さな輪を描くようにくるくる回している。
いい歳のオバさんがそんなぶりっ子しても可愛くないぞ、と言い掛けたがやめておこう。
俺の顔面が、熱々の網の上で焼かれる未来が幻視した気がするからだ。
「もう一人居た気がするのよね……。しばらくずっと一緒に居たような……」
「なにそれ? オカルトな話?」
「うーん、私もよく思い出せないんだけど……。だって、私一人で捜査なんてねぇ?」
「ちょっとナトさん、怖い事言わないでよ~。
怪談話するには、ちょっとばかり涼しくなりすぎだよ?」
「もうなんだかんだで9月の半ばも過ぎたものね。
って、そうじゃないのよ。なんだかひっかかるのよね~」
何がひっかかるのかが全然分からない。
さっきの自慢話というか、武勇伝にする気満々の事件のいきさつだって、母が担当の失踪者の共通点に気付いて、事件に首を突っ込んで、森口さんや赤目さんを振り回したって話だ。
おかしなところなんて無かったように思うけどな。
「ナトさんてば、あの儀式で変な影響受けちゃったんじゃない?」
「もう! やめてよね。ま、覚えてないってことは、大したことじゃないのかもね」
「そそ。考えても仕方ないことは、考えなくていいことなんだよっ!」
「ホント森口君はお気楽よね。ほら焼けたわ、どんどん食べなさい!」
「やった~! 久々の肉だ~!!」
どさどさと森口さんと赤目さんの皿に焼けた肉を乗せる姿は、お節介全開モードだ。
ただ、とても嬉しそうで、今回のことで何かふっきれたのかもしれない。
何も言わなかったけど、本当は自分のやっている仕事に疑問を持っていたのかな、なんて考えてしまうのは、俺自身がそうだったせいもあるんだろうな。
「それで、涼河はどうなのよ。最近急にバイト辞めて就職するなんて言い出しちゃって」
「えっ……。それ今ここで言う?」
「何言ってんのよ、これは就職祝いでもあるのよ?」
「なにそれ聞いてない……」
「言ってないもの」
「あー、それならお兄さんたちも、なにかお祝い持ってくればよかったねぇ」
「森口君は言うだけで、実際は持ってこないでしょ?」
「あ、バレてた?」
「バレバレよ」
二人してクスクスと笑いあう。なんか俺置いてけぼりにされてる気がするな。
まぁ、就職の話が流れてくれたならそれでいいんだけど。
「で、どういう風の吹き回し?」
「まだ続けるんかい!」
「せっかくだし聞きたいなって」
「……まぁあれだよ。自分のやりたい事だけじゃなくて、やれる事をしたいなって」
「へぇ、やっぱりナトさんと先輩の子だけあって、マジメなんだねぇ?」
なんだかその言葉を素直に喜べず、無意識に手首に巻かれた黒いミサンガを撫でていた。
「おっ、良いミサンガしてるねぇ……。僕も同じの欲しいなぁ……」
「ハジメ殿、あまり彼をイジメるのは感心しませんぞ」
「あ、アカメってば、今日初めてちゃんと喋ったんじゃない?」
「そうよ、遠慮しないでどんどん話入って来てくれていいのよ? それにどんどん食べなさい!」
再びどさどさと皿に肉を盛られ、喋ろと言われても食べるのに必死で到底話せる状態ではなさそうだ。
なんというか、この三人の力関係というか、役どころが見えた気がする。
「ありがたいですが、これでは少し食べすぎですな……。
できれば、マサに一部持って帰ってやりたいのですが……」
「そうね! マサ君も大活躍したんだから、買って帰ってあげましょ!
確かお肉の販売もやってるはずだから、帰りに買いましょうね!」
「あの……、母さん酔ってる?」
「あら? 今日は飲んでないわよ?」
飲まずにこのテンションとは……。帰るまで面倒なことになりそうだ……。
そんな風に少し気が重くなりながら、お疲れ様会の夜は更けていった。
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