「んーっと、そうだね、説明しないといけない事はこれくらいかな。
何か困った事があれば、またここへおいで。
もしかすると、僕から呼ぶこともあるかもしれないけどね」
「今日から君は契約主だ」という言葉から始まった説明会。
それは、私が一言も喋る間もなく、一方的に終わった。
異世界からの“来訪者”を使役、もしくは管理する者。それが契約主。
私がそれに選ばれたらしい。この時の私に理解できたのはこれくらい。
「それじゃ、君の初めての契約、やってみようか」
よくわからないうちに話が進んでいるけど、別に悪い事じゃないと思った。
来訪者にはこちらの世界での身元保証人がいる。それになってあげるだけの簡単なお仕事。
その後の細かい事は、端末の説明書を見ればいい。そんな風に彼は言ったのだ。
「はい」
ここに来て初めての言葉は、たったの二文字だった。
それ以外の返事は、はじめから存在していないのかもしれないけどね。
「たいした事じゃないよ。教えたとおり操作するだけだしさ」
初めての契約。少しの緊張と、大きな期待に指を震わせ操作した。
ただひとつの動作、スマートフォンの画面に表示されるボタンに触れるだけ。
けれどその操作は、私の日常を一変させる力を持っていた。
画面に触れた瞬間、魔方陣がまばゆい光と共に展開される。
眩しさに目を細め、その様子にしばらく見とれていた。
そして、その中からその子は現れた。
「ほう……、君か。クロ、これからは彼女が御主人様だ。守ってやってくれよ」
投げかけられる言葉に、クロと呼ばれたその仔は、うな垂れた頭と尾を持って拒否を示す。
怯えている……、ようには見えなかった。ただ、怪訝な顔をして、私を見ていた。
「えっと、はじめましてクロ。私はカオリ。よろしくね。
御主人様なんて似合わないから、お友達になってくれると嬉しいな」
そう言って私が手を差し出すと、頭を上げ首元を見せる。
ふわりと柔らかな毛並みに優しく触れると、尾を振り私を受け入れてくれた。
まだ小さな黒い仔犬、それがクロとの初めての出会いだった。
「うんうん、仲良くなれそうでよかったよ」
彼は満足げに私達を見て微笑む。彼が私を選んだ理由、それはわからない。
けれど、きっと彼は悪い人ではないと思う。この子を私に託したから……。
ううん、違う。きっと、私をこの子に託したんだと思う。
私が契約主として、この世界で迷わぬように。この力に呑まれぬように。
盲目の私を正しい道へと導くように……、と。
「それじゃ、転送するよ。楽しんでね……あっ、違うな」
彼は発言の訂正にしては少し大げさに、そしてわざとらしい笑顔で言った……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ゆっくりしていってね!!」
跳ねる赤い水風船のようなそれは、得意げな顔で言い放つ。
いや、どういう意味だよ。普通ここは、「少々お待ちください」だろ?
うっかり思っていた事をつぶやいてしまった俺に、カ
オリが説明を入れる。
「あれは学園運営局のキメ台詞みたいなものだから、気にしちゃダメだよ」
「あぁ、そういうものなのか……。なのか?」
釈然としないが、気にしたら負けなんだろう。そう思うことにした。
俺はカオリに抱かれた状態で待合室の椅子に腰掛ける。
「ここが学園運営局か。なんか、普通に役場っぽいな」
「もっと物々しい感じを想像してたの?」
「んー……。と言うよりは、もっと魔法の世界的なのを想像してたかな?」
「学園運営局と言っても、ここは受付だけだから、簡素なのかもね」
そんな話をしながら、俺たちは端末の修理を待っていた。
俺がカオリ達に会ったとき、うっかり上空から落としてしまった端末は、幸運にもベルによって回収され、俺の手元に戻ってきた。
しかし、それは普通ではありえない事らしく、ベルの説明によれば、「端末は人々を統制するための枷であり、それが利用者から離れる事は、統制の崩壊を意味する」との事で、通常ならば端末を落としても、不思議パワーで手元に戻ってくるらしい。
つまり「スマホどこおいたっけ?」という事態が起きないんだそうだ。
そして、内部も不具合が発生しており、契約者データが一部破損していたようだ。
その影響で、鬼若とベルに対して、契約を行っているのに警報が発令されたらしい。
その上、複数の契約者データが文字化けしていて判別不能だった。
けれど、鬼若のデータが無事だったためSSRに関して、特定作業は不要だった。
手持ちのSSRは2人しかいないからね……。
運の無さのおかげで手間が減ったのはありがたいが、複雑な気分だ。
「不具合って、やっぱ俺がこんな状況になったからなのかな?」
「うーん、それ以外になさそうだけど、どうなんだろうね」
元々鬼若のバグを長年放置してきた連中だ、俺に起因しないものも多いだろう。
しかし、俺の周辺で頻発している現状を考えれば、やはり俺に原因があるように思う。
まぁ、結論は「ガチャ神の作り込みが甘いからバグる」に行き着くのだけどね。
けれど、ガチャ神の親切神か、カオリというサポートキャラを置いてくれたのは、正直かなり助かった。
おそらくカオリは、ガチャ神のオリジナルキャラだ。
街ゆく人々を見ると、全ての人はキャラクターとして元々存在していた人ばかりだった。
彼らは、いわゆるモブと呼ばれるレア度の低いキャラで、衣装違いや髪型違いなどで人数を嵩増ししていたが、見覚えの無いキャラは一人として存在しなかった。
しかし、その中でカオリだけが、唯一俺の知らないキャラだった。
そして同じ高校に通い、同じクラスで、俺と同じく契約主だ。
これほど俺にとって都合のいいキャラが、ただのモブな訳ないだろう。
「それにしても……、私って平凡だなって思うよ」
「ん? どういうことだ?」
不意に考えていた相手に話しかけられ、ビクっとする。
心を読まれていたなんて事は無いと思うが、便利キャラ扱いはやめておこう。
「契約主なんて、特別な力を持っちゃったって思ってたけど……。
まくま君見てたらさ、全然普通だなって思ったの」
「つまり、カオリもまくらになりたいのか?」
「ふふっ、そういう意味じゃないけどね」
少し、言葉を選ぶようにカオリは考えながら続ける。
「今までもずっと見てきたから。
鬼若君や、他の契約者と一緒に戦っているところ。
きっと世界を変える特別な人って、こういう人なんだなって思ってたの」
「俺は…、俺自身はそんな大したヤツじゃないよ」
それは俺じゃない。俺が“動かしていただけ”のキャラクターだ。
そして“用意されたシナリオをこなしていただけ”のキャラクターだ。
「それに、普通でいてくれると助かるな。今の俺は、こんなだからさ」
「……そっか。ふふふ、頼りにしてくれていいよ?」
その時カオリが本当は何を考えていたのかはわからない。
けれど俺を導いてくれる人が居る。それだけで俺は、少し安心していた。
今回で代打&11月章オマケも終了! トリを飾るのはカオリです!
普通の、ごく普通の女の子キャラって、イイですよね??
別に俺がモブスキーさんな訳ではないですけどねっ?
というワケで、後書き代打も今回で終了!普通の執筆者に戻ります!
更新は続きますので、どうぞよろしく願いしま~す!!
後書き代打 ◇カズモリ◇
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