整然と並ぶ文字と数字たちは、以前の私の手書き書類よりは追いやすい。
けれど読みやすさと文字の小ささから、眠りへと落ちてしまいそうになった。
眠気を飛ばそうと、車内に置いてあったために、熱さでやわらかくなってしまったミントガムを噛みながら、再び文字列へと視線を戻す。
その抵抗もむなしく、すっと意識を手放してしまったかのように、目の前が暗くなる。
けれど、それは私の眠気が限界に達したわけではなかった。
車窓から空を見上げれば、世界の全てを焼き尽くさんとしているような太陽は、すっかり隠れてしまっていた。
「あら、もうそんな時間?」
「太陽が月に隠れちゃってますね……」
「最近じゃ、これがお昼の合図になってるわね」
昔はそんな事なかったのだけど、今では正午近くになると完全に暗くなる。
デスクワークをしている人達にとっては、昼食を外に食べに行く時日傘をささなくていいから便利かも、なんて考える。
外回りしてる私には無縁の話だけどね。
ともかく、昼時に次の訪問先に行くなんて迷惑になるし、私たちもお昼休みを取ることにした。
繁華街にほど近い地下街へ向かうため、車を駐車場へと向かわせる。
それほど遠くはないけれど、急に暗くなるこの時間は皆速度を落とすため、いつもなら20分程度で着くところが、10分ほど余計にかかってしまった。
それでも事故渋滞に巻き込まれるよりはマシだ。高齢者は特に、突然の変化に対応できず、事故を起こしやすい。そのため魔の12時と呼ばれる時間帯だ。
昼食を取るために車を降り、地下街へと向かった。目指すはハンバーガーショップだ。
そこはウチのバカ息子こと、涼河のアルバイト先である。
前にバイトをサボった前科があるため、近くに用事があるときはこうして偵察というか、抜き打ちチェックのように様子を見に行くのだ。
今川さんには「信じるしかない」と言いつつも、私がこんなことをやってるのだから、なんの説得力もないわね。
ま、それはそれ、これはこれ。
自動ドアをくぐると「いらっしゃいませ」と元気のよい声で出迎えられる。
店内は昼時という事もあり多くの人が居るものの、レジ前は多くのスタッフで対応しているため意外と混んでいない。
その中で、見覚えのある店員が対応するレジへ並び、印南君には注文するメニューを聞いて、席を取らせるため先に座っておくよう促した。
私のならんだ列は、正直言って他のレジより列の進みが遅かった。
あまり手際の良いとは言えない店員なのだが、その人こそ、この店の店長だ。
私の番になるやいなや、愛想よく話しかけてくる。愛想はいいのだ、愛想だけは。
「堀口さんこんにちは。今日はお仕事ですか?」
「えぇ。近くに用事もあったものだから、お昼休憩にね」
「いつもありがとうございます。涼河君は今厨房に入ってるんですけど、呼んできますよ」
「いいのいいの。忙しいでしょう? それに、様子を見に来たってわけじゃないのよ」
それほど混んでないとはいえ、後ろにも他の客が並んでいるというのにのん気な店長だ。逆に私が気を使っちゃうじゃない。
こういう相手は、こちらから話を終えないと本当に終わりなく続けてくる。なので、適当に切り上げるが吉だ。
印南君の分と私で二人分の注文を手短にして注文の番号札を貰い、先に座って待っているであろう後輩の所へと向かった。
そして私たちは注文した料理が来るまでの間、先ほどの順番が滅茶苦茶になってしまった資料と再び対峙したのだった。
けれど、それらを眺めていると、私は少し違和感を覚えた。
「あら? これって、私の担当分だけの資料よね?」
「えぇ、そうですよ。もしかして、なにかまたミスがありましたか……?」
「ううん、ちがうの。大した事じゃないんだけどね。
ただ、印南君が生年月日順にしちゃったから気付いたんだけど、ほとんどの人が年齢も性別もバラバラじゃない?」
「そうですね。関連性がなくて、捜査が行き詰ってるって聞くくらいですし」
「偏りがあるとすれば、普段から親と一緒に行動するような、10歳に満たないくらいの子は極端に少ないって事くらいね。でも、ここ見て欲しいのよ」
私は印南君が見やすいように、書類の中の一枚をテーブルに置き、上下をくるりとひっくり返し差し出した。
そして、気になった行を指で指し示す。
「ほらここ、さっき行った夏音ちゃんと同い年の子だけ、妙に多くない?」
「えっと……、確かに多いですね。8人ですか」
「そうなのよ。私の担当地域だけでこの数よ? 不自然だと思わない?」
「言われてみればそうかもしれませんけど……」
「そりゃね、全国のデータを集めれば誤差程度になるかもしれないけど、この狭い地域でこれは変よ。
それもみんな女の子。なーんか怪しいと思うのよね~」
「へぇ、女の子ばかりですか」
突然背後から掛けられた声に、私は口から心臓が飛び出しそうになった。
ガバッと振り返れば、先ほどの店長が、トレイに乗せたハンバーガーのセットを二つ持ち、笑顔で立っている。
「ちょっと、おどろかさないでよ……。それより、これ機密文書なんですけど」
「いやぁ、聞こえてしまったもので。スミマセン」
店長は半ばへらへらと、悪気無く口だけの謝罪をする。
その様子に少し苛立ちはしたけど、私も見られて困るものをこんな所で広げたのだから、あまりキツくは言えないのよね。
その間に、印南君はさっと隠すように書類を鞄へと仕舞っていた。それは意外なほどの手際のよさだ。
そうして何もなくなったテーブルに料理が置かれ、店長はそのまま仕事に戻るかと思いきや、余計な口をまたもや挟んできた。
「女の子ばかりってので思い出したんですけどね、最近このあたりに不審者が出るらしいんですよ」
「不審者?」
「えぇ。いわゆる声掛け事案ってヤツですかね。堀口さんも気をつけて下さいよ?」
「さすがに、相手も私なんかに寄ってこないでしょ」
「いやいや、堀口さん美人だから分からないですよ?」
「もうっ! またうまいこと言っちゃって!!
大丈夫よ、今はボディーガードの印南君も居るんだから!」
わかりやすいおべっかに、パシッと肩をはたいてやった。
店長は舞い上がった様子にあきれたのか「それは心強いですね」とだけ言い残すと、すごすごとレジへと戻る。
ホント、口だけはうまいんだから。
「声掛け事案ですか。気になりますね」
「ふふ、いざという時は期待してるわよ?」
「えぇ、もちろんそれもそうなんですが……」
「あっ! さっきの事ね? もしかして関連があるのかしら?」
まだ浮かれてしまっていた私に、印南君は若干呆れ顔だった。
うまく……、うまく誤魔化さなきゃ!
「そうね時間もあるし、食べ終わったらパトロールしましょうか。腹ごなしの散歩もかねて、ね?」
軽い気持ちの提案、それに印南君も反対はしなかった。
けれど実際に歩くとなると、異様なまでの暑さの中歩くことになる。
昼休憩全部を地下街で過ごせばどれだけ良かったかと、今さらになって後悔したのだった。
地上に出れば、それこは元々は電気街として賑わった町。そして今ではオタク文化……。
ええと、今はサブカルチャーって呼ぶんだったしら? そういったアニメグッズなどの販売店が多く並ぶ町だ。
とはいっても、今では観光地化されてしまって、本物オタクな人達は逆に減っているんじゃないかってウチの子は言ってたっけ。
ともかく、今では色んな人でごった返す、意外と普通な繁華街だ。
そんな中、大通りを往復するつもりが、まだ三分の一といったところで私たちはバテてしまった。
限界を感じた私は、近くにあったドラッグストアで飲み物とタオル、そしてコールドスプレーを買い、スプレーで冷やしたタオルを首に巻くことでなんとか凌いでいたのだ。
お揃いのタオルを首に巻く姿は、ペアルックに見えたりするのかしら?
そんな事を考えていると、見覚えのある二人組の背中を見つけた。
いえ、正確に言えば二人と一匹ね。
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